第77話 拠点の選定とこれからの方針
焼いた石の上でジュウジュウと音がなる。
とれたてのイノシシの肉だ。垂れた脂が火に落ち、香ばしさをはなつ。
目の前には葉っぱで作った器がある。そこらで採取したのであろうラズベリーとブルーベリーが乗る。また新芽を軽くあぶったものも横に
「ほらよ、大将」
フェルパがイノシシの肉を葉っぱに乗せてきた。
続いてリン、アッシュ、自分へと、彼は手際よく焼いた肉をのせていく。
不思議な男だな、フェルパは。
ガサツな言葉遣いとは裏腹に、洗練された動きは、どこか上品さを感じさせる。
肉を取り分ける順番もそうだ。自分を最後にするなど、細かな気遣いが見られる。
おまけに剣の腕も確かで、雑務や処理能力にも長けている。人材としては非の打ち所がない。
とはいえ、どうにもウサン臭さがぬぐえない。
偽りの自分を演じているような、そんな印象を受けてしまうのだ。
「うっま!」
そんな彼とは対照的に、アッシュはなんの気遣いもなく誰よりも先に肉にかぶりついていた。
肉の見た目が気持ち悪いと言っていたのはどこへやら、その顔は幸せそのものである。
「そりゃあ旨いだろ。新鮮なイノシシの肉なんてそうそう食べられるもんじゃない。しかも、自分で仕留めたものならなおさらだ」
フェルパは笑いながら言うと、自身も肉にかじりついた。
その様子を見るに、負の感情は読み取れない。本心からアッシュを好ましく思っているように感じる。
リンに対してもそうだ。
そこがいっそう不思議なのだ。
まあいい。
人材として有能ならば文句はない。警戒心を残しつつも他者と同じように接すればいい。
私は演じるのは苦手だが、本心を隠すことには慣れている。うまくやっていけるさ。
肉を一口、ほうばる。
うまいな。たしかにイノシシの味だ。
少々デカすぎる気もしたが、魔物ではなくイノシシで間違いなかったようだ。
「なあ、大将。これからの話をしていいか?」
フェルパは真剣な表情で私を見る。
おそらく彼にとっての大事な話なのだろう。
大事な話――すなわち迷宮の攻略。これこそがフェルパが最も優先することがらに違いない。
「もちろん」
それは私にとっても同じだ。
アシューテを見つけ、みなを導く。その過程こそもっとも重視してはいるものの、最終目標は同じだ。
「まずは拠点となる施設へ向かう。それが第一目標だと理解していいか?」
「そうだ。施設の確認が第一目標だ。そこを軸として探索を進める。むろん、今回は施設を確認したらいったん街へと戻るつもりではあるが」
その施設とやらですべてがまかなえれば街に戻る必要などないが、どうやらそうではないらしい。
できることは限られているみたいだ。
見つけた魔導書の鑑定もできなければ、亀裂の入った杖の修理もできない。
街と施設、差を確認して街へと戻る。これが基本方針だ。
「なるほど、ならば手間を減らすためにも施設周辺についてザックリと説明させてもらう」
「ああ、たのむ」
周辺の状況によって用意する道具も異なってくる。
施設で手に入ればいいが、そうでなければ街で調達する必要がある。
二度手間を避けるためにも、そのあたりは確認しておきたい。
「施設から南東が湿地帯だ。これはもう説明したな」
「ああ」
ゴブリンの集落で南が湿地帯だと言っていた。
いま南西に進んでいるのだから、行った先から見て南東が湿地帯になる。
おそらく、いま沿って歩いている川が湿地帯に流れ込むのではないか。
となると、あの巨大な蛇はそこから北上したと考えられる。
やはり目指すのは無謀だな。別方向を探索すべきだ。
「北西には街がある。だが、ただの街じゃない。ゴブリンの街だ。推定一万匹以上のゴブリンが集団で暮らしている」
「なんだと!」
ゴブリンが一万!? 冗談だろ。それはもはや街ではない。国だ。
「だからそこを探索するのも厳しい。だから残されたのは南西だ。ずっと進めば砂漠地帯に出る。そこには神殿があり、目指すべきはここではないかと思っている」
「神殿?」
「ああ、神殿だ。じつのところ地下五階へとたどり着いた多くの者が神殿を目指している。消去法ってのもあるが、そこが単純に一番怪しいからだ」
なるほどな。神殿とはいかにも何かありそうじゃないか。
「ただ、問題はまったく探索が進まないことだ。とにかく即死の罠が多くてな。命がいくつあっても足りない」
それも当然ではある。ここまで来られる探索者が少ない上に、罠だらけとなると探索など進むはずもない。
「そこで大将のゴブリン召喚が生きてくるんじゃないかと、俺は考えてる」
「ほう」
なるほど。
即死の罠を攻略するためのゴブリン召喚。そして、触媒となる歯を補充するためのゴブリンの王国。
砂漠地帯を乗り切るための水の確保。それを運搬するロバと荷台。
面白いぐらいに噛みあってくるじゃないか。
いささか都合がよすぎる気がしないでもないが、流れとはそのようなもの。
素直に幸運を受け入れようじゃないか。
こうして探索の全体像がぼんやり見えたところで、明日に向け就寝することにした。
――――――
翌日、夜明けと共に野営地を後にする。夜間に心配していた襲撃もなく、目覚めの良い朝となった。
食べきれぬイノシシの肉は燻製にしており、携帯食料と合わせればとうぶん食べ物に困らないだろう。
作ったかまどはそのままにしていく。また使う可能性があるからだ。
しかし、ワナはそうはいかない。
ここを離れるならすべて解除していかねばならない。
もし獲物がかかりでもしたらムダに死なせるだけだからだ。
「アッシュ、いくぞ」
解除も勉強のうちだ。アッシュと二人でワナを設置した場所をまわっていく。
それに黒い糸を回収しておかねばな。
今後も使う可能性がある。次からはツタを使ってワナを作っていこう。
そうすれば解除さえしておけば、いずれ自然へかえっていく。
「ひゅ~ん、ひゅ~ん」
甲高い声が聞こえた。
コイツは鹿の鳴き声だ。まさかかかっているのか?
アッシュと顔を見合わせる。
「アニキ、急ごう」
狩りに続いてワナも成功か。興奮を抑えきれないのであろうアッシュは駆けていく。
「まて、アッシュ。ゆっくりだ」
いいときほど気を引き締めねばならない。
何かに気をとられると、注意力が散漫になる。
とはいえ、獲物か。
かかったはいいとして、野営地を引き揚げたばかり、解体はもうしてられないな。
逃がしてやるか。
などと考えていると、やがて見えてきた。
設置したワナにかかったエモノだ。
白くツルリとした表面、目鼻口の位置に穴が開く。
人型の魔物。ナナシだ。
コイツは脚にからまった糸を解きもせず、ただ鹿そっくりの鳴き声を発するのだ。「ひゅ~ん、ひゅ~ん」と。
なんなんだお前は!
得も言われぬ嫌悪感が体を貫く。
ナナシはこちらに気がつくと、罠からスルリと抜け、ヒタヒタと歩み寄ってきた。
そして、体を縦に裂き、パックリと開いた巨大な口で襲いかかってくるのだ。
死ね!
剣を頭部へ突きいれる。それから背後に回って、足と手を切り落とす。
最後は胴体だ。数回、剣を突きいれると、ナナシは動かなくなった。
「うげー」
あまりの出来事にアッシュは固まっていた。だが、ナナシが死んで我に返ったのであろうか、これでもかと顔をしかめていた。
「俺、狩り嫌いになりそう」
「私もだ」
迷宮はどこまで行っても迷宮なのだと思い知るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます