第94話 杭
地下五階へと到着した。
石像の中を通る、らせん階段のルートでだ。
荒廃した都市の泉で水を補給すると、北西へ向けて進んでいく。
いよいよゴブリンの王国へ乗り込むわけだ。
「ここからどのくらいだ?」
フェルパに問う。
正確な位置を知っているのは彼だけだ。
「二日ぐれぇかなあ? まあ、ジャマが入らなきゃだけどな」
二日か。なんとも微妙な距離だな。
この地平線まで広がる景色を見ると近いとも思えるし、ここが迷宮だと考えると遠いとも思える。
なんとも不思議な感覚だ。
空を見ると、ゆったりと昇っていた太陽はちょうど真上へときていた。
照りつける日差しは、いっそう強くなる。
うっそうと茂っていた草木はまばらになり、さえぎるもののなくなった日差しが容赦なくわれらの肌を焼く。
荒地だ。
どうやらこの地下五階は、北にいくほど植物がなくなっていくらしい。
水が少なく、荒れ地や山岳地帯となっているのだ。
反対に南にいくほど水資源が豊富で植物も多い。
とうぜん、住む生き物も南に行くほど多くなるのだろう。
この先にゴブリンの王国か。
奇妙だな。
ゴブリンの王国には数千から数万いるとフェルパは言っていた。
数が多ければそれだけ水も食料もたくさんいる。
王国を作るのに適した環境だとは思えない。
作るならもっと南、平坦な川沿いがよいのではないか?
「なんもないね」
アッシュの言うようになにもない。
人工的な建築物もなければ、魔物の姿も。
ただ荒れ地が広がるだけである。
目につく生き物といったら空を舞う鳥ぐらいなものだ。
ハゲワシだろうか?
数匹、旋回しながら獲物を探しているように見えた。
「魔物じゃないよね?」
「おそらくな」
アッシュの問いにそう答えたものの、正直、自信はない。
じつはハゲワシに似た魔物で、われらを襲うべくスキをうかがっているだけの可能性だってあるのだ。
なにせこれまでの常識が通用しないのがジャンタールだ。
まあ、襲ってきたら返り討ちにするだけだがね。
トリ料理も悪くない。
そのまま特に襲われることなく進むわれらであったが、やがて前方の空、多くのハゲワシが集まっているのを見つけた。
ハゲワシはある場所を中心にグルグルと回っている。
数は数十匹だろうか、ときおり地面におりていく姿も見える。
「あの下になにかありそうだ」
「死体か?」
「たぶんな」
ハゲワシは死肉をあさる。
旋回するだけでなく地面へ降りるのならば、あの下でなにかが死んでいる可能性が高い。
「迂回するか?」
「いや、確認する」
フェルパの提案を蹴った。
安全をとるなら彼の言うように迂回がいいだろう。
だが、わたしに必要なのは情報だ。なにがどうなっているかを知る必要がある。
誰がどうやって死んだかなど一見関係なさそうなことでもアシューテ発見の手がかりになるかもしれないのだ。
やがてハゲワシの旋回する下へとたどりつく。
地面には一体の横たわる人影がある。
やはり死体のようで、ハゲワシが数匹、むきだしの内臓をついばんでいた。
こいつは……。
われらが近づくとハゲワシは距離をとった。
そして、一鳴き。
チラリと恨めしそうにこちらを見ると、飛び立って行った。
「ゴブリンか」
「ああ」
緑がかった肌、長く鋭い爪に大きく尖ったワシ鼻、死体はゴブリンに他ならなかった。
その体にはハエがたかりウジもわく。死んでからそれなりの日数が経っているようだ。
「ウゲー、気持ち悪い」
「なんか臭い」
アッシュとリンは顔をしかめる。
そうか、彼らは腐敗に慣れていない。ジャンタールでは死ねばケムリとなって消えるのだ。
魔物を倒したとて、このような姿にならない。
なじみがなくて当然と言えよう。
「本来はそういうものだ」
ポツリそうつぶやくと、解体用のナイフを取り出す。
それからゴブリンへと近づいてポキリ、長く伸びた犬歯を折り取った。
「ジャマして悪かったな」
上空を舞うハゲワシに手を振ると、また北西へ向けて歩き始めた。
死体は彼らのものだ。私はこの歯だけもらっていくとしよう。
その後はとくになにもなく、やがて日が暮れた。
簡易な焚き火、簡易な寝床で夜を明かすと、また北西へと向かう。
これで地下五階におりて二日目か。
フェルパの言うとおりなら、ゴブリンの王国まであと一日ってとこだろう。
「あれは何かしら?」
リンが指さす方角を見る。
われらが目指す方角よりやや北より、等間隔で立ちならぶ木の棒があった。
あれは……。
「アニキ……」
「……確認しよう」
一瞬ためらったが、近づいて確認することにした。
アッシュが不安そうに私を見たが、それは木の棒がなんなのか分かったからだ。
アッシュはわたしより目がいい。
「コイツぁ……」
「なにこれ?」
木の棒は杭だった。
丸太の先端を尖らせ、地面に打ちつける。
それが等間隔でズラリと並んでいるのだ。
明らかに誰かが手を加えたもの。自然にできるはずがない。
人工物でない。まあ、それはいい。
問題は杭の上に置かれたものだ。
生首がズラリと並べられていたのだ。
「警告だな」
「ああ」
生首はゴブリンのものだ。
すなわち、ゴブリン以外の生き物がこれをおこなったと推測できる。
「警告ってなに?」
アッシュがたずねてきた。
フェルパは私の言葉にすぐに納得したが、アッシュはそうではなかったようだ。
見ればリンも首をかしげている。
「ここより先に進むなってことだ」
立ち入ればおまえもこうなるぞとの脅しだ。
ゴブリンの生首は目がえぐり取られたり、縫い付けられたりと殺意以上のなにかが感じられた。
よほど恨んでいると見える。
「でも、引きかえすわけにはいかないよね?」
「当たり前だ」
なんのためにここまで来たんだって話だ。
こんなオドしでいちいち引き返してられるか。
「迂回するか?」
ふたたびフェルパの提案だ。
われらの目的地はゴブリンの王国。
ゴブリンの首をさらすならば、それはゴブリンと敵対する者だ。
われらが敵対する必要などなく、迂回して進めばいい。それでも王国にたどりつけるはずだ。
ただ、問題は――
「どちらに迂回する?」
「むぅ……」
だだっ広いところに突然生えた杭。
進むなの警告が、北なのか西なのか分からない。
われらは南東から来たのだから、南東ではないことは分かるのだが。
「とりあえず西へ行くか」
迂回となれば二つのルートしかない。
北にそれるか西にそれるか。
迂回せぬなら、このまま北西だ。
けっきょく西へ向かうという私の提案に誰も反対せず、進路を西へと変え進んでいくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます