第55話 パリトの過去

 むかし、私はある城に忍び込んだ。バラルド三世の居城エンターシム城だ。

 目的は城に保管されている国宝ムーンクリスタルを盗み出すこと。

 警備は厳重であったが首尾しゅびよくニセモノとスリかえることに成功した私は、手はず通り逃走経路である地下道に向かった。

 だが、そこで待っていたのは騎士団だった。


 私を取り囲む騎士の一人にいやしい笑みを浮かべる男がいた。彼は内通者で、金と引き換えに地下道の情報を私に売った人物だったのだ。

 ハメられたことを知った私は、剣をたずさえ強行突破を図る。


 ――とまあ、その後なんやかんやあり、からくも逃げ切った私は、傷つき倒れたところをアシューテに助けられたというわけだ。

 私はこれを、さらにつまんで皆に話すのだった。


「雑!!」

「そのなんやかんやを知りたいんだけど……」


 リンとアッシュが何やら言っているが、長くなるから今度と誤魔化した。過去を話すのは、あまり好きではない。

 するとそこへフェルパが、勝手に補足しだした。


「俺が知っていることを話してやろう。その時、警備に当たっていた騎士団は壊滅。かけられた追っ手もほとんどが行方不明。そして、警備担当者だったリメル男爵は責任を取らされて一族みな鉱山送り。けっきょく男爵家と二つの騎士団が消えうせる結果となり、お尋ね者パリトは壊し屋の異名で呼ばれるようになったわけだ」

「ずいぶん、くわしいな」


 私が知らぬ内容まで飛びだした。

 そこまで知っているとなると、コイツは騎士団でも上位の者なのかもしれない。


「ああ、当時帝国の騎士団に所属していた者には二つ指令が下された。一つはパリトを追い、その首を持って帰ること。もう一つはジャンタールを見つけムーンクリスタルを見つけ出すことだ。ムーンクリスタルが盗まれたことは秘密にされたが、宝石そのものを諦めることはなかった。パリトが捕まらないのならジャンタールを見つけろってね。で、その任を仰せつかった俺はジャンタールを探し始めた。騎士団の囲みを一人で突破するような化け物を相手にするよりかはマシだからな。有りもしない伝説を探すふりしてりゃあ金は貰えるんだ。観光気分で街から街へと旅すればいいのさ。お尋ね者なんぞいずれ誰かが退治してくれるさってね」


「アニキを追っていた騎士団はどうなったの?」

「ここにいる男が未だ健在なんだ。追っていた者の末路なぞして知るべしだな。で、俺は奇跡的にもジャンタールを見つけたが、出られなくなって今に至るってわけだ」


 なるほど。運よく、いや運悪くジャンタールをみつけてしまったフェルパはここに囚われてしまったと。

 おそらく、囚われたのはひとつの騎士団まるごとだ。

 今は厩舎の管理人をしているフェルパも、当初は街を抜け出そうと迷宮で足掻いていたに違いない。

 それが、今は一人。腐ってしまうのもしかたがないだろう。


 フェルパは一通り話すと、アシューテはどこにいるのかと尋ねてきた。

 それに対して、分からない。だから彼女を探しにここまできたと伝えた。


「そうか。で、けっきょくそのアシューテってのに何でムーンクリスタルを渡しちまったんだ? 皇帝の城に忍び込んでまで盗んだんだろう?」

「命を救われたからだ。彼女はジャンタールの研究者だった。生涯をかけてその場所を探していた。私ができる恩返しがジャンタールに結びつくかもしれないムーンクリスタルを渡すことだけだった」


「たったそれだけでか? 人類で唯一バラルドだけがなしとげた迷宮の攻略、そのあかしともいえるあの宝石をか!? いかなる望みも叶える神の涙、ムーンクリスタルをたった一人の女にか?」

「物とは必要とする者のところにあるべきだ。城に飾ったところで意味はない。事実ムーンクリスタルは、ジャンタールを見つけたいというアシューテの願いを聞き届けたではないか」


 実際のところ盗むのが目的で、どう使うかまでは考えていなかった。

 他人にかなえてもらう願いなど、私は持ち合わせていないからな。


「まさか、壊し屋パリトがこんな大馬鹿ヤロウだったとは……」


 フェルパは完全にあきれ顔だ。


「物には執着しない主義でね」


 とはいえ、こうなってしまったからにはフェルパを受け入れるしかない。

 アシューテがいなくなったのも、フェルパがここに囚われたのも、私に責任がある。


「わかった。私の力の及ぶかぎり手を貸すと誓おう。だが、フェルパ、ひとつ聞きたい。お前はほんとうに出口を見つけていないのか?」


 どうにも腑に落ちないことがある。

 地下三階で外への出口を見つけた。だが、あれは本当に外か?

 階段を通れぬほどの巨人がいた。

 それに、いかに隠し扉の先だとして、騎士団もそうだが、誰一人としてあの階段を見つけられぬものなのか?


「なに! その質問はまさか、もう地下五階に到達したのか? おいおいおい、アンタここに来たばかりじゃなかったか? さすがに早すぎないか?」

「地下五階?」


 ところが、フェルパの返事は予想とは違うものだった。

 地下五階? どういうことだ? 話が嚙み合っていない。

 ――いや、待てよ。

 あれが出口でないのならば、つじつまは合いそうな気がする。


「フェルパ、もしや地下五階とは外か?」

「マジかよ。本当に到達しやがったのか……」


 やはりそうか。フェルパの言葉で胸のモヤモヤが一気に晴れた。

 

「ちょ、ちょっと、どういうこと?」

「話が見えてこないんだけど……」


 リンとアッシュは理解しいないようだ。

 ムリもない。外の世界を知らなければ、ピンとこないだろう。


 そんな二人にフェルパは説明した。

 地下五階は、空があり、水があり、大地がある。まさに外の世界そっくりな姿をしていると。

 だが、そこはまだ迷宮の中であり、むしろ、攻略はそこからが本番なのだと。


「ええ、じゃあ私たちが見つけたのは出口じゃなかったの!?」

「そんなー、外の世界が見られると思ったのに……」


 リンとアッシュは意気消沈だ。

 ムーンクリスタルは見つけていなくとも、迷宮を攻略したことには変わりなかったはずなのだ。

 それに、ジャンタールには、ときおり外から人がやってくる。

 彼らから外の世界を聞き、興味をもっていたに違いないのだから。


 とはいえ、おかしな部分もある。

 我らが外への階段を見つけたのは地下三階だ。地下五階が外ならば、計算が合わない。

 考えられるとすれば、階段が長かったことだが……。


「フェルパ、我らが見つけた外への階段は地下三階だ。それでもまだ迷宮の中にいると?」

「そうだ。見つけたのは、長い階段じゃなかったか? それは直通路だよ」


「直通路?」

「迷宮にはな、ところどころ階をまたいでつながっている場所がある。主に隠し扉の先だ。地下三階から外につながっていたってことは、たぶん、その内のひとつを見つけたんだろう」


 なるほど、やはりそうか。

 地下四階を飛ばしたと考えるなら計算は合う。


「証拠と言っちゃなんだが、入口に金属の板が貼ってあっただろう?」

「ああ、なにやら文字が書いてあった」


 たしか、『Training area』だったか、ここでよく見る文字で、アッシュに書きとめるように指示したはずだ。


「トレーニングエリア、練習場だよ。ジャンタールの迷宮は地下四階までは戦いに慣れさせるための施設にしかすぎないってことだ」


 なんと! 

 これほどの敵とワナが練習だとは。

 誰も攻略できないワケだ。アシューテもさぞ苦労しただろう。

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