第71話 襲撃者
来た道を引きかえし、野営をすることになった。
選んだのは木々に遮られ、こちらの姿が見えにくい場所。川からあるていど距離もとってある。
フェルパとわたしは周囲の草を軽く刈り、落ち葉を集めた。
寝ているときに毒虫に刺されたくない。なるべく虫たちにとって居心地の悪くなりそうな環境を心がける。
集めた落ち葉は焚火に使わせてもらうとするか。煙もあんがい虫よけになる。
木々の間に糸を張る。
鳴子だ。糸に伝わる振動が、くくりつけられた鈴を鳴らし、魔物の接近を教えてくれる。
「アニキ、鈴なんか持ってたっけ?」
鳴子の設置方法を教えていたらアッシュに聞かれた。
意外と目ざとく指摘してくるなコイツ。
アッシュもリンも迷宮での暮らしは慣れているが、それ以外はからっきしだ。こうしてやり方を教えていかねばならない。
もし、この迷宮を設計したものがいるとするなら、ある種の意図を感じざるを得ないのだが。
「フェルパの持ち物だ。この手の分野に関しては、たぶんフェルパのほうが詳しい」
私だけなら、火もたかず横にもならず、ただ息をひそめて夜明けを待つ。
人数が増えると、そうもいかない。騎士団員だったフェルパは、このあたりはお手のものだろう。
「ふ~ん、アニキってなんでも一番ってわけじゃないんだね」
「当たり前だ」
すべての分野で一番になるには、人の寿命では短すぎる。
そもそも、なる必要もなければ、目指す必要もない。自分にできることを精一杯やっていけばいいんだ。
「でも、手の速さは一番だと思うよ。魔物に対しても、女子に対しても」
「……」
なにか言い返そうと思ったが、なにも出てこなかった。
焚き火を囲んで皆と話し合う。
まずは精霊に対抗する手段だ。戦わないと決めたものの、襲われたらそうも言っていられない。事前に対処法を話し合っておく必要がある。
「火は有効か?」
「まあ、燃えはするな。なんせ木だからな」
フェルパの答えに納得する。精霊と言えども、木であることに違いないのだ。
アッシュにあずけている炎の杖が使えるな。
それに油だ。かけて火をつければ、かなり効果があるに違いない。
「剣は?」
「あんまりだな。それならノコギリの方がマシってもんだ。とくに俺の剣じゃまず歯がたたねえ」
ちらりとフェルパの剣に目をやる。
彼の剣はレイピアだ。先端が針のように尖っており、切るよりも突くほうに重きを置いている。
たしかに動く木相手には、役に立たなさそうだ。
「ゴブリンにおとりになってもらうのは?」
「使い捨てか? まあ、手としては悪くない」
サラっと辛辣なことを言うアッシュ。
肯定で返したものの、あまり好きな手ではないな。
とはいえ、好む好まざるに関わらず、有効だと思えば選択する私ではあるが。水汲みのときのように。
それから、明日はなるべく精霊を刺激しないように川沿いを離れて歩くこと、ちりぢりになったらどこで落ち合うかなどを決めて終了となった。
ただ、最後に一言つけ加える。
「周囲に油を染み込ませた枯れ草の山をいくつか作った。いざとなったらそいつに火を放ち西へ抜ける」
明日のこともいいが、まずは今夜だ。
生きていればいくらでもやり直しがきく。
念のため全ての明かりを落とすと、気配を殺し、体をやすめるのだった。
――――――
「ぐああ」
「ちくしょう、どこよ。見えないわ」
悲鳴が暗闇にこだまする。我々は今、何者かの襲撃を受けているのだ。
見張りは交代で立てていた。その監視をかいくぐっての襲撃である。
ヒュンヒュンと空気を切り裂く音がする。
そのたび、しなった細い何かが体を打ち付けてくる。
まるで鞭のようだ。全身鎧のおかげか体に受ける衝撃は大したことはないが、いかんせん数が多すぎる。
そして、心配なのはフェルパだ。流体金属でない、ただの革鎧を身に付けている彼にはこの攻撃は辛かろう。
