第82話 ジャンタールの真の姿

 トロッコでの移動は意外にも快適であった。

 カーブの手前では減速し、直線が続く場所では加速する。

 どうやら謎の力により制御されているようだ。

 これなら止まりかたを心配する必要はないだろう。


「もう雨はあがったみてえだな」


 フェルパの言うように雨は完全に止んでおり、雲の隙間から晴れ間も見える。

 抱きかかえるシャナにかけていた外套(マント)を少しずらした。もう雨から守る必要はなさそうだ。

 意識を失っている彼女はピクリとも動かない。手遅れにならなければよいが。


「ねえ、アニキ。その人、アシューテさんじゃないんだよね?」

「ああ」


 そうか、わたしが誰かを連れて帰ったならば、まずアシューテかと考えるのが自然か。

 彼女を探してここまで来たのだから。

 とはいえ態度で察したか。たしかにアシューテならば私の態度ももう少し違っていただろう。


「彼女はシャナだ。ジャンタールに来る前に知り合った。数人の部下を連れていたはずだが、なぜこうなったのかを聞いておきたい」


 部下たちはみな、あの胞子の山に埋もれているとも考えられるが、さて。


 シャナを見る。ひび割れた唇が痛々しい。

 いったいどれほどの間、あそこにとらわれていたのか。

 だが、そうなるとますます不自然に思えてくる。

 われらがジャンタールへ来て、そう経っていない。そんな短時間でここまで来られるはずがないのだ。


 シャナの頬に手をやる。熱がある。脱水症状もありそうだ。

 水筒からひとくち水を含むと、シャナと唇を重ね、奥へと流し込んだ。

 ゴクリ。シャナは意識がなくともしっかりと水を飲み込んだ。

 ――いや、意識はあるのかもしれない。

 目を開ける元気すらないのかも。

 それでも飲んだのは、なんとか生きようとする意志の表れか。


「マジかよ……」


 フェルパのつぶやきが聞こえた。

 分からんでもない。口うつしで水なんか飲ませれれば、胞子をさらに吸う可能性もある。危険な行為だ。


 しかし、助けた時点でその程度は覚悟の上だ。

 フェルパの言葉を信じ、私は街での治療に賭けた。そこに迷いはない。


 もうひとくち水筒の水をふくむ。

 シャナの口へと流し込んだ。


「大将、治療薬も飲ませてやりな。進行が止まるかもしれねえ」


 そうか、治療薬か。

 街で買った治療薬があったな。確かにあれならば効きそうだ。

 すぐさまシャナに飲ませる。

 ついでに私も飲んでおく。

 フェルパにうながされ、リン、アッシュもそれぞれ自分の手持ちから飲んでいた。



――――――



 トロッコはゆるい曲線を何度も描きながら先へ先へと進んでいく。

 赤茶けた大地を下り、青草が茂る草原を突っ切り、立ち並ぶ木立こだちの間を抜けていく。

 そして、見えた。巨大な建造物が。


 六角形の高い城壁の中、六つの建築物がある。

 六つの建造物はこれまで見たどの建物よりも高く、それでいて中央へとつながる道できれいに区画整理されていた。

 そして、その真ん中。ちょうど道が交わる位置に、女性の姿を型取った羽の生えた石像があった。

 その石像は六つの建造物よりさらに大きく、しかも雨上がりだからだろうか遥か地平線の先から伸びる虹の終着点となっていた。


 なんだコイツは……。

 壮大で神秘的な情景に息をのむ。

 はたしてこれを人が作り上げられるものなのか。


「驚いたか。こいつがジャンタールだよ。はるか昔に栄えたジャンタールの真の姿さ」


 そうか、失われた都市ジャンタールとはまさにこれだったのか。

 太陽があり水がある。都市は驚くほど巨大で、数万、数十万の人々がここで暮らしていたのだろう。


 しかし……。

 近づくにつれ、なぜ失われた都市なのかが分かる。

 巨大な城壁はいたるところがひび割れ、六つの建造物もすでに崩れかかっている。

 地面には瓦礫が散乱し、遠目で見ても人など住んでなさそうに思えた。


「分かるだろ。超古代文明のなごりがジャンタールだ。だが、今じゃ、ただの廃墟さ」


 超古代文明ジャンタール。アシューテがずっと追い求めていた伝説だ。

 われらが生まれるずっとずっと前に滅んでしまったものの、確かにその文明は存在していたのだ。

 朽ちつつも不自然なほどの進んだ技術や、得体のしれない力が混在していたのもそのためだ。


 しかし、疑問も残る。

 そのような都市になぜ魔物がいるのか、意地の悪いしかけやワナがなぜ存在するのか。進んだ文明には不必要なはずだ。

 それにジャンタールにだけ、なぜこれほど残されているのか。

 旧文明の名残というならば、ほかの場所にも残されていそうなものなのに……。

 


 ゴゴン。

 トロッコは街の前へとたどり着くと、じょじょに速度を落とし、やがて停止した。

 トロッコから降りると、城壁を見つめる。


 もう朽ちてなくなってしまったであろう門がある。

 ここから中へと入っていける。


 ギギイ……ゴトン。

 背後で音がした。

 振り向くと、トロッコがゆっくりと来た道を引き返していた。


 たしかに送り届けたということか。

 いや、トロッコにはそのような意志などなく、ただ行ったり来たりを繰り返しているだけかもしれんな……。


「フェルパ、案内をたのむ」


 ぐったりするシャナを抱えたまま、街の中へと足を踏みいれるのだった。

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