第74話 精霊の最後

 強い光に目を閉じる。

 そして、再び目を開いたときには、巨木に大きな穴ができていた。

 穴の場所は、さきほど顔が浮き出ていた部分。

 まるで最初から何もなかったかのようにポッカリ空洞ができており、向こうの景色を映していた。


「うわ!」

「すげえ」


 皆が驚きの声を上げている。私も驚いている。

 あれぽっちの小さな炎でこのような大穴が開くとは。しかも……。


「あ!」


 穴の周辺からとつじょ炎が燃え上がり、瞬く間に全身へと広がっていった。。

 ゴウゴウと燃える巨木。熱さにもだえるかのように体を左右にくねらせる。

 ――いや、実際にもだえているのか。そういえば精霊の集まりだったな。


 ポロリ、ポロリと剥がれるように精霊が川へと落ちていく。

 熱さに耐えかねて自ら落ちているのか、それとも焼け死んでしまったのか。その数はみるみるうちに増えていく。

 やがて巨木は、自身の重さに耐えられずベチャリと潰れると、川へとドブンと落ちていった。


「ねえ、あれ見て!」

「うわあ~」

「マジかー」


 リンが指差すのは精霊が落ちた川だ。

 無数の大蛇が落ちた精霊を喰らおうと、ひしめきあっていたのだ。


「気持ち悪い」

「待ってたのかな?」

「いったい何匹いるんだ?」


 バクンバクンと食べられる精霊たち。

 川はバチャバチャと蛇どもで激しく波立っている。

 凄まじい数だ。いかに広い川幅とはいえ、あれだけの大蛇がよくこれだけ集まれるものだ。

 だが、その光景もすぐに収まった。

 おそらく食いつくされたんだろう、川は緩やかな流れに戻り、蛇の姿もまったく見えなくなった。


「コワ!」


 さすがにこれには私もドン引きだ。

 怖いというフェルパの気持ちも良くわかる。

 とはいえ、あればかり見ていられない。周囲の警戒をおこたるわけにはいかないからだ。

 巨木が飛ばした緑の玉のこともある。われらを襲うべく成長した人型たちだ。

 それらがまだ残っているのだ。


 だが、それも杞憂きゆうだった。

 目をむけると人型たちは、しなびて黒く変色し、動きも完全に止めている。どうも枯れてしまったように見える。


 思い込みは禁物だが、ひとまず襲われることはなさそうだ。

 念のためあとで焼くとするか。


「それにしてもエゲつない威力だったな。まさか一発でケリがつくとは……。ん? どうした、大将。立てないのか?」


 わたしは膝をついたままの状態だった。

 凄まじい倦怠感と疲労感で、立つことができなかったのである。


「パリト!」

「アニキ!!」


 リンとアッシュが心配して駆け寄ってきた。

 だが、大丈夫だと手で返事をした。

 正直言うと喋るのもツラい。頭痛と吐き気もヒドい。

 しかしそれでも、倒れるほどではない。


「魔力の枯渇こかつだな」


 魔力ね。フェルパの声が遠く感じる。

 やけに眠い。いささか力をこめすぎたようだ。

 

「魔力を使い果たすと倒れるぜ。しばらく目を覚まさないことだってある。注意した方がいい」


 いまさらながらのフェルパの忠告だ。

 もっと早く言って欲しかったね。


 目を閉じると深くゆっくりと呼吸する。

 そして、数をかぞえる。

 一、二、三……。


「行こうか」


 十かぞえたところで立ち上がった。

 眠気と吐き気はいぜんとしてあったが、足に力は入った。

 あとは時間が解決してくれるだろう。


「パリト、ほんとうに大丈夫?」


 心配そうにリンが顔をのぞきこんできた。


「ムリしすぎだよ。アニキは自分に厳しすぎるよ」


 立ち上がったことで安心したのかアッシュもポツリとこぼす。


 べつにムリはしていないがな。

 やってみたら出来た。ただそれだけだ。


「100まで生きそうだな」


 フェルパは苦笑いだ。

 ふ、そう願いたいね。そこまで長生きしたいとは思わないが、道半ばで倒れるのはゴメンだからな。


「また、おんぶしてもらい損ねたか」


 そう返すと、フェルパの苦笑いはさらに濃くなるのだった。

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