目を凝らす。
薄暗い中、見えるのは立ち並ぶ木々だ。
襲撃者の姿がまるで見えない。
「早く明かりをつけろ! まるで見えねえ」
「やってるよ! でもすぐ消えるんだ」
襲撃者は明かりを狙っているようだ。
我らの夜目がきかないことを知っている。あるいは、火そのものを嫌っているのか。
そこか――
気配を頼りに剣を振るう。
ガキリと硬い感触が手に伝わってきた。
木だ。まさに木に剣を打ちつけた感触そのもの。
やはり精霊か。木そっくりの彼らは、立ち並ぶ木に紛れて接近していたのか。
ピシリ。
剣を引き戻そうとしたら抵抗を感じた。
それも剣にではない。握る腕そのものに。
そのあとやってくる寒さと痛み。魔法か。
川を凍らせたのと同じように、わたしの流体金属のヨロイを凍らせ始めているのだ。
「ぐうう、足が凍っちまう。枯れ草だ、油を落とした枯れ草に火をつけろ」
フェルパの焦る声、彼も魔法を身に受けているのだろう。
とはいえ、火は氷の魔法ですぐ消されてしまう。枯れ草に火をくべるのも、そう簡単にいくまい。
「アッシュ、杖だ! 杖を使え!」
すぐさま指示を飛ばす。
あの杖ならば、そうそう消されないだろう。しかも火をつける動作がいらない、ここから枯れ草を狙い打てる。
ボッと炎が上がった。
アッシュだ。彼は杖の炎で、みごと枯れ草の山を打ち抜いたのだ。
油に引火し、さらに大きく燃え上がる。
炎は辺りを照らし、襲撃者の姿を浮かび上がらせた。
木、木、木。我らの周囲に生える木の枝が、不自然に伸びてこちらを囲む。
木の幹には顔のような模様が浮かび、分岐する枝はまるで手のように自在に動き、その先端はムチのようにしなり我らを打ちつけるのだ。
昨日見た精霊とは姿が違う。
木、そのものが襲ってきているのか?
おかしいと思った。
体を休めていたとはいえ、接近する気配には注意を払っていた。
鳴子が鳴ったときには、もう手遅れだった。
どうやってそこまで近づいてこられたのかと。
乗り移ったのだ。周囲に生える木に精霊が乗り移った。
木がヨチヨチ歩いてきたんじゃない。だから、気配も動きもまるでなかった。
この木々全体が彼らの一部なのか。
「クソッ、森全体が襲ってきてやがる」
「なにが精霊よ! 全部木じゃない!」
とはいえ、木に乗り移っているのならば、その場から動けないはずだ。
この木々を抜ければ、ひとまずかわせるはず。
「一か所に集まれ。ここを抜けるぞ。私が前で左右がリンとフェルパ。アッシュはとにかく枯れ草に火をつけろ」
お互いをかばいあうよう陣形を整える。
しなる枝を剣で切り払う。
アッシュは杖で次々と枯れ草の山を燃やしていく。
これでいけるか?
少なくとも一方的な攻撃からは脱却できた。
「チッ、キリがねえ」
「油を周囲にまいて!」
「リン、だめだ。こちらが焼け死ぬ」
だが、枝をいくら打ち払おうと、つぎつぎと伸びてきて枝は襲いかかってくる。
フェルパの言うようにキリがない。
スキをついて強硬突破するしかない。
そのとき、パリリと音を立てて枯れ草の山が凍った。
精霊どもが狙いを変えたのだ。
木の枝から放たれたキラキラと輝く粒子は、炎を包み込むようにとりつき、つぎつぎと枯れ草を鎮火させていく。
あれではふたたび炎を打ち込んでも引火しないだろう。
「突破口は私が開く! うしろについてこい!!」
精霊どもが炎を狙うなら、こちらは手薄になる。
そのスキに一気に駆け抜ける。
精霊ども。おまえたちは一体なにが目的だ? なんのために他者を襲う?
……こいつらは危険だ。避けるべき相手ではなく、排除すべき敵だ。
心の底から湧いてくる、確かな殺意を感じた。
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