第92話 浮遊と消音
「なるほど、浮遊と消音ね」
持ち帰った魔法書は浮遊と消音だった。
ラノーラが言うには浮遊は物体を浮かす魔法。
といっても空を自在に飛ぶようなものではなく、対象物を羽根のように軽くするだけのようだ。
荷物の上げ下ろし、落とし穴の回避など用途は限られるだろう。
消音は、その名の通り音を消す魔法。
足音を消せば敵に気づかれにくくなる。
どちらも探索に役立ちそうだ。
さて、誰が覚えるか?
もちろん、使わずに売るという選択肢もあるが、いまのところ選ぶ理由がない。
順番と適性を考えると、消音はリンか。
彼女は斥候だ。消音の魔法とは相性がいい。
「リン、消音を覚えてくれ」
「え? やった!」
リンは満面の笑みだ。彼女は魔法を覚えたがっていた。
消音だろうが浮遊だろうが、どちらでも喜んで引き受けていただろう。
つぎは浮遊か。
仲間になった順番を考えるとフェルパだな。
正直、相性はわからないが、彼ならどんな魔法も無難に使いこなせそうな気がする。
「フェルパは浮遊を」
「ええ! 俺じゃないの!」
ところがなぜかアッシュが文句を言ってきた。
なにを言っとるのだ。お前はもう、ひとつ覚えているだろう。
「おまえにはクラムジーハンドがある。それを完璧に使いこなせるようになってから言え」
選択肢は多いほうがいい。だが、常にそうだとは限らない。
選択肢の多さは迷いにもつながる。
迷えば判断が一瞬遅れる。その遅れが戦いでは致命的なのだ。
アッシュはメイスにクロスボウに杖に魔法と、すでに多くの攻撃手段を持っている。
これ以上は混乱するだけだ。それがたとえ戦いで使わなそうな魔法であろうとも。
「いや、俺はいい。他のヤツにやってくれ」
ところがなんと、フェルパは断ってきた。
想定していなかっただけに、やや驚いた。
「なぜだ?」
理由が気になる。
「どうも、魔法ってのは性に合わなくてな。そのかわりと言っちゃあなんだが、欲しいものがある。あれだ」
そう言ってフェルパが指さしたものは、梁から垂れ下がっている銀の鎖。
おそらく魔道具だろう、ちゃんと値札もついている。
気になる値段は1000ジェム。
高いな。余剰金だと足が出る。
買えば、みなの分配金が減ってしまう。
「ちと高いな」
「俺の取り分から引いてくれてかまわねえ。足りねえ分だけ、だしてくれりゃあいい」
そういうことなら、断る理由はない。
おそらく前から目をつけていたんだろう。
この銀の鎖、ラノーラにどんな魔道具かと聞いたところ、投擲すれば自動で追尾、対象物をからめとってしまうのだそうだ。
なるほど、詠唱を必要とする魔法よりはるかに便利そうだ。
遠慮しているように見せかけて、じつはそれ以上を要求。フェルパのやつチャッカリしてやがる。
「では、浮遊はシャナだな」
「ええ!!」
またまたアッシュが文句を言う。いちいちウルサイやつだ。
クラムジーハンドに集中しろと、たしなめたばかりではないか。
「いいのかい? わたしで?」
シャナは遠慮気味だ。
そりゃあ横であんな反応されちゃあな。
「もちろん、かまわない。杖に魔法とアッシュにはすでにたくさん渡している。シャナはその魔法を覚えてみなを助けてもらいたい」
人間、なにかしら役割がないとな。
ただ、一緒にいるだけじゃ自分の存在意義を見失うことだってある。
それはなによりもアッシュが分かっているだろうに。
まだまだ子供だな。
――――――
迷宮を進んでいく。
いよいよゴブリンの王国を目指すわけだ。かなり厳しい戦いになるだろう。
今回、シャナが仲間になって、戦力は増えた。マイコニドの胞子にやられてしまった武器、防具も新調した。
だが、その程度では焼け石に水。
さすがに数が多すぎる。まともに戦ってはいられない。
できることなら気づかれずアシューテだけを連れて帰りたいところだがさて。
「ねえ、アニキ。なんで荷台を持っていかないの?」
