第67話 西へ
「ねえアニキ、難しい顔して何考えてるの?」
焚き火に薪をくべながら考え事をしているとアッシュに問いかけられた。
どうやら物思いにふけるあまり手の動きが止まっていたようだ。
戦いも終わり、今は集落の中で丸太に腰かけ、みなで焚き火を囲んでいるところだ。
考えていたのは魔法について。どうにもしっくりこない部分がある。
まず、ゴブリンの召喚魔法だ。
先ほどの戦い、戦闘が終わるとゴブリンたちは土に返っていった。触媒であった牙さえ残さずキレイさっぱりと。
まあ、それはいい。戦いのために召喚したのだから、べつにかまわない。
だが、問題は消えるタイミングだ。
戦闘の前、見張りのために召喚したゴブリンは夜のうちに土に返ったのだ。見張りをまっとうする前に。
この違いがどうにも気になる。
ひとつは依頼を全うしたから土に返り、もうひとつは時間が経ちすぎたため土に返った。そういうことだろうか?
ならば、召喚魔法は時間経過か依頼の達成、どちらかを満たした時点で効果をなくす、そう考えられそうだ。
だが、この依頼、なにをもって達成と判断されるのか?
こたびの戦いにおいて私は「茂みに隠れろ」「戦え」「追え」などの指示をだした。ゴブリンはそのつど命令に従った。
これらひとつひとつが依頼と考えると、達成した時点で消えやしないか?
それとも、指示と依頼を明確に切り分けて考えているのか?
誰が、どうやって?
すくなくとも、あの時点で私はそこまで深く考えていない。
どうもこのあたりの仕組みが気になってしまう。
それに、歯の持ち主だったゴブリンと召喚したゴブリンは同一の存在だろうか?
同一ならば生前の傷や記憶は引き継いでいるのか?
「ふ~ん、考える事が細かいんだね」
私が気になる部分を口に出すと、アッシュはなんとものんきな答えで返してくる。
細かいか?
けっこう重要なことだと思うが。
「知っておいて損はないだろう。杖の炎もそうだ、ただの炎にしては不自然だ」
杖から炎がでる。まあ、その不自然さは置いておこう。
じっさいそうなのだから、受け入れなければ始まらない。
だが、それから先はどうだ?
炎とは燃焼物だ。なにかが燃えるときに発するもの。
炎そのものが単独で存在し続けることなどあり得るのだろうか?
炎だけが飛び、なにかを燃やす。不自然極まりない。
炎の中には何かしらの火種となるものがなければならないはずだ。
それにあのとき、杖から放たれた炎は目標物を包んでいた。考えればおかしな話だ。
火とはそう簡単に燃え移らない。対象物が水を含んでいればなおさらだ。
しかし、まるでゴブリンから油がにじみ出ていたかのように、まとわりつき、焼きつくしていた。
なんとも奇妙な炎である。
「パリトって大胆なくせして、凄く用心深いのよね」
続けて疑問を口にしていると、今度はリンが入ってきた。
む、確かにそうだな。
私はいざ戦いが始まると思考より先に体が動くが、それ以外では常になにかを考えている。
みなそういうものだと思っていたが、あんがい違うものなのか。
それはさておき、リンのトラウマは解消できただろうか?
明るく話す今の彼女に心の傷は見えない。
だが、完全に払しょくしたとも思えない。少しでも癒えていればよいが……。
「で、大将、これからどうする?」
今度はフェルパだ。また考えこもうとする私を現実に引き戻してくる。
ただ、ほかの二人とは違い、これからどうするか、その現実的な問いが、彼の性格を表しているように思える。
「もちろん、進む。行ったり来たりは性に合わない」
ひとまず街へと帰る選択肢もあるが、それでは同じことの繰り返しだ。
フェルパによると、ここ地下五階にはいくつか建造物があり、なかには街と似たような施設を持ったところもあるらしい。
そこまで行くのが今回の目標でもあった。
ここは目標通り、目指すつもりだ。
「じゃあ、西だな」
「そうだ」
目指す建造物ははるか西の方角。
フェルパの案内にしたがい、向かうこととする。
「ねえ、フェルパ。西以外はなにがあるの?」
聞いたのはアッシュだ。そうか、アッシュは聞いていなかったな。
わたしはフェルパから簡単には聞いていたが、ちょうどいい、聞き洩らした情報もあるかもしれない、アッシュが聞くに任せよう。
「そうだな……北は山脈だ。険しい山道が続くだけでなく、とんでもないバケモノがウヨウヨいる」
「とんでもないバケモノって?」
「ロック鳥だ」
「ロック鳥?」
ロック鳥とは、おとぎ話に出てくる巨大な鳥だ。
その大きさはすさまじく、象すらつかんで飛ぶほど。
さすがにそんなものがいっぱいいれば、どうしようもない。
「ああ、ロック鳥だ。めちゃくちゃデカイ鳥でな、オーガぐらいなら簡単につかんで飛び去っちまう」
「げ!!」
まあ、象がつかめるのならオーガもつかめるか。
それにしても、とんでもないところだな。ジャンタールは。
「南は湿地帯だ。なにがいるかまでは分らんが、荷台を引いて進めない。目指すのは論外だな」
東は上り階段のある切り立った崖。消去法で西ってわけだ。いささか消極的な選択肢であるが、じつのところ最も有効な選択肢でもある。
なにせ、わたしの最大の目的はアシュ―テを見つけること。
アシューテなら西を選択した可能性が高い。
西にいなければ北、南へと捜索の幅を広げなければならないが、ひとまずは西を目指すのがいいだろう。
「湿地帯って、どんな感じなの?」
アッシュが聞き返した。
ああ、そうか。言葉は知っていても外の世界を知らなければイメージが湧かなくても当然か。リンの表情を見るに、たぶん彼女もピンときていない。
「沼だよ、沼。ヒレとかエラとかなきゃやってらんねえところだ」
船がいるレベルだな。
バケモノがウヨウヨいる地で進むのは自殺行為だ。
「まあ、俺だってそこまで詳しいわけじゃねえんだ。西だって探索し尽くしたとは到底言えない。まさに、ちょこっと歩いただけだよ。ハッ! それでも生き残ったのは俺だけだけどな」
フェルパの最後の言葉に、アッシュはそれ以上たずねることはなかった。
――――――
荷台を引くロバを中央に置き、われらはその周囲を固めるように歩く。
振り返ると、パチパチと燃えるゴブリンの集落が見える。
あの集落は、けっきょく焼き払うことにしたのだ。
死体の処理、ゴブリンの生き残りがまた戻ってくるかもしれないなどと考えると、基地として使うのは不都合に思えた。
休息ならば迷宮の小部屋のほうがいい。あそこから、そこまで離れていない。
今後は簡易のシェルターを作って夜を過ごすか、フェルパの言う施設で体を休めるか、そのどちらかになりそうだ。
しっかりとした基地があっても、それを維持する人間がいない。
こちらがゴブリンの集落を占拠したように、せっかく基地を作っても留守中誰かに奪われたなんて笑い話にもなりゃしない。
なかなか想定通りいかないな。
臨機応変でやっていくしかないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます