第93話 入道雲
パリパリパリと裂けるような音が鳴る。
霧の中に青白い光の筋が何度も出ては消えてを繰り返す。
雷か?
嵐の日、雨雲を駆けめぐる光の筋と同じものだ。
そいつは雷となって、大地に根をはる大木すら真っ二つにしたりするのだ。
マズイ、コイツは非常にマズイ。
あんなもの喰らえばタダですむまい。
「引くぞ!」
シャナとフェルパが心配だが、ここは距離を置いて立て直すしかない。
幸いシャナが引っ張られたのは雷と反対方向だ。
そちらに引いて合流する手もある。
バチン!
そのとき、閃光が走った。
光の筋が伸び、アッシュを打ったのである。
「うわああ!」
「アッシュ!!」
なんて速度だ。
光ったと思ったら着弾していた。
目で見てかわせる速度ではない。
そして、心配なのはアッシュの容態だ。
雷に打たれてタダですむはずがない。
「え、あれ? なんともない」
ところがアッシュは、自分の体を見回して不思議そうにしていた。
なに!? あの雷は見た目ほどの威力はないのか?
――いや、ヨロイか。
流体金属のヨロイが中まで力を通さなかったのだ。
光は表面を流れ、足を通じ、そのまま床へと流れていったのだ。
ならば、いけるか?
われら三人とも流体金属のヨロイを着ている。
雷などムシしてシャナを連れ去ったトカゲを追うなり、霧の発生源を突き止めるなりできるかもしれない。
「ム!」
霧がものすごい勢いで引いていった。
風で流されたとかいうレベルではない速度である。
やがて、それは一か所に固まっていく。
そして、分厚く濃い霧の塊になったのだ。
なんだあれは!
まるで入道雲。
バチバチ、バチバチ。
入道雲の中は光の筋が
その光は、先ほどよりも明らかに太く、より強く輝いて見えた。
「ヤバイ! 逃げ――」
アッシュは逃げると言いかけて、そこで言葉を切った。
それもそのはず。
通路の反対側にも、紫電をまとった入道雲がいたのだから。
「アッシュ、杖だ。撃て!」
雲ならば、正体は水蒸気だ。
炎ならば効くかもしれない。
「え! どっちに!?」
「どちらでもいい! 撃ったら駆けるぞ!!」
前後を挟まれた。この状況はマズイ。
さすがにあの光の筋をくらったらタダではすまないだろう。
危険を承知でどちらか一方の横をすり抜けるしかない。
が、そのとき、あたりを強烈な光が照らした。
光の帯だ。
先ほどアッシュが打たれた光の筋とは比べ物にならないくらいの巨大な光の帯が、われらの目前を通過したのだ。
「あわわわ」
「アッシュ、集中しろ!!」
入道雲から入道雲へ。
光の帯はその間を移動したように見えた。
すなわち、前方の入道雲から出た光の帯は、われらの横を通過し、後方の入道雲へと吸収されたのだ。
いまは運よく当たらなかったが、次はわからない。
一刻も早く、横を抜けなければならなかった。
「アッシュ! 後ろの雲を撃て!」
雷は前方の入道雲から発せられた。
いまは後方の入道雲から力の高まりを感じる。
一方が撃ったら、次はもう一方、雷を交互にやり取りしているのだ。
――それが合っているかは分からない。
だが、いまは信じて行くしかない。
狙うは後方の入道雲。アッシュの杖の炎で次の発射を妨げるのだ。
ボウ!
アッシュの杖から炎が放たれた。
それは見事、入道雲の真ん中をつらぬいて大きな穴を開けた。
「いまだ! 走れ!」
あの横を抜ける。
それで事態が好転するかは分からないが、とにかく今をしのぐのだ。
入道雲に開いた穴は、みるみるうちに塞がっていく。
間に合うか?
必死で走る我らだったが、穴が塞がる速度の方が明らかに早い。
パチパチ。
入道雲のまとう紫電が増えていく。
急速な力の高まりを感じる。
マズイ!
だが、もう入道雲は目の前だ。
横を抜けた。
と、同時に剣で雲の最も濃い部分を薙ぎ払った。
があああ。
すさまじい衝撃が手に伝わった。
全身がしびれ、硬直した。
足が動かずゴロゴロと転がると、受け身をとってすぐさま立ち上がる。
大丈夫。
痺れは一瞬。いまは体は動く。
入道雲を見る。
剣の一閃で形が崩れていた。
斬るのではなく、面で煽ぐように薙いだ。
それが功を奏したのだろうか、感じていた入道雲の力の高まりが拡散していた。
そのスキにリンが駆け抜ける。
つぎはロバ。
そして、アッシュ――
ドゴン!!
腹を揺さぶる轟音が響いた。
雷だ。もう一方の入道雲から雷が放たれたのだ。
それはアッシュが抜けたすぐ横の入道雲へと着弾した。
それが轟音となり我らの耳に届いたのだ。
「アッシュ!」
アッシュはその衝撃で、転倒しゴロゴロと転がる。
まさか食らったのか?
