第73話 巨木
ゴウゴウと燃える木々を背に、川沿いを歩いていく。
周囲が徐々に明るくなってきた。地平線のむこうから太陽が顔を見せ始めている。
「ハッ、ハッ、ハッ」
アッシュの息は荒い。かなり消耗しているようだ。
ツルで吊り上げられたから……ではなさそうだ。
おそらく杖のせいだ。先ほどの戦い、彼はなんども杖を使っていた。
あの杖、どうやら使い放題とはいかぬらしい。使った分だけ精神力を消耗する。魔道具とは、そんなシロモノなのだろう。
なるほど、だから精神力によって力を変える。そう言われているのにも納得できる。
「荷台で休むか?」
アッシュに問いかける。
これからすぐに戦いになるが、それまでのわずかな時間でも休んでおいて損はない。
「いや、大丈夫。歩くよ」
からり辛そうなアッシュだったが、はっきりと断りの姿勢を見せてきた。
……そうか、そうだな。
ムリをしたらダメな場面、しなきゃならない場面、さまざまあるが、ここはムリをしてもいい場面だ。
精神力なら歩いていても回復できる。
逆にそれができなければ、この先、生き残るのは難しい。
いい判断だ。アッシュ。
だたの意地かもしれないが、それでも、その姿勢がギリギリのところで自分の命を救ったりするもんだ。
「後方はまかせた。なにかあったらすぐ知らせろ」
「ハア、ハア……わかった」
アッシュは呼吸を整えてから、しっかりと返事をした。
これなら大丈夫だな。
「大将、前方に木だ」
いま進んでいる道は草木が少なく、見通しがいい。
それでも、まばらに大きな木がポツリポツリと生えている。
「遠くなるが避けて通る」
フェルパの言葉にそう返すと、木に近づきすぎないように距離をとって進んでいく。
精霊が乗り移っていないとも限らない。避けた方が無難だ。
しかし、これから先もこうやって迂回し続けるのは厳しい。
キッチリとカタをつけておきたい。
やがて巨木が見えてきた。
川をまたいで生える精霊どもで出来た木だ。
「壮観だな。よくまあ、あんなに集まったもんだ」
「ねえ、パリト。本当に戦うの?」
余裕を見せるフェルパに心配げなリン。
大丈夫だリン。うまくいかなかったらすぐに逃げる。そこまで無茶はしないさ。
とはいえ、多少のリスクは覚悟せねばならない。
ときには踏み込まなければ大きなリターンも得られない。
「戦う。避けて通る方が危険だと判断した。大丈夫、わたしは勝ち目のない戦いはしないさ」
ダメならダメでまた考える。街で物資を漁れば解決策も見えてこよう。
こうして仕切り直しができるのも探索者側の強みだな。
「まあ、俺は逃げる準備だけはしとくがね」
ここで口を挟んだのがフェルパだ。
ちゃっかりしてやがる!
だが、それでいい。生きてさえいればやり直しがきく。
その見極めができるのも、戦いに身を置く者には必要だ。
などと言っているうちに巨木の姿がはっきり見える位置まで近づいてきた。
このあたりでいいだろう。
これ以上接近するつもりはない。巣の中に飛び込むほど命知らずではない。
「え? なんか形、違わない?」
リンの言うように昨日来たときとは、巨木の形が明らかに違っていた。
そびえ立つ巨木は捻じ曲がりながら上へと伸びる。
表面はザワザワと波立ち、精霊たちがうごめいているのがハッキリと分かった。
ボコリ。
とつじょ巨木の真ん中が奇妙にへこむと、よりいっそう表面の波立ちが激しくなった。
それから、へこみの近く、いくつものおうとつができ、ついには顔のような形になる。
「おおおお」
真ん中のへこみは口だったらしい。低く、そして耳障りな声で叫ぶと、憤怒の表情で我らを見た。
「怒ってる?」
「怒ってるな。まあ、森を焼いちまったからな」
フェルパの言うように、森を焼いたから怒っているのだろう。
だが、それは自業自得だ。
襲ったのは貴様らであり、それに対抗した結果燃えただけだ。
責めるなら自身の思慮の浅さにこそ怒るべきなのだ。
プッ。
巨木は口をすぼめて何かを吹き出した。
なんだ?
出てきたのは緑の玉。高速でこちらへと飛翔するも、すぐに失速、南から吹く風に運ばれ遠ざかっていく。
ずいぶん軽いみたいだ。
緑の玉は、ちょうど我らが歩いてきた道の途中あたりに落ちた。
「何か意味あんのか、あれ?」
「さあ? でも嫌~な予感がするんだけど……」
「確かに嫌……げっ!」
驚愕の声を上げたのはフェルパ。
たしかに歓迎すべき事態ではなさそうだ。
緑の玉の落ちたあたり。地面からニョキニョキと木が生えたかと思うと、それは一瞬で人の形をとった。
それも完全に人型だ。
戦いに特化させたのだと想像できる。
知能が高いな。
まさかそこを真っ先に抑えるとは。
どうやら逃げ道をふさぐつもりらしい。こちらがされて嫌なことを理解してやがる。
もしや、我らの会話を聞いていたのか?
それで、早々と手を打ってきたのか?
やっかいだな。まあいい、こちらは一撃で決める。
あの程度なら、逃げるのにそこまで支障はないだろう。
巨木はさらに緑の玉を発射した。それも連続、われらを取り囲むように地面に落ちていく。
「おいおいおい。これヤバくねえか」
さすがにフェルパも焦りだした。
問題ない。もう終わる。
私はありったけの精神を杖にこめた。杖を構え、想像するのは全てを焼き尽くす炎。
杖から火の玉が放たれた。
どうじに私の中からゴッソリと、なにかが抜けるような感覚があった。
激しい倦怠感が体を襲う。たまらず地面に膝をつけてしまう。
「アニキ!」
アッシュの心配する声。
大丈夫だ。問題ない。それより心配なのは杖から放たれた火の玉だ。
お世辞にも大きいとは言いがたい。これは失敗したか?
ピシリと杖にヒビが入る。しまった! まさかこの場面で破損するとは。
そんな私の思いをよそに、火の玉はシュルシュルと回転しながら巨木へと向かっていく。
その色は赤から白、それから青となり、やがて紫へと色を変えた。
なんだ? 景色が歪んで見える。
飛んでいく炎の周り。地面も川も空も、グニャリと湾曲して見える。
そして――
その炎は吸い込まれるように巨木に当たると、カッっと大きな光を放つのであった。
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