第95話 首狩り族

 道は少しづつ上り坂へ変わっていった。

 荒れた地面はまばらに緑が生え、わずかながら花も目にするようになる。

 水源が近いのか?

 植物が増えると動物も増える。とうぜん、大型の肉食動物も魔物も増えるだろう。

 注意せねば。


「なにこれ、おもしろい」


 リンが指さすのはトゲトゲした緑色の植物だ。

 茎がなく、肉厚の葉っぱのうえにまた葉っぱが重なるといった独特の形をしている。


「サボテンだな。乾燥地帯でよく見かける」


 サボテンにはたくさんの種類があり、細長く棒状に伸びていくものや、地面に転がる玉のように生えているもの、木から垂れ下がるものなどさまざまだ。


「食べられるの?」

「種類によってはな」


 サボテンの葉は水を多く含んでおり、トゲを取り除けば食料にもなる。

 とはいえ、多くのサボテンは毒を持っており、吐き毛やめまいなどを引き起こす。

 しっかりとした知識がないと口にはせぬほうがいい。


「食べたいのか?」

「ううん、聞いただけ」


 問いかけてみたが、リンの答えはアッサリしたものだ。

 まあ、いまは食料に困っていない。べつに無理して食べる必要はない。

 とはいえ、知識として持っていた方がいいか。

 さいわいジャンタールの水は毒を中和するらしい。何かあっても水を飲めばいいわけだからな。


「ものはためしだ。少し葉っぱを取ってみろ」

「ふふ、わかった」


 リンはなにやら嬉しそうだ。

 まあ、未知の体験てのは楽しいもんだ。外を知らなかった彼女にはすべてが新鮮に映るだろう。


「トゲに注意しろ。あと植物の根元にも気をつけろよ。ヘビやサソリといった毒虫がひそんでいるからな」


 ハビや虫だって直射日光には弱いんだ。

 日を遮るのに絶好の場所、とくに小さい虫があつまる植物の根本なんかはそれを狙って爬虫類がいる確率がさらに高くなってくる。


「わかってるわ、子供じゃないのよ」

「そうか」


 少し過保護だったか。

 たしかに彼女も探索者だ。これまで迷宮で魔物と命のやりとりをしてきた。

 たとえ知識はなくとも、このような状況下で注意をおこたったりはしないか。


 休憩がてら、みなでサボテンを食すと、また西にむかって歩きはじめる。

 ちなみに多くの者がサボテンを食べた後、水を飲んでいた。

 後味が気に入らなかったらしい。

 これでは何の意味もないなと、思わず笑ってしまった。

 まあ、これはこれで貴重な経験だ。サボテンに詳しくなくたって何も困らないさ。



 さらに進むにつれ、植物の量は増えていった。

 サボテンのような極端に乾燥に強い植物だけでなく、樹木といったようなものも。

 杭に並んだコブリンの首を思い出す。

 これはハズレを引いたか?

 それとも、ゴブリンの王国が近づいていることを意味しているのか?

 分からないが、より注意を要するようだ。


 ならばこれも経験だと、リンに斥候役として先に進んでもらうこととした。

 消音の魔法を唱えて彼女はひとり前を歩く。

 もちろん、地下五階にくるまで彼女に斥候役として、同じように働いてもらっていた。

 しかし、壁に囲まれた迷宮と違い、ここは気を配るべき物事も多い。

 勝手も違うだろう、慣れは絶対に必要だ。

 そうして、進み始めてしばらく、彼女が注意せよのハンドサインを送ってきた。


 リンはかがんだまま、ジッと前を見つめる。

 あの先に何かある。

 やがて彼女はこちらに向かって手招きした。

 われらは、身をかがめてそばまで進んでいく。

 そして、彼女の指さす先を木の隙間より覗いた。

 少し開けた場所にコンモリと何かが積まれて盛り上がったところがあった。

 その横には数体のゴブリン。かがんで、何かを探しているような素振りが見られた。

 

 何をしている?

