第78話 廃坑
道は、なだらかな上り坂から急勾配へと変わってきた。
踏みしめる大地は硬く、赤茶けた砂がサラリと舞う。
生えていた木はだんだんと少なくなり、かわりにゴロゴロとした大きな岩が目立つようになる。
沿って歩いていた川はもう見えない。ガケの下を流れるようになり、やがて洞窟へと消えていった。
地下を流れる川なのだろう、丘を貫き反対側へと抜ける。
ゆえにこうして丘を越えれば川も超えられるってことだ。
「しかし、丘というより山だな。今日中に超えられそうか?」
フェルパに問う。
もし今日中に超えられないようなら早めに野営できそうなところを見つけておかねばならない。
夜の登山は避けるべきだ。下りはとくに。
迷宮で滑落なんて笑い話にもならない。
「大丈夫だ。一番上まで登るわけじゃねえから、そこまで時間はかからねえよ」
なるほど。川の向こう側へいくのが目的ならば、必ずしも丘を登りきる必要はないわけか。
とはいえ、そう簡単にはいかないがな。
歩けそうな場所を選んでいくと、どうしてもある程度は登る必要がある。
「ただ、気になるのは天気だな」
「そうだな」
見上げると、どんよりとした雲が空を覆っていた。
そのうち一雨きそうだ。
しかし、迷宮にもかかわらず雨が降るのか。
川と太陽がある時点でいまさらではあるが、ほんとうに不思議な場所だ。
ポタリ。
肩に雨粒が当たった。
どうやら実際に降ってきたようだ。
空を覆う雲は先ほどより、さらに厚く黒みがかっている。
じき本格的に降りだすだろう。
どうする?
このまま進むか雨宿りするか決めなくてはならない。
ぬかるんだ地面は滑りやすく、雨をおしての探索はなるべく避けたい。
しかし、雨宿りすれば今日中に目的地の施設へたどりつけなくなってしまうかもしれない。
悩ましいところだ。
どちらの可能性も考えつつ歩いていると、前方を横断する何かが見えた。
なんだ?
生き物ではない。人工物のように見えるが……。
近づくにつれ正体が分かってきた。
無数に並ぶ木材の上、二本の並行する金属が走っている。
コイツはトロッコの線路に違いない。
「フェルパ、こいつは?」
もちろん、正体をたずねたわけじゃない。なぜここにトロッコがあるのかを聞いている。
誰がなぜ作ったかはおいておいても、なんらかの用途がなければ存在はしないだろう。
「鉱石を運ぶトロッコだな」
「鉱石?」
鉄だか石炭だか宝石だかを採掘しているのか?
そのためのトロッコがこれだと?
しかし、ながらく使っていなかったのだろう、線路を見るかぎり、サビが浮き、かなり古そうな印象を受ける。
「そうだ。今となっちゃ、なにを掘っていたのか分からない。誰が使っていたのかもな。だが、この線路をずっと辿っていくと廃坑にでる。行くか? 雨宿りにはもってこいだ」
「ふ~む」
たしかに廃坑があるなら雨宿りにはもってこいだろう。
だが、どうにも気乗りがしないな。廃坑など、なにが住み着いているか分かったものではない。
「大将、判断はアンタに任せる。ちなみに無視して真っすぐ進めば、じき丘を越える。施設もすぐそばだ。そして、この線路は施設につながっている。アップダウンや急カーブを繰り返しながらな」
なるほど。ここで掘り出した鉱石を施設へと運んでいたわけか。
「フェルパ。ならば、トロッコに乗れば施設まで早く行けるか?」
まあ、乗るつもりはないが、いちおう聞いておこう。
「乗るのか? 冗談だろ?」
フェルパの問いに肩をすくめる。
とうぜんの反応だな。これだけ古ければ線路が無事な補償などない。
そもそも廃坑に、まともに走るトロッコが残されているかもわからない。
乗るのは自殺行為だな。
自分の足で歩くのが一番だろう。
そのとき、なにか気配がした。
手で注意しろとみなに合図して、気配の先を探る。
――あれは。
ガタゴトゴト。
視界に映ったのは長方形の箱。鉄でできているのか、側面はところどころサビが浮かぶ。また下部に四つの車輪がついており、線路の上を音を立てながらこちらに近づいてくる。
トロッコだな。
一定の速度でこちらに向かって来るトロッコは、かなりの大きさで、われら全員を一度に運べそうだ。
さすがに荷台を乗せられるほどではないが、ロバならば一緒に運べそうだ。
「アニキ、あれ」
「不用意に近づくな。なにがあるか分かったものではない」
このタイミングでトロッコが来るとは。
なんとも作為的な匂いがするじゃないか。
しかも、トロッコには見たところ動力源がついていない。それどころかブレーキさえもついていない。
ゴトゴトゴト。ギギギギィ。
みなが武器を構える中、トロッコはゆっくり近づいてくると、われらの手前でひとりでに止まった。
まるで乗ってくださいと言わんばかりに。
ザアザア。
雨足が強くなってきた。
「キナ臭いな。私が見てくる」
人の気配はない。だが、トロッコに誰も乗っていない保証はない。
気を張ったままトロッコに近づく。
そして、中をのぞいた。
「これは……」
ポツンと手袋がひとつだけ乗っていた。だだっ広いトロッコの中に片方だけである。
奇妙に思いつつ、剣の先で引っかけて取り出した。
「大将、それは?」
危険はなさそうだと判断したのか、フェルパが近づいてきた。
「手袋だな。なぜかこれだけあった」
「血、ついてる」
アッシュが指さす。
彼の指摘通り、手袋はまだらに赤黒く染まっており、血で汚れたのは明らかだった。そして、その色合いから比較的新しいものであるとも想像できた。
ザアザアザア。
雨足はさらに激しくなり、地面を叩く音も大きくなっている。
「どうする? 大将」
手袋を見る。
やや小さめで、わたしの手に、はまりそうもない。
子供用、――いや、指の部分が長い。女性用か。
「廃坑に向かう」
手袋を見つけた時点で選択肢はなくなった。
わたしの目的はアシューテを見つけること。
このトロッコが廃坑から来たのならば、そちらに向かわざるを得ない。
たとえ、なにが待ち受けていようとも。
ゴトゴト。
トロッコは動き始めた。まるで役目を終えたかのように。
ゆっくりとトロッコは丘を下っていく。その後ろ姿は、おまえの行動など全てお見通しだと訴えているような気がした。
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