第68話 精霊の橋渡し
西へ進むことしばし、太陽はすでに頭上を過ぎた。
見晴らしのよい場所を歩くわれらの身を日差しが焼く。
周囲を見渡せばうっそうと茂った木々もあるが、荷台を引くわれらは進みやすい場所をえらんでゆかねばならないのだ。
「暑いからって肌をだすんじゃないぞ。日に焼けてヒドい目にあう」
「ええ」
「わかった」
リンとアッシュは特に日焼けに気をつけなければならない。
太陽光に慣れていない彼らは、皮膚が過剰に反応をおこす可能性が極めて高い。適度に荷台の中で休ませる必要がある。
日焼けは皮膚がただれるだけでなく、高熱、めまいや、脱力、さまざまな病を引き起こすのだ。
北に目をむけると、ずらりと並ぶ高い山々が見えた。
あれがフェルパの言っていたロック鳥が住まう土地だ。
できれば行きたくない場所だな。
ロック鳥もさることながら、環境が過酷すぎる。
山のいただきには白い雪が積もっており、道の険しさだけでなく寒さもそうとうだと感じさせた。
「それにしても広いな」
見渡す限り、果てしなく続く大地を見ていると、アシューテはおろかムーンクリスタルさえ探すのは不可能に思えてくる。
そもそも、ここが迷宮の最深部とは限らない。更に地下へと進む階段があるならば、それは砂浜に落ちた一本の針を見つけるより難しいのではないか。
「まあ、そのぶん敵に出会う確率も低いけどな」
フェルパの言葉に、それもそうかと思う。
迷宮では、扉を開けるたび魔物にであうことも多かった。
戦う頻度はこれまでより減るかもしれない。
これだけ見晴らしがよいと、奇襲もされにくかろう。
今後は戦いより、この環境でどう生き抜くかが問われそうな気がする。
――いや、そう考えるのは少し危険か。
外の環境に慣れているはずの騎士団が、フェルパを残して全滅したぐらいだからな。
途中、進路を南東へと変え、さらに進む。
一度の休憩をはさみ、飲み水がだいぶ減り始めたころ、一本の川に行き当たった。
「この川を超えれば目的地までそう遠くないはずだ」
座標を確認しながら、フェルパはそう言った。
これだけ広いと、案内があるのとないのとではずいぶん違う。
川があることを知っていたからこそ、持ち運ぶ水をだいぶ減らせたりもした。
「だが、どうやって渡る?」
問題は川の渡り方だ。
ここから見る限り、川の幅は広く水深もかなりあるだろう。
人もそうだが、荷台を引いたロバが渡れるはずもない。
そしてなにより、水中になにが潜んでいるか分かったものではない。
「方法はふたつ。ひとつは大きく迂回する」
「ふむ」
「川に沿ってずっと南に下っていくと、小高い丘に出る。川はその下を流れ、簡単に渡ることができる」
「なるほど」
無理のない方法だな。陸で渡れるのならあえて川を突っ切る必要はない。
問題は距離か。
ここから見える範囲にはそれらしきものはない。
丘があるとすればずっとずっと先、そうとうの迂回を覚悟せねばならないだろう。
「もうひとつは橋を渡ること」
「橋? あるのか?」
橋があれば話は違う。
どのような橋かにもよるが、荷台が通れるなら使わぬ理由がない。
誰がかけたのも疑問であるが、とりあえず無事に渡れるのならそれでいい。
「ある。ただ、今は使えない」
「使えない?」
老朽化が原因だろうか?
「ちょっとした問題があってな。なにせ――」
「まて。あいつはなんだ?」
フェルパの言葉を遮って川を指さした。
なにやら青く乱反射する奇妙な筋が見えたからだ。
「どこだ? 見えねえよ」
だが、フェルパは見えないという。
奇妙な筋はずっと南のほう、かなり距離があるため彼には見えなくて当然か。
「あ、ほんとだ。なにあれ? なんか動いてる」
「わたしも見えないわ。アンタよく見えるわね」
どうやらアッシュは見えているみたいだ。
いっぽう、リンには見えていない。
視力の差か。
とは言っても、リンとフェルパの視力が悪いわけではない。
私が特別視力がいいだけだ。むしろ、アッシュが見えたことに驚くべきだろう。
しかも、私より見えている可能性がある。
「注意して近づくか。いずれにせよ丘も橋も南側だ」
フェルパの言葉にみな賛同した。
危険もあるが、南に進まねば目的地にはたどりつけない。
そうして、しばらく進んだところではっきり見えてきた。
青白く乱反射する一筋の道が川の両岸を繋いでいるのを。
「氷?」
それはどうやら水面が凍結して出来たもののようで、この暑さで溶け始めており、太陽光を乱反射していたのであった。
「マズイな。こいつは……精霊の橋渡しだ」
「精霊の橋渡し?」
フェルパがなにやら言うか、そんなもの聞いたことがない。
ことわざではなく、本物の精霊とでも言うのだろうか?
「問題は向こうへ渡ったのか、こちらに渡ってきたのかだが……」
その時、茂る木々の中からする、ガサリという音を聞いた。
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