ふいにアッシュに問いかけられた。
そうなのだ。今回はロバに荷台を引かせなかった。
最低限の物資を積んでの出発である。
「身軽な方がいいと思ってな。危なくなったらすぐに撤退するつもりだ。それにセオドアの
セオドアは私に何かをさせようとしている。
そう考えるとジャマはしてこなさそうだが、荷台を奪うぐらいのイヤガラセはしてきそうだ。
あるいはあのとき、私がいったん街に戻るとは思わなかった。アテが外れていまはこうなっている。
今度は改めてワナを張っている。なんてこともあるかもしれない。
いずれにせよ、用心に越したことはないのだ。
迷宮に入って二日目となった。
今は地下四階の通路を歩いているところだ。
ここまでたいした苦戦もなく進んでこられた。
すでに戦った敵ばかりだったというのもあるが、苦戦しなかった一番の要因は、こちらの戦力が整ってきたからだろう。
消音によるリンの索敵、近づかれる前に遠距離からの射撃、部屋に入っての戦闘は手数で押し切るなど戦術も確立してきた。
なんともありがたいことだ。
「ムッ!」
そんなときだった。
とつじょ視界が悪くなってきたのは。
「霧?」
通路にモヤがかかり、遠くが見えなくなる。
ヒヤリと肌を湿らすこの感じは、ケムリでなく水蒸気だ。
「フェルパ、経験あるか?」
施設のある地上では、霧とともに魔物が現れていた。
しかし、地下へ潜ってからは一度もなかった。
「いや、ねぇな。地下五階ならいざ知らず、四階までは霧なんてでねえはずだ」
なるほど、初めてか。
注意すべきだな。普段でないものがでたならば、それは何かしらの意味がある。
「引きかえすぞ」
戻るとなると、けっこうなタイムロスとなる。
しかし、ムリして進むより迂回した方が、けっきょく早くなるもんだ。
「アニキ、これ」
「ああ」
どうやら手遅れだったらしい。
引きかえしたものの、霧は濃くなる一方だったのだ。
「どっちへ行く?」
「近くに部屋はあるか?」
霧のせいで足元は見えなくなっていた。
しかも、この辺りは通路がいくつも分岐しており、どこから霧が来ているか分からない状態。
いったん部屋でやり過ごしたほうがよさそうだった。
「じゃあ右だよ」
アッシュの言葉通り右へと向かう。
か、そのときカツンと何かが床を叩く音がした。
何の音だ?
金属を打ったような高い音。われらが出した音ではない。
カツン、カツン、カツン。
今度は三度連続で音が響く。
どこからだ?
前か?
「キャッ!」
背後で声がした。
シャナだ。バタリと倒れこみ、そのまま彼女は霧に隠れて見えなくなった。
クソ! マズイ!!
「アァァ……ァ」
シャナの声は、みるみる遠ざかっていく。
引きずられているのか?
追わねば。だが、そうはいかなかった。目前の霧の中、地を這うように接近してくる影が見えたからだ。
素早く剣を合わせる。
肉を切った感触が手に伝わった。
見ればトカゲのような生き物が、体を半分に裂かれたままのたうち回っていた。
「壁を背にアッシュが真ん中、私が右で、フェ……リンが左だ」
いそいで陣形を立て直す。
フェルパの姿はすでになかった。なんということだ。シャナ同様連れ去られたかもしれない。
カツカツカツ。
膝下に濃く溜まった霧の中、床を打ち鳴らす尾の音が響く。
このトカゲ、サソリに似た姿をしており、かぎ爪状の尾を持っていた。
おそらくあれでシャナを引っかけていったのだ。
「何匹いるの?」
どうやら囲まれたみたいだ。
近づいてくる数匹を斬り飛ばしたが、霧の中でうごめく影はまだたくさんある。
クソ! 油断した。
まさかこんな手を使ってくるとは。
パチリ。
今度は乾いた音が響いた。
先ほどの床を打つ音とはまた違う音。
まさか……。
首筋にチリリとした感覚が走る。
通路の奥の方、青く走る
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