第50話 集落

 やけに静かだ……。

 集落へ近づけど、物音ひとつしない。

 周りをグルリと囲うのは木の枝で作った簡素な柵だ。

 出入り口は一か所。柵が途切れた部分がある。


 なにかあるな。

 出入り口へと向かう道、案の定ワナを見つけた。

 地面を掘った落とし穴、ロープを張った鳴子なるこなどが確認できる。


 魔物をとらえるワナだろうか?

 迂回しつつ近づいていく。

 この場所なら迷宮からの魔物が流れてきてもおかしくない。

 だが、なんというのか違和感みたいなのがどことなくある。


「アッシュとロバはここで待機だ。リンと私で確認する」


 住人を大声で呼んでみるなどの選択肢もあったが、そんな気分にはなれない。

 そっと様子をうかがうことにした。

 気配を殺し近づいていく。


 柵を越え、住居とおぼしき小屋の様子を探る。

 直径三メートル程の円柱形をしたこの小屋は、練って塗り固めた土壁で、屋根は藁を束ねて括り付けたつくりとなっている。

 一家族ごとに住まう形態なのだろうか。

 その一つに耳を近づけ、壁越しに中の気配をうかがう。


 ……気配は感じられない。

 人がいない確信はあったが、油断せず慎重に中をのぞいてみた。すると、やはり無人であった。

 次の小屋も調べてみる……人の姿はない。


 放置された集落か?

 ――いや、チリが積もっている様子もなく、生活感もどことなくある。

 使われているのは間違いない。


 なんだろう。どうも嫌な感じがする。

 肌がヒリつくとでも言えばいいのか。


 さらに小屋の中を見て回る。

 五つ、六つと無人が続き、やがて七つ目の小屋へ近づいたとき、強い気配を感じた。


 いる!! 音はせぬが、確実になにかの気配を感じる。

 細心の注意を払いながら中を覗いた。


 なに!

 ――見えたのは槍先。私の顔目がけて突き出された槍の一撃だった。


 首をひねって回避。風切り音が耳をかすめる。

 危なかった。警戒してなければ、顔を串刺しにされているところだ。

 すぐさまヤリを掴むと、突き出した者を見る。


「フー」と荒い息が私の顔にかかった。ヒドい獣臭だ。

 それもそのはず。ヤリを突き出したのは、禿げ上がった頭に醜いイボのついた鷲鼻わしばな、大きく尖った耳に、むき出しの歯茎と尖った歯。

 おおよそ、人とは思えぬ風貌だったからだ。


 コイツは魔物だ。

 素早く剣を切り払う。

 だが、この鷲鼻の魔物は、後方に飛ぶとクルリと宙返り、私の剣をかわす。

 バカな! あの距離、あのタイミングで!?


 鷲鼻の魔物は音もなく地面に着地すると、背中を丸め両手をダラリと下げる。

 その下げた手の先に伸びるのは、猛獣を思わす鋭い爪。


 とっさにヤリを手放して飛んだか。並みの反応速度ではない。

 集落の住民はコイツらに狩られたか?


 鷲鼻の魔物が息を吸う。

 仲間を呼ぶ気か?

 させるか! 私はのど目がけて剣を突き入れる。だが、鷲鼻の魔物はすぐさま横に飛ぶ。


 素早い!

 だが、とらえられぬ速度ではない。

 私はさらに踏み込むと、相手が着地するより先にその足を斬り飛ばす。


「グゲ――」


 地面に転がる鷲鼻の魔物。叫び声をあげようとする、そののどに剣を突きいれる。

 

 ゴボリと血を吐く鷲鼻の魔物。

 とどめに心臓を剣で突き、息の根を止めた。


 ふう、危なかったな。

 仲間など呼ばれてはたまったものではない。


「パリト、これゴブリンよ……」


 ゴブ……なんだって?

 後から入ってきたリンが鷲鼻の魔物を見て言った。

 こいつがゴブリン? ゴブリンとは精霊の一種ではなかったか?

 たしかに伝え聞くおとぎ話の風貌はこんな感じだが。


 そして、リンが知っているのならば、やはり迷宮からでてきた魔物なのだろう。

 ならば集落は全滅か。

 情報を得るのは難しそうだ。


 ピ~。

 そのとき笛が鳴った。


 小屋から出て周囲を見渡すと、また別のゴブリンが竹笛を吹きながらこちらを指さしている。


 チイ、見つかったか。

 素早いうえに耳までいいとは。


「リン、撤収だ。迷宮まで走れ!!」


 小屋から四匹、ゴブリンが出でくるのが見えた。

 数が多い。この敵にこの広い場所、アッシュやロバを守りきれん。


 来た道を走って戻る。集落の外で待っていたアッシュに撤退の合図を送る。

 迷宮の入口で迎え撃つ。

 あそこなら背後を気にせず剣を振るえる。


 ドゴン!!


 大きな音がした。飼育小屋の方だ。

 足を止めて見ると、粗末な扉が吹き飛ばされ、中から巨人が顔を覗かせていた。

 窮屈そうに身を屈かがめながら、外へ体をひねり出してくる。


 なんだアイツは!

 推定四メートルの長身に、岩のように盛り上がった筋肉。

 身につけているのは薄汚れた腰布と首輪のみだ。


 あの首輪は……。

 いや、そんな悠長に観察してはいられない。先ほど笛を吹いたゴブリンが手にした槍で巨人を小突きながら、こちらを指差し何やらわめいていた。

 どうやら、彼らは主従関係にあるようだ。


 巨人と目が合う。離れていてもよく分かるほど大きな顔が、ニチャリと歪んだ。

 背筋に冷たい物が走る。


 巨人はキョロキョロと周りを見回した後、近くにあった丸太をヒョイと掴み上げた。

 人の背丈など優に超す大きさの丸太だ。まさかアレをこん棒がわりに使おうと言うのか?

 冗談ではない。

 あのような物で殴られては、タダでは済まぬだろう。


 はるか前方を走るのはリン。

 さすがに危険を察知する能力に長けているだけあって、わき目もふらず迷宮にむかって走り続けている。

 そのさらに前を走るのはアッシュとロバだ。

 離れていたのが幸いして、彼らは無事に迷宮までたどり着けそうだ。


 危ないのは私だな。

 少々長居しすぎたようだ。

 罠にかからぬよう足元を確認しながら彼らの後に続く。


 足裏に響く振動。あの巨人が地響きを立てて追ってきているのだ。

 そして複数の小さな気配。ゴブリンどもも、追ってきているのであろう。

 

 ふいに私の横を何かが通過した。

 見れば少し先の地面、ななめに刺さる木の槍がある。槍投げか、小癪こしゃくな。

 しかし、もうそんなところまで来ているのか。想像以上の速度だ。私の足に追いつくとは。


 ――いや、違うな。

 ワナを気にする私と追うことだけに専念する彼ら。違いが出て当然だ。

 ここは襲われた集落じゃない。やつらが作った集落なのだ。

 罠を設置したのは彼らだ。だからワナを気にせず走っていける。


「フッフッフッ」という息遣いが聞こえる。

 もうすぐ後ろまで迫っている。

 手を伸ばせば私の背中に手が触れるほどに。


 スパリ。

 振り向きざまに剣を一閃すると、ゴブリンの腕が宙を舞った。

 やはりゴブリンは私の背に爪をたてようとしていたのだろう剣を振って正解か。

 私は足をとめると、腕を失ったゴブリンの首を刈る。


 これで一匹。

 つぎに近いのは二十歩ほどの距離のゴブリンだ。

 ヤリを構えてこちらに突撃してくる。

 その進路に合わせてスローイングナイフを放つ。


 ――だが、当たらない。

 ゴブリンは驚異の俊敏性で身をかがめると、私のナイフをかわす。

 それから、手に持つヤリを投擲してきた。


 ク!

 二本目のスローイングナイフに手を伸ばしていた私だったが、回避に専念せざるを得なくなる。

 そのスキにゴブリンは接近、爪で私に襲い掛かってくる。


 だが、私の剣の方が早かった。

 飛び上がったゴブリンの胴体を切断。鋭い爪は力をなくし、私のほほをかすめる。


 フー、辛くも仕留めたか。

 これで残りはゴブリン二匹と巨人一匹か。

 これなら迷宮まで逃げずとも戦えるか?


 そう思った私の目に飛び込んできたのは、ゴブリンに追い立てられるように走ってくる巨人。

 その数、三。


 ――増えてる!!


 やっぱり逃げるかと、きびすを返して走るのだった。

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