第99話 いまいる場所

 アシューテの話によると、彼女は地上の街を調査したのち地下に潜ったのだそうだ。

 脱出方法もムーンクリスタルも街にはないと判断したためだ。

 しかし、迷宮の探索は困難を極めた。未知の生物や、多様なワナ、思うように前へ進めない。

 もちろん、仲間も募った。

 だが、力を合わせたとて、それ以上に魔物が強かったのだと。


 そんなおり、ある男に声をかけられる。

 自分ならもっと先へ連れていけると豪語する男だ。


 まさか……。


「名前は?」

「セオドアよ」


 やはり、あいつか!

 やることは昔から変わっていないな。


 アシューテは気乗りしないものの、セオドアの力を借りた。

 そして、地下五階まで来た。

 だが、そこで突然の裏切りにあった。


 シャナと似たようなパターンだな。

 だが、シャナとは違い仲間に裏切られることはなかったようだ。

 激しい戦いのすえ、仲間は殺されアシューテだけ逃げ延びた。


「よく無事だったな」

「ええ、ムーンクリスタルのおかげよ」


 逃げた先がゴブリンの王国であり、この施設だった。

 なんでも、この施設のカギはムーンクリスタルになっており、触れると飲み込まれるように中に入れたのだと。

 アシューテ以外は誰も入れなかった。ゴブリンもセオドアも。

 追ってきたセオドアは、入ることができずやがて諦めることとなった。


「幸いここには水と食料がたくさんあった。本もたくさんあったし、あなたが来るまで待つのはそれほど苦痛じゃなかったわね」


 アシューテはそもそも研究者だ。

 ジャンタールの文献が読める。それだけで彼女にとっては幸せだったかもしれない。


「それで、どうやって助けを求めた?」


 ここが一番のポイントだ。

 どうやって私がいる場所まで手紙を届けたかが重要なのだ。

 その方法が分かれば、脱出もできるのではないか?


「これよ」


 アシューテが指さしたのは、私の膝ほどの高さの円筒形の金属だ。

 金色の台座の上に乗せられており、ツルリとした外観をしていた。


「上の突起に触れてみて」


 アシューテが続いて指さしたのは円筒形の上部にある丸い突起だ。

 金貨程度の大きさで、厚みも同じくらい。

 そこに軽く手を触れてみる。突起そのものが緑色に光り、それと同時に円筒形の側面の一部が横にスライドした。


 これは……?

 円筒形の中身は空洞だ。

 何かを入れる箱のような役割をしているのだろうか?


「その中に何か入れてみて」


 アシューテにそう言われて何をと考えるも、すぐに持っていたグラスを中に入れてみた。


「まあ! あきれた。まだ私のことを疑ってるのね」


 いや、そういうわけではないが……。

 けっきょくグラスに注がれた酒は飲まなかったわけだから、まあ、そう取られても仕方がないか。


 だが、彼女の反応で、次にどうなるかがぼんやり見えてきた。

 少なくとも、あの酒はもう二度と飲めない。


「神は水をワインに変えたと言う。君なら酒を何に変えるか興味があってね」


 それっぽいことを言ってみた。

 最初から怒っていなかったのであろう、アシューテはとても愉快そうに笑っていた。


「ふふふ、じゃあ見てて」


 アシューテがそう言って丸い突起に手を触れると、開いていた側面が閉まり突起の光も消えた。

 ふむ、それで?


「もう一度突起に触れてみて」


 アシューテに言われた通り突起に触れる。

 すると、以前と同じように突起が光り、円筒形の側面が開いた。

 ただ……。


「ないな」


 中をのぞくと、酒はグラスごとキレイさっぱりなくなっていた。


「ここにあった文献によると、それはトランスポーターと言って何かをある場所に届ける装置らしいの」


 なるほどな。

 あれで手紙を送ったわけか。

 ビンに入れていくつも、いくつも。

 たしかにあの大きさでは脱出は不可能だ。

 小人でもなけりゃ、とても入れそうにない。


 しかし、ビンはどうした?

 まさか酒瓶か?

 飲み干すたび、手紙を入れる。

 けっこうな量になるな。酒に溺れていなきゃいいのだがね。


「なに? なにかおかしい?」


 私がフフと笑うとアシューテが反応した。

 いや失礼、つい……な。


「君が酒豪だったと思いだしてね」

「え? ああ、そういうこと」


 アシューテはカンがいい。どうやら私の考えを見抜いたようだ。


「あれが最後の一本だったの。それをあなたにあげたのに……」

「そいつは申し訳なかった」


 フフフと互いに笑いあう。

 ここを出れば街で飲める。祝杯はそのときまで取っておこうじゃないか。


「しかし、アシューテ。なぜそこに入れたものが私に届くと分かった? もしかして望んだ場所へと届けることができる装置なのか? それは」

「いいえ、届く場所は選べない」


 選べない。確かにな。

 望んだ場所へ届けられるならもっと早く私の手元に届いているだろう。

 それにビンに入れる必要もない。

 川や海へ行きつくことも想定してビンに入れたわけだから。


 となると、大まかには分かっているのか?

 でなければ、アシューテはここに籠ったりしないだろう。

 もし、私に届く可能性が低いと判断したら、ためらうことなくここから出る。

 そういう女だ。アシューテは。


「これを見て。パリト」


 続いてアシューテが指さしたのは円筒形の装置の下にある台座。

 ナマリ色のプレートが貼り付いており、何やら文字が書かれている。

 ひとつは『Transporter』。

 そしてもうひとつは、『We'll devote to Mother Earth』だった。




――――――




「ここが月?」

  

 思わず聞き返してしまった。

 なんと、今いる場所は月なのだとアシューテは言う。

 つまりジャンタールは空に輝く月にあって、我らはそこまで一瞬で飛ばされたのだと。

 

「ええ、月よ。間違いないわ」

「まさか……」


 ――いや、たしかにそう考えれば辻褄があう部分もある。

 誰も知らない、誰も見たことのない。見つけられず、出ることもかなわない。そんな場所が果たして地続きであるのか? って疑問だ。


 そして、夜空だ。

 ここジャンタールには月がない。我らが月にいるとしたら空にないのも当然ではある。


 月明かりとともに姿を現すジャンタール。

 そうか、古代人は月に文明を残したのか。


「あの装置がどんな役割だったかよく分からない。でも、地球と呼ばれる私たちが住む場所のどこかに届ける装置だってことは、文献から分かったのよ」

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