第86話 アシューテの伝言
アシューテからの伝言。
その言葉に動きをとめる。
たとえウソだとしても確認せずにはおれない。アシューテを見つけだすのが私の目的だからだ。
「会ったのか?」
セオドアに問う。
コイツに酒場で会ったとき、アシューテを知らないと言っていた。
ウソだったか。
いや、その後会った可能性もゼロではない。
しかし、まあ、ないだろうな。知っていたが知らないと言った、あるいは伝言そのものがウソかのどちらかだろう。
「ああ、会ったぜぇ。プリッとしたいいケツのお嬢ちゃんだ。ジャンタールについてあれこれ聞かれたぜ」
なるほど。
会ったのが事実なら、だいぶ前か。
いまさらアシューテがジャンタールについて聞くはずがないからな。
「どこで会った? 場所は?」
「カカカ、悪ィがそいつは言えねえな」
言えない?
都合が悪いのか?
それとも会った場所にまだアシューテがいるのか?
「伝言の内容は?」
「悪ィが、そいつも言えねぇな」
コイツはいったい何を言っているんだ?
伝言だとワザワザ目の前に現れておいて、その中身は言えないと。
けっきょくウソか?
いや――
「見返りが欲しいのか?」
「ヘ! 話が早えじゃねえか」
なるほど、タダでは渡せないと。
たしかに情報とは時に金になる。こんな場所なら特にな。
しかし、少々不自然な点もある。
情報を売るなら今でなくともよいはずだ。それこそ街で声をかければいい。
リスクをおかして地下五階で待ち伏せる意味がわからない。
「何が欲しい? 金か?」
「いや、いまんとこ金にゃあ困ってねぇ」
金でもないのか?
では、いったい何が目的だ?
「望みを言ってみろ」
「いやなに、アンタと手を組みたくね」
手を組む?
それでわざわざ姿を見せたのか?
「断る!」
「即答かよ。カー、ちっとは悩んだりしろよ」
悩む必要がどこにある。
利害が一致するならば、キライな者とでも手を組むかもしれない。
しかし、害しかばら撒かない者と組む手など、私は持ち合わせていない。
「話はそれだけか?」
「オイオイオイ、大事な情報を手放す気か? 助けを求めている女子を見捨てるなんてヒドいやつだな……」
フン、見捨てはしないさ。
お前を殺すのはやめ、生け捕りにするだけだ。
だから――
「それもそうだな。分かった、手を組もう」
「ま~て、まてまて。ぜって~ウソだろ? 近づいた瞬間、襲いかかってくるのがミエミエじゃねえか。ほんとうにヒデエやつだな、アンタはよ」
キサマにだけは言われたくはないな。
「ではどうする? 信じ合わなきゃ手は組めんぞ」
「ハハッ! 思ってもいないことを口にするんじゃねえよ」
たしかに、思ってもいないことだな。
「なら残念だが、交渉決裂だな」
「ヘッ! まあ、そう焦りなさんな。手を組むったって、仲良しこよしで探索するわけじゃねえ。ただ、敵対しないって約束してくれるだけでいい」
「約束?」
「そう、潰し合いってのはバカらしいぜぇ。こんなバケモノだらけの場所なんだ。人間同士、協力しなきゃよ」
よく言う!
さんざん人をワナにハメておいて。
シャナがギリリと歯を噛んだのが分かった。
「約束だけでいいのか?」
ウソつきが口約束を求めるとは、とんだお笑い
「いいぜぇ、ちゃんと誓ってくれるならな」
ムッ、誓いか。
どうしたもんかな……。
「残念だが、私がよくともシャナが受け入れはすまい。自分のしたことはいずれ自分に返ってくるものだ」
わたしの言葉にセオドアはニチャリと嫌らしい笑みを浮かべた。
「カカカカ、そいつは当人同士で話をつけてくれや」
セオドアがなにやら手で合図すると、背後の建物から一人の男が現れた。
たいそう大柄な男で、両手には巨大な斧をもっている。
「レオル! おまえ!!」
「まて!」
出てきたのはシャナのかつての部下、レオルだ。
いまにも飛びかからんとするシャナをとめる。
いま動けばセオドアの思う壺だ。
情報を得られないばかりか、取り逃がす可能性が高い。
「まったく、血の気が多いねぇ。話なら後でしてくれや。まずはこっちの話が先だ。順番は守ってもらわねえとな」
セオドアはニタニタ笑うと、話を続ける。
「これはアンタと俺の問題だ。よその話はよそですりゃあいい。しいたけちゃんが俺を狙うってんなら好きにすりゃあいい」
「ふむ」
理屈としては間違っていないが、さて。
「アシューテちゃんがいるのはゴブリンの王国だ。こっから北にあるところだな。アンタをそこで待っているそうだ」
ゴブリンの王国にアシューテが!?
