第72話 不安な返事

 枯れ草の山に引火した炎は次々と消されていく。

 すべての炎が消されてしまえば、ここから逃げ出すのは難しい。

 急がねば。

 わたしは少しでも木の間隔が離れている場所を選んで突き進んでいく。


 ふいに闇の中から氷の粒子が飛んできた。とっさに腕に装着したバックラーで受ける。

 ビキキ。バックラーの表面が凍結した。

 マズイな。密集して防御を固めたはいいが、マトをひとつに絞ってしまったとも言える。

 連続して魔法を放たれれば、一網打尽になりかねない。


「速度を上げる! しっかりついてこい」


 後方が遅れてしまわぬよう速度を落として進んでいたが、ここにおいてはそうも言ってられない。

 みなついてこられると信じて突き進む。


 ヒュヒュヒュンと切り裂く音。勘を頼りに剣を振るう。

 こちらを絡めとろうとしたツルを切り裂いた。


「ついてきているか!?」


 背後を振り向くヒマはない。声で無事を確認する。


「ああ」

「いるわ!」

「いるよっ!」


 フェルパにリンにアッシュの返事。大丈夫だ三人いる。

 だが、このとき、なんとも言えない不安を感じた。


 私はクルリと反転すると、来た道を引きかえしていく。

 うしろにピタリとついていたフェルパの横を抜け、驚く顔のリンをかわし、お前といるとロクなことがないといった、しかめっ面のロバと顔を合わせる。


 アッシュは?

 ロバの手綱は誰も握っていない。本来ならアッシュが握っているはずだ。


「アッシュ! どこだ!」


 アッシュがいない。ならばあの声の主は誰だ?

 ロバのさらに後ろを見る。


 いた!

 のっぺりした薄気味悪い人型が、ロバの後ろについてきていた。


 ナナシか! クソが!

 ナナシに開いたいくつかの穴。そのちょうど口の部分が、まるで人が話すかのように開け閉めを繰り返すと、声を出すのだ「うん、いるよ」と。


「ア~ッシュ!!」


 ナナシはパカリと体を割り、鋭い歯を見せる。

 知ったことかと、そのままナナシを切り伏せると、アッシュをさがし大声をだす。


「アニ……キ」

 

 聞こえた!

 ふり絞るようなアッシュの声。

 その声を頼りに、暗闇を駆ける。

 見えた! 吊り上げられた黒い影、ツタに首を絡められながらも杖を離さぬアッシュの姿を確認した。


 ふざけたまねを!

 すぐさま駆け寄り、アッシュを吊るすツタを切る。

 ドサリ。落ちたアッシュに絡まるツタを、ブチリブチリと引きちぎっていく。


「無事か!?」

「ごほっ、ごほっ」


 アッシュは咳き込んでいた。

 よかった。咳が出せるなら大丈夫だ。

 アッシュをヒョイと肩に担ぐと、引き返してきた道をまた戻る。


 しかし、間一髪であった。

 まさか、ナナシまで忍び寄っていたとは。

 おまけに人の声までマネてきやがった。この迷宮は、いったいどこまで底意地が悪いのか。


「人に害をなすのが精霊なのか?」


 そんな精霊なら必要ない。

 足を止めると、振り返る。そして、アッシュが握る杖に手を添えると、強く念じた。貴様ら全員燃えてしまえと。


 杖から巨大な炎が放たれた。

 それは火の玉というより、絶え間なく吐き続ける火柱だった。

 杖をゆっくりと横に振ると、炎は木々に引火し、たちまちあたりを炎の海へと変えていく。


 まるで山火事だな。森が全焼するか? フン、知ったことか!

 

 燃える木々に背を向けて再び走り出す。

 炎上する森を見つめるリン達に追いついた。


「いくぞ」と一声かけると、木々の切れ間へと向かっていく。

 もうすぐ森を抜ける。精霊もわれらを追うどころではなさそうだ。

 延焼を食い止めようと、氷の魔法を炎に吹きかけている姿が見えた。


「杖の力か?」


 森を抜け、置いた荷台を探していると、フェルパに問いかけられた。

 彼はちょっとくたびれた顔をしていたが、まあまあ元気そうだ。

 少なくとも深手を負った様子はない。

 なかなか丈夫だな。


「そうだ。アッシュには悪いが、ちょっと使わせてもらった」


 べつにアッシュの持ち物と決めたわけではないが、それぞれの特徴を考えると、アッシュに預けるのがいいと判断したのだ。

 取り上げるつもりはない。ちょっと今回拝借するだけだ。


「ジャンタールにはな。そういった魔道具と呼ばれるものがいくつかある。そいつは持ち主の精神力によって力を変えるというが、なるほど、アンタの強さの源が少しわかったような気がするよ」


 魔道具?

 詠唱を必要とせず魔法を使える道具をそう呼んでいるのか?

 たしかに、ピッタリとあてはまる言葉ではある。


 それに精神力によって力を変えるか。

 それであのような炎になったか。


「わたしの分析より、魔物の分析をもっと正確にしてほしいんだがな」


 フェルパが襲ってこないと言ったそばからこれだ。

 とはいえ、これは私のせいかもしれないが。

 スペクターと同じだ。なぜか襲ってくるはずのないものが、私がいると襲ってくる。


「手厳しいな。まあ、たしかに俺のミスだ。そこは素直に謝っておくか。すまなかったな」


 フェルパから謝罪の言葉が出た。

 これは想定外だった。


 いや、ミスというならそれは私のミスだ。自身の直感に従わなかった。

 これまでその直感に何度も命を助けられてきた。それをないがしろにした私のミスだ。


「お互い様さ。それに決断したのは私だ。だから、もっとも責任があるのは私だな」


 つぎの打ち上げは私の奢りだな。

 三人ともさぞかし大量に飲み食いするんだろうな。

 たくさんジェムを稼がないと。


「……そうか。で、大将。これからどうするつもりだ? もうすぐ夜が明ける。川を越えるため丘へと向かうか?」


 周囲はまだ暗かった。

 しかし、時計を確認すると、たしかに日の出に近かった。


「いや、片付けなきゃいけない仕事がまだ残っている」


 必要ないと思っていた。だが、それは私の甘さが招いた幻想だったみたいだ。


「仕事? そんなもんあったか?」

「やられっぱなしは性に合わなくてね」


 キッチリとケリをつけさせてもらう。

 今のためにも今後のためにも。


「やられっぱなしって……おまえ、まさか!?」


 一か所に固まっているなら、それでいい。手間が省ける。


「焚き火ひとつするにも、お伺いをたてなきゃならないのは不便だろう?」


 あなたの仲間を燃やしていいですか? ってな。

 そんなの私はゴメンだね。


 大きな焚き火になりそうだ。

 精霊の巣を目指して歩き始めた。

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