第85話 メッセンジャー

 胞子を吸い込んでいる可能性があるため、みな治療装置へ入った。

 幸運なことに、誰も胞子に侵されていなかったらしく、表示された金額はゼロもしくは1だった。

 長時間吸い込み続けなければ、あんがい平気なのかもしれない。


 治療を終えると、つぎは給水ポイントへ向かう。

 荷台を置いて逃げたため、手持ちの水がもう少なくなっていたのだ。


 フェルパの案内に従って歩く。

 水があるのは街の北側、道に沿って進めばすぐというが。


「埋まっちゃってるね」

「そうだな」


 巨大な街を南北に貫く道は、すでに砂に埋もれて見る影もない。

 当時はきれいに石畳が敷かれていたのだろう。しかし、今となっては、傾き隆起した石畳の一部がわずかに顔をだすだけである。


 さらに崩れた周囲の建造物が、瓦礫となり道にはみだしている。

 まさに廃墟だ。

 地面から生えたいくつもの木の根やツルが建物を侵食しているのも、さらにそう感じさせる。



「待て」


 ふと、違和感を覚えた。

 みなに立ち止まるようにうながす。


「どうした? 大将」


 フェルパの言葉を無視して気配を探る。


 ――見られている。何者かの視線を感じる。

 周囲には誰もいない。だが、たしかに感じるのだ。悪意のような視線を。

 

 さらにわれらの進む道の先、地面を覆う砂に、ほんのわずかな違和感を覚えた。

 コイツは……。

 足元に落ちていた瓦礫を拾う。

 だいたいコブシ二つぶんの大きさだ。違和感のある地面に向けて、そのまま投げる。


 ザザン!


 大きな網が空へと跳ね上がった。

 トラップだ。

 地面に負荷がかかると跳ね上がる捕獲用のワナ。

 動物を生け捕りにするときよく使う。


「散開しろ!」


 瓦礫や木の影に隠れる。

 トラップを避けたとなると、つぎに来るのは飛び道具だ。

 狙い撃たれぬように、なにかに身を隠すのだ。


「誰かいるの?」

「ゴブリン?」


「いや、人間だ。感じる悪意は、人間特有のものだ」


 たしかにゴブリンが仕掛けたワナの可能性もある。

 だが、わたしには確信があった。これは人だと。


 ……しばしの時が流れる。

 しかし、誰かが矢を射かけてくることも、姿を見せることもなかった。


「……ほんとに誰かいる?」

「いる。ぜったいに顔を出すなよ。少なくとも相手の場所が分かるまでは」


 警戒が薄れそうになるリンとフェルパを強い口調で押しとどめると、気配を探る。

 だが、見つからない。ぜったいにどこかにいるはずなのに。


「狩りのワナじゃねえのか?」

「いや、ちがう」


 フェルパの言葉に強い否定で返した。

 たしかに狩りのワナなら、設置した本人はここにいないだろう。見張らずともいいのがワナの利点だからだ。

 だが、わかる。悪意のような視線をずっと感じるのだ。


「ずいぶんと勘がよろしいウサギちゃんじゃねぇのー」


 聞き覚えのある声がした。

 そっと覗けば、前方の建物の陰から姿をあらわす一人の男がいた。

 使い込まれた革鎧に、使い込まれたブーツ。

 高く尖った鼻、逆立てた髪、口元には笑み。だが、その瞳の奥は笑っておらず、あざけりの色が映っている。

 セオドアだ。

 まさかここで出会うとは。


「かくれんぼなんかしてねえで出て来いよ。俺と話をしようぜぇ」


 セオドアが挑発をしてくる。

 よく言う。隠れていたのはどっちだ。

 しかも、ワナまで仕掛けて。


「セオドアだね! このクソ野郎、よくも姿を見せられたもんだ!!」


 声を荒げたのはシャナだ。

 仲間を奪われ、殺されかけ、我慢できなかったと見える。

 気持ちは分かる。だが、落ち着け。

 あの男のことだ。ワザワザ姿を見せたからにはそれなりの策を講じているはずだ。


 意識を集中し、気配を探る。

 ――いた! あそこと、あそこ。そして、あそこ。

 建物の二階と三階からクロスボウでこちらを狙ういくつかの影をとらえた。

 いつでも射殺せるということか。


 しかし、妙だな。

 さきほどまで気配などまるで感じなかった。ただ漠然とした視線を感じただけ。

 それが、急に現れるとは。

 読み違えた?

