第83話 HOSPITAL
周囲を見回しながら歩く。
建物はいずれも破損が激しく、壁や天井が崩れてしまったものが多かった。
階段がなくなってしまったぐらいならまだマシで、入口すら瓦礫で埋もれて入れないものもあった。
フェルパはあれこれと指さしながら、われらを案内する。
「とまあこんな有様だ。ほとんどの施設が使い物にならねえ。そんな中、わずかに残ったものが四つ。地下四階への階段、水が湧き出しつづける水瓶、ジェムを物資に交換できる箱、そして、あれだ」
フェルパが最後に指差したのは、巨大な建造物の一角『HOSPITAL』のプレートが貼られた扉だった。
その周囲の壁はところどころひび割れたり、表面が剥がれ落ちてはいるが、形はきれいに保っていた。だが、それもあと何年もつか分からないといった様相であったが。
「あの文字には見覚えがある」
たしか上の街で傷ついたアッシュを運び入れた扉にもこれが貼られていた。
「だろうな、治療施設だよ。街にあるものと同じだ。だが、こちらのほうが規模が大きい。上にないものもある。とは言っても、ほとんど動いちゃいないが」
扉を開くと、まず瓦礫の山が目についた。
それから、朽ちかけた長椅子やカウンターテーブル、錆びて崩れた金属の棚。その全てにチリが積もっており、過ぎ去った年月の重さを感じるのだった。
「気をつけろよ。床も老朽化して、いつ崩れてもおかしくない」
フェルパの後についていく。
いろいろ見て回りたいところだが、たしかに危険が大きい。やめておいたほうがよさそうだ。
崩落でもしたら目も当てられない。なるべくフェルパと同じ位置を踏んでいく。
このあたりは迷宮での経験が生きているのか、アッシュもリンも私と同じようにしていた。
「ここだ」
フェルパが立ち止まったのは、入り口から真っ直ぐ進んだ奥のトビラ。
凹凸がなく、ノブさえついていない。ただ、トビラの形に線が入っており、そこがかろうじてトビラだとわかる程度である。
ノブがないならば押して入るのだろうか?
トビラをグッと押してみる。だが、ビクともしない。
もしや、隠しトビラと同じように引くのか? 吸盤をつけて。
「せっかちだな。ちょっと待ってろ。カギがなきゃ、こいつは開かねえよ」
そう言ってフェルパは懐から古びたカギを取り出した。
そのカギは私もよく知る形をしており、細長い先端には凹凸、後部には黒い宝石が埋まっている。そして、全体の色は金と、古めかしいながらも美しさがあった。
それで開くのか?
トビラには肝心のカギ穴がないが……。
フェルパはトビラのすぐ横、黒く塗られた長方形の枠にカギをかざした。
差し込むのではなく、かざすだけ。
すると、その瞬間、トビラは音もなく開くのだった。
なるほど、その姿は飾りか。
開くのはそれ以外のなにかが作用しているのか。
「すぐ閉まるぞ。早く入れ」
などと考えていると、フェルパはさっさとトビラの奥に進んでしまった。
どうやら制限時間があるようだ。
警戒しつつも、すぐにフェルパの後を追う。すると上の街で見た棺のようなものがいくつも並んでいるのが目に入った。
こいつだ。ジェムと引き換えに治療してくれる不思議な物体は。
どうやら設備そのものは上と大きく変わらないようで、タマゴ型の白い棺が規則正しく並んでいるのも同じだった。
強いて言えばこちらの方が若干大きいか? その程度だ。
とはいえ、部屋の大きさと棺の数は比べものにならないくらいこちらが大きかった。
「一番奥の列、右から二番目のやつだ。俺が知る限りではあれしか動かない」
フェルパは無数にある棺の一つを指さした。
なるほど他の棺は粉々に砕けていたり、亀裂が入っていたりと、見るからに壊れているものばかり。
長い年月が経過し、かろうじて残ったのが、あれということか。
「アニキ」
「ああ、分かっている」
シャナのヨロイと衣服を脱がすと、棺の中に寝かせる。
棺の上部のトビラが自動で閉まると、赤い線がシャナの体の上をゆっくり通過する。
そうして表示されたのが12。
すなわち治療費は12ジェムだ。
高いのか安いのか、よくわからんな。
だが、これでマイコニドの胞子が取り除けるなら非常にありがたい。
ジェムを入れると中身が液で満たされるのをしばらく見守るのだった。
――――――
「フェルパ、そのカギはどこで手にいれた?」
シャナが治療しているあいだ、フェルパと会話をする。
どうもこの男は隠し事が多い。根掘り葉掘り聞くつもりはないが、せめて迷宮に関しては包み隠さず言ってもらいたいものだ。
「瓦礫の中からだよ。この施設のトビラはだいたいこれで開けられる。いぜん探索したとき見つけたものだ」
ふむ、まあつじつまは合うか。
この施設のカギならば、この施設内にあってあたりまえだ。
それに自然の中にこのような建造物を見つけたら、真っ先に探索するだろう。
おかしなことはない。
だが――
「なぜ言わなかった?」
問題は伝えなかったことだ。
先の状況が分かれば選択も変わる。伝えないのは相手の選択肢を奪う行為でもある。
「悪かった。だが、そんな怖い顔しなさんな。秘密にしてたワケじゃない、言うキッカケがなかっただけさ」
キッカケね。どうにもウサンクサイ話だ。
ここらへんの振る舞いが、フェルパを信用できないゆえんなのだ。
地下五階の情報、そして、施設を使うためのカギ。すべて渡してしまえば自身の重要性が薄れる。
それをフェルパが警戒するのはある意味仕方がないことだが、こちらも命に係わることだ。いい印象を持たないのも当然だろう。
それに――
「カギはまだいい、お前が命がけで手にいれたものだ。隠したとて責めはすまい。しかし、地下四階への階段は見過ごせん。われらが見つけたところ以外にも地下四階への階段があるとは聞いていたが、施設の中にあるとは聞いていなかった」
そちらへ直接向かえば川を渡る必要もなかったのではないか?
むろん精霊に襲撃されることも。
だが、精霊に関しては結果論だ。これは言うまい。
問題なのは階段の位置だ。フェルパの説明では今回降りてきた階段のさらに南、この施設からは北東にあるはずだ。
つじつまが合わぬではないか。
「そら、まあ……そいつも言うきっかけがなかったからな」
「どういうことだ?」
ウソを言っている感じでもないが、どうだろうか?
いくつか理由が考えられるが、さて。
「俺が知っている地下五階への階段は二つだ。すでに教えたここからずっと東、廃坑のさらに向こうがひとつ目だ。そして、ここ」
ふむ、予想通りではある。
階段が複数存在するのはもう分かっていた。フェルパが知っているのもひとつではないと考えられる。
「ひとつしか教えなかった理由は?」
これもいくつか考えられる。だが、あえて問おう。フェルパの考えも見えてくるかもしれない。
「こっちはな、らせん階段なんだ。やたら長くてグルグルと続いている」
「らせん階段?」
「ああ、しかも急こう配で、荷台を引いてちゃとても上り下りできねえ」
「ふむ」
なるほどな。
荷台に物資を乗せ、拠点までの休息地点を確保する。それが基本プランだった。
荷台をおろせなければ、意味がない。
「それにあのとき大将の目的はゴブリンの歯だったろ。いわばあそこへ降りるのは決定事項だった。だったらここにある階段を説明するのは、実際に来てから言っても遅くはないと考えたんだ」
そうだ。
ゴブリンの歯を手に入れるのも目的だった。そして、あの集落をツブすことも。
こちらを選べば、どちらも達成できない。
たしかに、フェルパの言葉は正しい。
しかしな。
「フェルパ、それは違う。聞いたうえで選択したのと、聞かぬがゆえそれしか選択できなかったのは、たとえ結果が同じだとしても天と地ほど差がある。そして、その差こそが、我らのような命をかけるものにとって大切なのだ」
「……」
フェルパは考えるように黙り込んだ。
反論する言葉を探している風でもない。私の言葉を反芻していると言えばいいだろうか……。
「アニキ、シャナの治療が終わったよ」
ちょうどそこで、アッシュが声をかけてきた。
まあ、この話はここらにしておくか。やりすぎて、わだかまりを残しては意味がない。
いま優先すべきはシャナだ。
彼女の安否、そして、なにがあったか確認せねばな。
「わかった、すぐ行く。フェルパ、お前の意見も聞きたい。シャナになにがあったか一緒に聞いてもらいたい」
「……オーケイだ」
フェルパと二人でシャナのもとへ向かうのだった。
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