場所もそうだが、セオドアがすんなり話したことに驚きを隠せない。
「ハハ! 約束を守るのはこの話が本当だったときでいいぜぇ」
しかも、セオドアは真実だとわかったときのみ見返りを求めると言う。
どうなっている?
どうにも違和感がぬぐえない。
「セオドア、お前……」
「意外か? 人間てのはな、自由に見えても何かにしばられるもんなのさ。他人の作ったルールは破れても、自分に課したルールは破れなかったりな」
そうか、コイツは約束を重視する私の心を見抜いたのだ。
自分は本当のことを言った、だからお前も約束を守れと。
「あんまり時間ねえぜ。今は無事だが、いつまでもつか分からねえ」
――!!
コイツ夢で出てきた女と同じことを!!
「セオドア! なぜ、おまえがそれを知っている!! アシューテはゴブリンに囚われているのか?」
「ヘヘッ、これ以上は言えねえな。つぎはしいたけちゃんの番だ。順番てのは守らねえとな」
そう言うとセオドアはレオルの肩を叩いて後ろに下がった。
チッ!
もう少し聞いておきたいものを!!
「まあ、そういうことだ。シャナ、アンタには悪いが俺はセオドアにつかせてもらう」
「レオル! よくもぬけぬけとそんなことが言えたものね」
シャナとレオルの会話が始まる。
しかたがない。セオドアの言うように、ここは彼らに譲るとするか。
「あのままだとムーンクリスタルどころか自分の命だって危うい。より強いものに鞍替えするのも当たり前だ」
「ふざけんじゃないよ! 鞍替えじゃなく姑息な裏切りじゃないか! それにあんなゴミみたいなやつにシッポ振って恥ずかしいと思わないのかい!」
「シッポを振る? 一時的に手を結んだだけだ。ムーンクリスタルを見つけるまでな。シャナ、知ってるだろ、ムーンクリスタルはひとりひとつ、それぞれの夢を叶えてくれる。アンタの夢は国を興すことだろ? 俺たちゃ、いつまでアンタの部下をやってりゃいいんだ? 死ぬまでか? ムーンクリスタルを手に入れてもずっと?」
「なっ!?」
どうもシャナの旗色が悪い。
シャナが率いる彼ら一団、統制が取れていると思ったんだがな。案外不満はくすぶっていたのか。
そこをうまくセオドアに突かれたのかもしれん。
――いや、統制が取れていたからこその不満か。
この先の変わらぬ関係性に不安を覚えてしまったと。
あるいは、ここへ来て急に野心が芽生えてしまったか。
だが、それは性急すぎやしないだろうか。
まだムーンクリスタルの影も形も見えないのに……。
――もしや、セオドアはムーンクリスタルの近くまで迫っているのか?
だから人を集め始めた?
「シャナ、アンタはもう少し部下の言葉に耳を傾けるべきだったな。ベックもオーソンもギャビーも、もう疲れたんだと」
「なんて勝手な言い草だい! そんなもん、裏切りの理由にはなんないよ!!」
セオドアがどこまで辿り着いたか分からない。
だが、もう手が届きそうだと彼らを信じさせる何かを持っているのか?
「……悪いが時間切れだ。アンタら鬼に追いつかれたようだぜ」
ここで突然、レオルが我らの後方を指さした。
振り返って見ると、黒い点が大量にこちらへ迫ってくるのがわかる。
あれはゴブリン?
廃坑にいた者どもか!?
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