 いや、そんなはずは……。


「おんや~、その声は誰だったかな? もしかして、シイタケ農家の売り子ちゃんかい? 悪いがオメーに用はねぇ。俺ぁキノコは苦手でね」


 セオドアはカカカと笑うとシャナを挑発する。


「おまえ!」


 それに釣られてシャナが建物の影から顔を出してしまった。

 やむを得んな。


「セオドア、用があるのは私か?」


 わたしも姿を見せることにした。この距離ならクロスボウの矢を同時に射られてもかわせる。

 それに、こちらも始末する算段をたてていたところだ。

 会いに行く手間が省けたと考えよう。


「これはこれは、ピーターパン殿。会いたかったぜぇ」


 セオドアは私を見ると、さらに笑みを濃くした。

 やはり狙いは私のようだ。


「願いが叶ったようでなによりだ。で、何の用だ? 人生に疲れたなら手伝ってやれるが」


 首を手で刈るしぐさで返す。


「カカカカ、言うじゃねえか。あいにく俺ぁ人生を楽しんでてね。その栄誉は別のやつにやってくれや」


 セオドアは余裕の表情だ。

 この距離なら私の剣が届かぬと、たかをくくっているのだろう。

 いや、それだけではないな。

 仲間にクロスボウで狙わせている以外にも、まだ手を隠してそうだ。


「セオドア、今日は一人か? いつも誰かのケツをつけ狙っているお前にしては珍しいじゃないか」

「カー、あいかわらず口が悪いねぇー。俺だって、たまにゃあ一人になりたい時だってあるんだぜぇ」


 よく言う。

 これだけの仲間を潜ませているにも関わらず、なんの淀みもなく返してくる。

 しかも、それが私にバレていることなど、コイツは百も承知のはずだ。

 根っからのウソつきヤロウだな。


「シャナから仲間を奪ったと聞いているが? そこにチラチラ見えるのはそいつらじゃないのか?」


 建物の陰からクロスボウで狙うものたちを指さしながら言った。


「カカカ、鋭いねえ。パリトちゃんはなんでもお見通しってワケかい」


 セオドアの余裕は崩れない。やはり、仲間にクロスボウで狙わせている他にも策を講じてそうだ。

 注意せねばならんな。


「なんでもお見通しではないさ。ただ、ウソには敏感でね」

「へへッ! ニセの名を名乗るヤツに言われたかぁねえよ」 


 わたしがパリトだと、もう知られている。

 セオドアが接触をはかってきたのは、それが関係しているのだろうか?


「で、なんの用だ? 世間話をしに、ここまで来たわけじゃあるまい?」

「なんだよ、お喋りはキライか? もっとお互いを知ろうぜ。ずいぶんと行き違いもありそうだ。それを正そうじゃねえか」


 行き違いね。

 どうせウソで塗り固めるだけだろう。


「意外だな。嫌われている自覚があったのか?」

「カー、ほんと口が悪ィな、パリトちゃんは。まあいい、俺ぁ勘違いされやすいんだ。ちゃんと知れば、いいヤツだってすぐにわかるさ」


 いいヤツね。そう思う日は永遠に来なさそうだが。


「いいのか? 知れば知るほど、もっとキライになるだけだぞ」

「そんなこたぁねえぜ。俺のいつくしみの心を知れば、みんな好きになる」


 いつくしみの心ね。

 そんなウサンクサイ言葉に寄ってくるのは悪党だけだと思うが。


 しかし、セオドアの目的が分からんな。

 このタイミングで接触してくる理由がハッキリしない。

 コイツが人のために行動するとは思えない。つねに自分の利益のために動くに違いないのだ。

 ならば、コイツの利益はなんだ?

 身を晒すことで何を得ようとしている?


「セオドア、もういいだろう。本題に入れ」


 セオドアの目的は分からないが、時間をかせいでいるようにも思える。

 ならば、ムダに会話するのは悪手か。

 リスクを承知で斬りかかるか引くかを、早めに決断したほうがよさそうだ。


「せっかちだねぇ。まあ、それもいいさ。全部含めてパリトちゃんてことだ。俺ぁ、ひっくるめて愛してやれるぜぇ」


 セオドアの言葉に、背筋にゾワリとしたものが走る。

 ほんとうに他人を不快にさせることに関しては、群を抜いているな。

 さっさと刈って、この感情ともおさらばしたいものだ。


「そうか、ならばお互い歩み寄りが必要だな。ここはひとつ握手でこれまでのことを水に流そうじゃないか」


 そう言うと一歩まえに出て、手を差し伸べた。


「カー、怖いねえ。やる気マンマンじゃねえか。俺ぁ前も言ったが、アンタとやり合う気はねえよ。壊し屋パリトを相手にするほど命知らずじゃないんでね」


 ウソだな。

 警戒しているのは伝わるが、私を恐れてはいない。


「なんだ、愛してやれると言ったのはウソだったか?」

「まあ、愛のカタチってのはいろいろあらぁな。俺ぁ陰ながらアンタを応援させてもらうぜ」


 陰ながら応援ね。

 陰謀の間違いではないのか?

 しかし、ラチがあかんな。誘いに乗ってこなければ、質問にも答えない。

 仕留めようにも、この距離では仕留めきれない。なんとか近づくスキを見つけねば。


 とはいえ、ヤツが設置したワナが一つだけとは限らない。まともに踏み込むのは危険だ。


 相手の戦力を確かめる。

 五、六……セオドアを入れて七人てところか。

 こちらはフェルパ、アッシュ、リン、シャナ。四人いればセオドア以外は抑えられるはずだ。

 彼らにまかせて、セオドアを刈るか?

 今、セオドアを逃せば、今後とらえるのは難しくなるだろう。


 なぜ、こちらの位置が分かったか、なぜこのタイミングで接触できたかなど気になることが多すぎる。

 やはり、いま仕留めねば。


「おっと、待った。いまやりあったらアンタも損だぜ」


 セオドアは私の心の変化を敏感に察知したようだ。

 コイツは本当に気配察知に長けている。いままで見た誰よりも。

 ……だからよけいに逃せない。

 多少のリスクを取ってでも、行かねばならない。


 覚悟を決めた私だったが、セオドアの次の言葉で動きを止めた。

 ヤツはこう言ったのだ。


「アシューテから伝言だぜ」と。

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