 ゴブリンどもは地面から丸いものを拾い上げては見、これは違うと投げ捨ててを繰り返していたのだ。

 その丸いものとは首だ。

 地面に転がる首を確認しつづけていた。


 コイツは……。

 まさかゴブリンの首を晒していたのはゴブリンか?

 その首を、いま吟味している?

 晒したのは仲間割れ、あるいは違う集団との勢力争いだったのか?


 積まれて盛り上がった場所を見る。

 なんとそれは首のない死体で、一か所に積み上げられてまるで小山のようになっていた。


 まあ、ずいぶんと殺したもんだ。

 問題はこいつらをどうするかだ。

 勢力争いならば仲間が近くにいるはず。

 気づかれる前にこの場を去った方が賢明だろうか?

 それとも、少しでも数を減らしておくか?

 前方にいるゴブリンの数は五。急襲すれば、手こずりはしないだろう。


 ……いや、どうも違和感があるな。

 あの死体は本当にゴブリンが殺したものか?

 彼らが手にもつのはヤリや吹き矢だ。

 あのように首を刈った死体ばかりなのは不自然ではないか?


 そのとき、なにかが動いた。

 積み上げられた死体の中、周囲の色をうつす人らしき輪郭がある。


 ……あれは!

 我らが身につけているヨロイだ。

 周囲の模様を映し出す、流体金属のヨロイ。それが動いた。

 ならば探索者か?

 だが、そのヨロイの上には首がなかった。

 あるべきはずの人の首が。


 異変を感じたゴブリンが飛びのく。

 だが、遅かった。

 そのうちの二匹の首が、飛ぶより早くコロリと地面に転がったのだ。


 速い!

 首のないヨロイは電光のごとき素早さで、手にした剣でゴブリンの首を刈った。


 しかも、あの一瞬で二振りか。

 おまけに正確に首を切り落とすときている。


 強いな。

 これで残るゴブリンは三匹。

 おそらく勝負になるまい。


 三匹のゴブリンはクルリと背を向けて逃走し始めた。

 ゴブリンも敵わぬと悟ったのだろう。

 そこへ首なしヨロイが距離をつめ一閃、背を見せたゴブリンの首を刈った。


 なんたる踏み込みの速さか。

 人間の領域を超えている。

 だが、さすがに三匹同時はムリだった。斬り殺したのは一匹のみ。

 残る二匹は逃走に成功、すでに首なしヨロイの手の届かない位置にまで離れていた。


 逃げたか。これで仲間を連れて引き返してくるのだろうか?

 しかし、そう思った矢先だった。

 逃げゆく二匹のゴブリンの首が、ポンと飛んだ。


 あれは――

 首を刎ねられたゴブリンの近く。

 周囲の景色を映し出す、首なしヨロイがもうひとつあった。


 二体か!

 首なしヨロイは二体いたのだ。


 首なしヨロイはゴブリンの死体を担ぎ上げると、積もれた死体の山に投げ込んだ。

 ああして死体を積み上げていたのだ。

 首を刎ねてはその体を積んでいく。そうして、山のように積みあがっていったのだ。


 首なしヨロイは五匹のゴブリンの死体をかたずけたあと、今度は首を拾い上げた。

 たが、それはゴブリンの首ではなかった。

 両目が赤く光る青白い顔をした人間の首。

 それを脇にかかえると、首なしヨロイは死体の山に溶け込むように横になるのだった。


 なんてバケモノだ。

 不用意に近づいていれば我らもやられていた。


 ゴブリンどもが首を拾い上げていたのはコイツラを探していたのかもしれない。

 首なしヨロイの本体はあの首で、それを破壊しようとしていたのかもしれない。


 やっかいな相手だ。

 たぶん、体を斬っても効果はない。

 頭部を破壊してやっと動きが止まる。


 すべては想像だが、あの強さは本物だ。

 まともに戦うのはチト骨が折れる。

 

 気づかれる前に離れるぞ。

 手でみなにそう合図をすると、来た道を引きかえしていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る