第54話 別れ

「すっごい重み」

「赤色がこんないっぱい……」


 ジェムを受け取ったリンとアッシュが興奮しているのをよそに、私は飾られた剣をながめていた。

 買い替えどきだろう。今の剣ではあの巨人を倒しきれない。


 コイツなんかいいかもしれない。一本の両手剣を手にとった。

 刃は厚く鋭利で、耐久性に優れていそうだ。

 見た目ほど重くもない。値段は1280ジェム。今の私にとってはお手頃価格だろう。


「いいのを選んだな。そいつには浄化の祝福が宿っている。スペクターにネルガルと亡霊に好かれてるアンタにふさわしい剣だよ」


 店主の褒めているのか、けなしているのか分からない言葉に苦笑いを浮かべると、今度は槍をながめていく。


「これぐらいか」


 手にとったのは長槍。私の背と同程度の長さだ。

 これなら迷宮での取り回しも悪くない。戦況に応じて剣と使い分ければ、ひとりでも戦えるだろう。


「私に当てないでよね」


 リンがこちらを見て微笑んでいた。

 彼女との距離はけっこうある。槍が届く範囲ではない。

 当てないでとは、今ではなく今後の話であろう。これからも一緒にいるという意思表示か。


「何よその顔。まさか引退するとでも思った?」

「まあな」


 一万ジェムだ。

 これだけあれば生活に困らないはずだ。なにも危険を冒して迷宮に潜る必要はない。

 私の望みはアシューテを見つけ、ここから出ること。ある意味、迷宮に潜ることこそ目的と言える。

 だが、ジャンタール生まれのリンは違う。

 彼女の求めるものが何かは知らないが、少なくとも迷宮に潜るのは生きる金を得るためだと割り切っていると思っていた。


「ばかね、この金額じゃ十年も、もたないじゃない」

「俺もアニキと行くよ。アシューテさんを見つけたら外の世界を案内してよ」


 どうやらアッシュも仲間を抜ける気はないらしい。

 一万あれば借金を返しても十分おつりがくるのだがな……。


「もの好きだな」

「あなたといれば、まだまだ稼げるもの」

「アニキ一人じゃ心配だよ」

 

 どうやら彼らとの別れは、まだ先になりそうだ。



 つぎに私たちが向かったのは、宿に併設された厩舎だ。

 ロバを預けてから酒場で祝勝会でもするかという話になったのだ。

 もう時間も遅い。ラノーラに会いにいくのは明日に持ち越しだ。


 厩舎に入ると、けだるそうに樽に腰をかける男と目が合った。管理人のフェルパだ。


「よう! 新……」


 それ以上喋らすまいとジェムを飛ばして、ロバの手綱を預ける。

 減らず口は結構だ。黙ってロバの世話をしてろ。


 いささか大人げない態度だと思うが、どうにも気に食わないのだ、このフェルパという男が。

 なにげない仕草から、かなりの修練を積んできているのは分かる。だが、その仕草そのものが、私によくわからない嫌悪感を抱かせるのだ。


「テメー」


 フェルパの顔から軽薄そうな笑みが消える。

 そして、漂うのは殺気だ。フン、こちらがおまえの本当の顔だろう。


「ごめんね、私達急いでるの」


 そんな険悪な空気に割り込んでくる者がいる。リンだ。

 彼女は私の手をとり、外へ連れ出そうとする。


「せっかくの祝勝会が台無しになるじゃない。ね、パリト。はやく行こっ!」

「……パリト!?」


 フェルパは驚き、声を上げた。


「パリトだと! あの壊し屋パリトか!!」


 大きく目を見開き、異常なほどの食いつきを見せるフェルパ。面倒なことになりそうだ。


「人違いだ」


 私はそう言って手を振ったが、「ヘー、アニキって有名なんだな」とアッシュが肯定してしまう。


「はははは、俺にも運が回って来やがった。パリト、アンタならこの街から抜け出せるかもしれん」


 なにやら勝手に盛り上がっているフェルパ。

 私が誰であろうがお前には関係ない。


「人違いだと言っている」


 この男と関わるつもりのない私は、ふたたび強い口調で否定した。

 だが、ますますフェルパは、私がパリトだと確信を強めたようだ。


「い~や、アンタはパリトだ。そして、アンタにゃ俺を街の外へと連れていく義務がある」

「義務?」


 義務とは大きくでたな。

 だが、そんな負債をしょい込んだ覚えはない。


「そうだ、義務だ。アンタが持っているムーンクリスタル。そのせいで俺はここにいるんだからな」

「え!?」


 フェルパの言葉にリンとアッシュが声をあげた。

 クソ! つまらんことを。


「お前は帝国の関係者か」

「そうだ。アンタのおかげでずいぶん苦労したよ」


 そうか、こいつは帝国の騎士だ。だからムーンクリスタルのことを知っているのだ。

 なるほど、私が抱いたフェルパへの不快感は、そこからきていたのか。


「そいつは……申し訳なかった。だが、もうムーンクリスタルは私のもとにはない」

「なんだと!」


 そう、ムーンクリスタルを持っているのはアシューテ。彼女があらゆる願いを叶える神の涙を持っているのだ。


「ちょ、ちょっと。置いてけぼりは嫌よ。ちゃんと説明してよ」


 リンだけではない。アッシュも私に説明するように迫ってきた。

 分かっている。そうだな……まずはアシューテとの出会いから話すか。

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