間に合わず雷を身に浴びた?
すぐさま駆け寄る。
「大丈夫か!」
「ほげげげげ」
アッシュの目の焦点は合っていなかった。
食らってしまったか。だが、直撃ではなさそうだ。
口をパクパクと開いて、なにか言おうとする元気は残っていた。
「離れるぞ」
アッシュを引きずって、入道雲から距離をとる。
さいわい、相手の動きは遅い。
距離を保てばなんとかなりそうだ。
しかし――
どうしたもんか。
どう倒す?
おそらく剣は効かない。
弓もナイフもだ。
唯一効きそうなのは炎か。
アッシュの持つ杖へと手をかける。
私がやるしかない。この杖はもう私は使わないと決めたんだがな。
「いい、俺がやる」
アッシュは回復したようで、杖をしっかりと握り私に渡すまいとした。
大丈夫なのか?
「ああ、頼んだ」
仲間を信じるのも大切だ。
ここはアッシュに任せよう。
とはいえ、われらも見ているだけにはいかない。
松明に火をつけて投げ込んでみる。
いくらばかりかの援護にはなるだろうか。
「リンはジャマが入らないよう索敵を」
「わかったわ」
こうして、入道雲とは一定の距離を保ちつつ、杖と松明で攻撃していった。
じょじょに入道雲は形を小さく、そして、赤いジェムをひとつ残して消えた。
「やった、倒した」
「よくやった、アッシュ。お前の手柄だな」
入道雲の残したジェムはひとつ。雲は二つだったがなぜであろうか?
もしかしたら、ふたつで一匹そういう魔物だったのかもしれない。
他には青のジェムが、いくつか床に散らばっていた。
こちらはトカゲが残したものだ。
なるほど。共存か。
動きの遅い雲のためにトカゲは獲物を狩る。
雲は霧となり、トカゲの姿を隠す。
また獲物が強ければ雷を放つ。
その雷も、足止めしたからこそだ。霧で見えないトカゲを警戒し立ち止まってしまった。
トカゲのみでは脅威にならない。
互いの弱点を補って獲物を狩っているのだ。
「たいへん! フェルパは?」
窮地を脱し余裕ができたのか、リンはいなくなったフェルパのことを気にしだした。
「大丈夫だ。シャナもな」
通路の奥からこちらに向かって歩いてくる人影がある。
シャナとフェルパだ。
一緒だったか。
われら三人、彼らにむかって手を振るのだった。
――――――
「よく追いついたな」
フェルパはシャナと一緒に戦っていたようだ。
かれらの体にはトカゲが付けたものと思われる傷や痣が無数にできており、戦いの激しさを物語っていた。
「まあな」
フェルパはそう返事をすると、先日買ったばかりの魔法の鎖を持ち上げた。
「コイツのおかげだ。悲鳴が聞こえてすぐにシャナの体に絡ませたのさ。気がついたらヤツらの群れの中だ。さいわい霧が晴れて、なんとか倒すことができた」
なるほど。銀の鎖がさっそく役に立ったか。
敵だけでなく、味方に絡ませる、木に絡ませる、いろいろ応用がききそうだ。
器用なフェルパにはもってこいの武器だったな。
「一人じゃヤバかった。通路を埋め尽くすトカゲの姿は壮観だったぜ」
フェルパは小さな布袋を投げた。
ジャラリと音がして、しばった口からジェムが零れ落ちた。
トカゲが残したジェムか?
あの袋の膨らみを見ると、五十はくだらないだろう。
ずいぶん倒したな。霧が引いたとはいえ、まともに相手にするには多すぎる数だ。
「くたびれたよ。さすがに限界だ。ちっと休ませてくれ」
そう言ってフェルパは壁に背を預けると、ズルズルと座り込んでしまった。
「ああ、休むといい。見張りは私がやっておく」
通路の真ん中だが、まあ問題なかろう。
いまは霧は晴れてずっと奥まで見渡せる。
「シャナもご苦労だったな。そら、治療薬だ。少し飲んでおくといい」
治療薬も街で買い足しておいた。
今回はとくに多めに持ってきている。ケチる必要はない。
「ふふふ、ありがと。しかし、今回は危なかったよ。さすが騎士様だね。今後もこの調子で守ってもらおうかね」
シャナはそう言うと、フェルパのところまで歩いていって、彼に治療薬を渡した。
自分はいいから使ってくれとばかりに彼に寄りそって。
フ、裏切られたばかりだというのに懲りない女だ。
今度はフェルパをたらしこもうとしている。
全く。せっかくいい形でまとまりだしているんだ。余計な波風を立てるのは勘弁してもらいたいね。
フーと深くついた私の溜息は、空しく通路に溶けていった。
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