第51話 モチつき

 ドスンドスンと地面を揺さぶる音がする。巨人が追ってきているのだ。

 身長は私の二倍をゆうに越え、体重はもはや何倍かもわからぬほどの巨体だ。

 つかまればタダではすまないだろう。

 巨人の一歩は我らの数歩。走る速度は思いのほか速い。

 いっぽう前方を走るリンとアッシュは速度が落ちている。バテてきているのだ。

 荷物が重すぎたか。

 このままでは追いつかれる可能性がある。足止めが必要だな。

 私は速度をゆるめると、どう対処するか相手の戦力を確かめる。


 まず、ゴブリン。

 一匹はヤリを手に、もう一匹はヤリを持たずに駆けてくる。

 その姿はまるでサルだ。背中を丸め、ときおり地面に手をつきバランスを維持している。

 脅威となるのは俊敏性だ。始末するならこちらが先だ。


 そして、巨人三体。

 丸太片手に走ってくる。俊敏性はなくともその腕力は脅威だ。

 まともに相手にするのは良い考えではない。


 いち、にい、さん。

 彼らは走るにつれ間隔が開いてきた。

 先頭はヤリを持たないゴブリン。

 つぎに巨人三体。それを追い立てるようにヤリを持ったゴブリンと続く。


 しい、ごお、ろく。

 ばらけた距離で倒す算段をつける。

 いちにで近づいて、さんしで仕留める。そして、ごろくで離脱。よし、ここか。

 一気に反転すると、ゴブリンとの距離をつめた。


 迫りくるゴブリンに剣を合わす。

 ナイフじゃだめだ。時間がない。一撃でしとめねばならない。


 ――ところがそううまくいかなかった。

 ゴブリンはいつの間にやら竹の筒を咥えており、反転した私にフッっと中身を飛ばしてきたのだ。


 クソ、吹き矢か!

 すかさず剣の腹ではじく。首筋に飛んできた矢は横にそれていった。

 おそらく毒矢だ。くらえばそこで終わっていた。


 剣を振るう。

 後方へ飛ぶゴブリンの腹を剣先がかすめる。


 浅いか? いや、手ごたえはあった。

 ゴブリンは着地と同時に腹から臓物をこぼした。

 よし、もう一撃。


 ふいにあたりが暗くなった。

 追撃を止め、後方へ飛ぶ。


 ズウウンと腹を揺さぶる轟音。

 丸太が目前の地面を打った。

 巨人だ。巨人が手にした丸太を振るってきたのだ。


 チッ、やはりワンテンポ遅れたか。吹き矢の処理でタイミングが狂った。


 巨人は輝く太陽をさえぎるほどの巨体で、さらにもう一撃はなとうと丸太を振り上げる。

 その丸太から滴るのは血。

 先の一撃で内臓をこぼしたゴブリンをブチュリとつぶしたのだ。


 命がけのモチつきだな。残念ながら、ちょっと息が合わなかったみたいだが。


 丸太が振り下ろされるより前に距離をつめる。

 狙うは脚。ふくらはぎのやや下だ。

 剣を振るう。

 ガギリと硬い衝撃が返ってくる。

 手が痺れる……まるで木のフシを斬ったような感触だ。


「グオオオー」


 巨人は叫び声をあげてうずくまった。

 骨までいったか。少なくとも腱は切断できただろう。


 おっと。

 気配を感じ横に飛ぶ。

 ふたたび地面を丸太が打つ。

 別の巨人が丸太をふるったのだ。すでに包囲されつつある。


 悪いがみんなと遊んでいるヒマはないんだ。続きはべつの誰かとやってくれ。

 スローイングナイフを投げる。

 一体の巨人の目に刺さった。ど真ん中だ。マトが大きくて助かるよ。


「じゃあな」


 逃走を開始する。

 巨人は刺さった目をおさえながら、メチャメチャに丸太を振りまわしている。

 残りの二体がそれにひるむ。そのスキを、うまくついた形だ。


 迷宮にむかって駆けていく。

 今度は本格的な逃げだ。

 私が時間を稼いだおかげで、リンとアッシュは迷宮の出入り口のそばまで進めたようだ。これで全力で走れる。



 やがて、迷宮の入口は目と鼻の先となった。

 振り返ると、丸太を振り回しながら追ってくる巨人たちが見える。

 引き離したとはいえ、あんがい近い。丸太のゴウという風切り音がハッキリ聞こえる。

 はは。あれで叩かれたら、あっという間にミンチだな。


「うわわわ」

「早く、早く!」


 迷宮の入口では、面白いほど顔を引きつらせたリンとアッシュがいる。

 大丈夫だ。追いつかれるほどノロマじゃないさ。

 彼らにさっさと入れと手で合図する。


 彼らが迷宮に入ってすぐ、ドンと大きな音がした。

 前方のガケに丸太が衝突したのだ。

 巨人が間に合わぬと思い、苦し紛れに投げたのだろう。


 残念、それじゃあ景品をあげられないな。

 速度をあげると、迷宮の入口へと飛び込む。

 そのまま、階段をかけあがっていく。十歩、二十歩、三十歩。


「ヒッ!」


 リンが悲鳴を上げた。

 振り返ると、巨人が入口から手を伸ばしていた。

 迷宮の入口は、あの巨体では入ってこられない。だが、頭と片腕をねじ込み、われらを捕まえようと手をさまよわせているのだ。


「フー、フー、フー」


 息を荒げ、さらに奥へと手を伸ばそうとする巨人。

 その目には、私の投げたスローイングナイフが刺さっている。

 怒り心頭といった感じだ。


「じゃあ引き上げようか」


 階段を上っていく。

 いまいましいとばかりに、こちらをにらむ巨人はやがて見えなくなった。



――――――



「生きた心地がしなかった」


 いまは階段を上った先の扉のさらに先、小部屋で小休止をとっているところだ。

 アッシュは震える声で語っている。


「外ってこういう世界なの?」

「まさか。巨人どころかゴブリンだっていやしないさ」


 首を振って否定する。あんなものいてたまるか。

 争いごとは多数あれど、ここにいるようなバケモノは一匹たりともいやしない。


「まさかあんな所にゴブリンの巣があるとはね」


 リンも動揺していた。さすがに肝が冷えたらしい。

 外だと思った矢先の出来事だからな。


 彼女によると、ゴブリンは地下三階でたまに遭遇するそうだ。

 とはいえ、一匹でいることが多く、でても三匹までだとか。

 そして、あの巨人はオーガ。

 見たことはないが、うわさで聞いたことはあるのだと。


 なるほどなあ。ならば、あの巨人も迷宮に住む魔物なのか。

 となると、なぜあそこにいたのか疑問だな。

 あのサイズで階段はおりられないからな。


 まあ、いい。

 いったん街へと戻るか。疑問の答えはいずれでる。

 いまは地下二階への階段をみつけないとな。

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