第53話 戦利品の分配

 ネルガルの鎌を換金箱に入れたところ、驚きの金額が表示された。


「いち、じゅう、ひゃく……」

「よんまん!?」

「本物か……」


 なんと、42000ジェムだった。これまで稼いだ金はなんだったのかと思えるほどの、大金だ。

 アッシュは指を折りケタを確かめ、リンは大きく開いた口を手で押さえる。唸る店主はなるほど本物かと納得している様子だ。


 いっぽう私は驚きより困惑、いや、迷いのようなものがでてきた。

 これほどの金額の武器、いったいどれほどの力を秘めているのだろうか。

 それを本当に売ってもよいものかと。


 ネルガルと戦ったときを思い出す。

 届かぬ位置から舞い踊る刃、すべてを切り裂くような斬撃、その力がこの鎌に宿っているとしたら?

 あれだけ硬かった巨人はもとより、迷宮に出てくるどんな魔物も簡単に切り裂けるのではないか?


 ――だが、たとえそうだとしても、代償は大きい。

 その刃がいつなんどき身近な者へと向かうかもしれぬのだ。

 

 たとえ私が魅入られなかったとしよう。しかし、ほかの誰かが魅入られるかもしれないのだ。

 首を刈るリスク、刈られるリスクを常に抱えることとなる。


 それに、この金額だ。

 換金せぬならどう分配する?

 つかわぬ者の取り分に見合うなにかを提供できるか?


 ――不可能だ。

 そんな価値のあるものは誰も持っていない。

 やはり換金するのが一番いいのではないか。


 ――いや、しかし……。


 チラリと他の者に目をむけた。

 アッシュはなにやらキラキラした目でこちらを見ている。

 なんとなく武器として使ってほしそうな印象を受ける。

 リンはお金のことしか考えてなさそうだ。でてきた数字に釘付けだ。


 仮に意見を聞いたならば、真っ二つに割れるだろう。

 むむむむ。

 ここへきて迷いがでた私であったが、その思いを断ち切って青のボタンをもう一度押した。



――――――



 コン。鍋底を叩くような音が聞こえた。

 それからすぐにココココンと激しく叩く音がする。

 ジェムだ。取り出し口のくぼみに大量のジェムが落ちてきたのだ。


 しまった。これはマズイ。

 ジェムの色は赤。これ一粒で100ジェムの価値がある。

 それが、あれよという間に取り出し口を満杯にすると、おさまりきらず、ざあざあと地面にこぼれだしたのだ。


「ジェムが!」


 我に返ったリンが、盗られまいと素早く落ちたジェムに覆いかぶさった。

 その背中にジャラジャラとジェムが降り注ぐ。


「わわわわわ」


 散らばったジェムを拾い集めようとするアッシュ。

 だが、拾う速度より、散らばる速度の方が明らかに早い。

 おまけに覆いかぶさったリンの背中で跳ねて、よけい遠くへ転がるのだ。


 ふははは。

 なかなか面白い光景だな。思わず笑い声をあげそうになる。

 だが、楽しんでいる場合ではない。なにせ命がけで稼いだ金なのだ。一ジェムたりともムダにはできない。

 私はカバンを開けると、あふれ出るジェムを受けた。


 カバンにズッシリたまるのは418個の赤い宝石だ。

 床に散らばるジェムもすべて集めた。


 だが、二個足らない。

 42000ジェムなのだから、420個なければおかしいのだ。

 

「アッシュ、もっとよく探せ」

「え~、もう探すところないよ」


 たしかに、すみずみまで探した。

 これで足らないとは理解できない。


「まあ、こんなに沢山あるんだから二個ぐらい良いじゃない」


 なにやら、らしくない発言をするリン。

 どういう風の吹き回しだ?

 お金に一番執着しているのは彼女ではなかったか?


 疑問に思い彼女を見つめる。

 揺ぎない眼差しで見詰め返してくるリン。

 ……怪しい。やっぱり違和感がある。私は注意深く観察した。

 すると彼女の胸の谷間に宝石が二個埋もれているのを発見した。


 私は谷間を凝視する。

 リンは頬を赤らめて胸元を隠した。


「やん」


 私は素早く手を突っ込むと、さっとジェムを掴み取った。

 それを指で挟むと彼女の前に突きつける。


「あら、やだ。いつの間に?」


 不思議ねと肩をすくめるリン。

 なんとしらじらしい、そんなわけあるか。



 今回の探索で得た金額は全部で42684ジェム。一気に大金持ちとなった。

 ほんの数日前に広場で丸まって携帯食料を食べていたのが、やけに懐かしく感じられる。


 武器屋のカウンターにジェムを広げた私は、四つの袋に均等に分けていく。

 この場で分配するのだ。リンとアッシュが袋一個ずつ、私が二個だ。

 もともとの取り決め通りである。


 ひとつの袋は10671ジェム。赤の宝石がほとんどとはいえ、かなりの重さになるだろう。


「ネルガルを倒しちまうとはなあ」


 肘をついてその様子を見ていた店主が、ポツリとこぼした。

 この店主は金にあんまり興味を示していないようだ。むしろこの大金を得る過程こそに関心を寄せているように思える。

 安定した収入を得ているがゆえの余裕なのだろうか。


「私が倒したのがネルガルかどうか確信が持てない。あいつは鎌だけでなく腕も残した。それをラノーラに見せに行く。結論はそれからだ」

「そうか……」


 店主はどこか遠い目で私のことを見つめていた。

 なんであろうか? 嫉妬でもなければ敵意でもない。いまひとつ感情が読みとれない。

 気になった私はたずねてみることにした。


「どうした? なにか気になることでも?」

「いや、はるか昔ジャンタールの迷宮を抜けた者がいたって話。単なる言い伝えだと思っていたが、アンタを見ていたら本当にいたんだろうなって思えてきたよ」


 バラルドか。唯一ムーンクリスタルを手にいれ、迷宮を踏破した男。

 もう疑う余地はない。

 確かに彼はここに来て、迷宮を抜けた。


「アニキならきっと最後までいくよ。分かるんだ俺」


 アッシュはそう言った。

 そうか。そう言ってもらえるのは嬉しい反面、むずがゆくなるものだな。


「たしかに、パリトを見てるとそう思えてくるわね。ほんとうに信じられない速度で動くし、すっごく冷静だし、スキがまるでないもの」


 今度はリンだ。面と向かって言われると、どう返していいのかわからなくなる。

 

「おととい会ったばかりのクセになに言ってんの?」

「うるさいわね! こういうのは時間じゃないのよ」


 その雰囲気をブチ壊すようにアッシュが割って入ってきた。

 まったく。困ったものだ。だが、この雰囲気のほうが私はありがたいがな。


「いや、お嬢ちゃんの言う通りだ。普通のヤツじゃないってことぐらい戦いを見ていない俺でも分かる。俺は商売柄いろんなやつを見てきた。でも、その誰とも違う。アンタは明らかに異質だよ」


 店主までもがそんなことを言い始めた。

 なんとも反応に困る。

 私は自分が他人と違うことは知っている。だが、それを表にだすべきではないことも知っている。

 さらに言えば、他人より優れていることが必ずしもいい結果に繋がらないことも知っている。

 

 そうこうしているうちにジェムの分配が終わった。


「とりあえず甲斐性ナシじゃなくて安心したよ」


 そう言ってジェムの入った袋をリンとアッシュに手わたすのだった。

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