第100話 ゴブリンの王国からの脱出

「さてと、そろそろ出るか」


 聞きたいことは山ほどあるが、時間が経てば経つほどゴブリンの王国からの脱出は難しくなる。

 見張りの死体が見つかるのも時間の問題だ。

 召喚したゴブリンも、もうすぐ土にかえる。


「ええ、そうしましょう」


 アシューテは上着を羽織ると、リュックを背負った。

 どうやらすでに出発の準備を整えていたようだ。

 いつでも出られるように備えていたか、あるいは食料が尽る前にと今まさに脱出を試みようとしていたのかもしれない。


「向かうは西だ。そこから崖を超えて階段をめざす」

「国の中心地を突っ切る形になるわね。了解、はぐれないようにしっかりついていくわ」


 アシューテと旅をしていたころを思いだす。

 危険な地域をよく連れまわされたものだ。最初はこうしてこちらに任せるような言葉を投げながらも、気づけば先頭に立っているのが彼女だった。

 頼むから今回は前にでないでくれよ。


「パリト、ありがとう。ほんとうに……」


 そのアシューテがポツリ呟いた。

 やはりギリギリだったんだなと改めて思う。


「いや、いいさ」


 そもそも発端を作ったのは私だ。

 その後始末に来ただけだ。君が気にするようなもんじゃない。


 それに、私にだって好奇心はある。

 早かれ遅かれここに来ていたさ。


 今後はアシューテの力に頼る場面も多かろう。

 それで返してくれればいい。

 彼女の持つ知識、そしてムーンクリスタル。

 彼女の胸で光るあの宝石が、脱出の道しるべになるのではないか。そんな予感もしているのだ。


 もしや、セオドアの狙いも同じかもしれんな。

 彼女の持つ知識と宝石を手にいれるために、私をおびきよせた。


 なんてことはない、酒場でやつと会い彼女のことを尋ねた時点でこうなることが決まっていたわけか。

 狙いは私ではなく、アシューテだったと。


 ――いや、それだけじゃないな。やつはもっと別の何かを企んでいる。

 そんな気がしてならなかった。




――――――




 西へ向かって駆けていく。

 我らの周囲を固めるのは召喚したゴブリンだ。

 彼らが土にかえるまでに少しでも進んでおきたい。


「向こうか」


 ルート選択はゴブリンに任せてある。

 なるべく誰もいない場所を選んでもらう。

 ここはゴブリンの王国。同じゴブリンならこれ以上ない斥候役だろう。

 仮に殺し合いになっても、仲間割れだと思わすこともできる。


「ネオヒューマン召喚の魔法ね。よくこんな魔法手にいれられたわね」

「ネオ……なんだって?」


 アシューテが私の指示通りに動くゴブリンを見て言った。

 が、そのなかに聞きなれないものがあった。

 文脈からゴブリンを指しているようだが。


「ああ、ごめんなさい。ネオヒューマン、ゴブリンのことね。あの施設にあった文献では、彼らをそう表現していたの」


 そうか。文献――すなわち古代人はゴブリンをネオヒューマンと呼んでいたわけか。

 ……あまりいい響きではないな。

 どうにも、人為的なモノを感じる。


「ギャッ」

「ギャギャギャ!」


 なにやら騒がしい声がした。

 言い争いのようだ。

 一方は私が召喚したゴブリンで、不審がるゴブリンを説得しているような印象を受ける。


「ギッ!」


 短く息を吐くような声。

 殺したようだ。説得はムリだと諦めたのかもしれない。


 その後、雄たけびのような声が聞こえ、その声はそのまま遠ざかっていった。

 引きつけているのだ。我らを逃がすタメに。

 すなんな。すでになくなった命とはいえ、こんな使い方をして。


「急ごう」

「ええ」


 彼の働きをムダにしないためにも、とっととここから抜け出そう。

 可能な限り速く駆けていく。

 進むのは崖沿い。登れそうな場所を見つけたら躊躇せず登るつもりである。

 距離をあけての斥候役もなしにした。

 見つかった瞬間に排除、あるいは仲間を呼ばれるより前に逃げてしまえばいいに切り替えたからだ。


 いた!

 前方北寄りにゴブリン三匹。

 私がスローイングナイフを投げると同時に、召喚したゴブリンたちが襲いかかる。

 その横をわき目もふらず抜けていく。

 確実に仕留めるより前へ。それほどゴブリンの数は多くなっていた。


 そうして駆けることしばらく。

 12体いた召喚ゴブリンも残り4体に。


 まだか?

 もう街の中心地は、とうに抜けたはず。

 しかし、相変わらずそびえたつ崖は高く、登るのは難しく思えた。


 ム、前方に強い光が見える。

 広場か?

 茂る木々が途切れており、日の光が直接降り注いでいる。


 あそこを通過するのは避けたいところ。さすがに丸見えである。

 しかも木の陰から覗けば、30匹以上のゴブリンがヤリを持って立っているのが見えた。


 迂回するか?

 ――いや。

 崖に目をむければ、そこだけ割れたようにえぐれており、下には土砂もたまっている。


 崖崩れか?

 そのおかげか、垂直の崖は多少なりともなだらかになっていた。


 あそこなら登れそうだ。

 さらなる土砂崩れの恐れもあるが、このまま進むよりマシだろう。

 ゴブリンたちも侵入を警戒し、あそこを固めているに違いない。


 敵ゴブリンの数は約30匹。排除するのにかかる時間はどのくらいだ?

 こちらは何匹ゴブリンを召喚すれば、素早く仕留められる?


 ――10。

 残った4体と合わせて14体が自身の負担を考えると適切に思えた。


 フトコロよりゴブリンの歯を取り出す。

 そして、詠唱――と思った瞬間、背後から声が聞こえてきた。


「……wind………………fall……」


 アシューテだ。

 魔法か!

 そうか、彼女は私より前にジャンタールへ来ていた。

 すでにいくつか魔法を覚えていても不思議ではない。


「Eye of a storm」


 ゴウと風が吹いた。

 それは周辺の枝をへし折らんほどの強風だった。

 しかも、前後左右それぞれから吹いた風が一点に集約しているように見える。


 その一点とはゴブリンたちのいる広場だ。

 それはやがて渦を巻き、彼らの身を巻き込んでいく。


 ……こいつは。

 まさに竜巻だ。30匹以上いたゴブリンのほとんどが巻き上げられて、上空へと飛ばされていった。


 これで残るゴブリンは3。

 一気にカタをつける。

 そうして一歩踏み出した私であったが、アシューテの声で動きを止める。


「まだよ!」


 ズンと音がした。

 その瞬間、残った三匹のゴブリンが地面に倒れこんだ。

 そして、まるで強い力で押しつけられているかのように地面へ埋まっていく。

 それだけじゃない。上空へと飛ばされたゴブリンたちも塊となって地面に叩きつけられた。


 風圧か?

 上空へと向かった竜巻が進路を変え、そのまま地面に衝突したのか。

 何という力だ。これがアシューテの力。


「さあ、行きましょう」


 気づけばアシューテは先頭を走っていた。

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