第49話 下り階段の先

 枯れない泉に花。

 どうもピンとこないな。ここに広がるのは無機質な迷宮の壁ばかりだ。

 しょせんおとぎ話。事実とは大きく違うのかもしれない。


 とはいえ、ここにきて何度もおとぎ話の内容が実際に出てきた。ムーンクリスタルの言い伝えも真実である可能性も高い。

 そもそも、このジャンタールこそ、我らにとっておとぎ話だったのだから。


 気になることは多々あるが、階段の先を見てみることとなった。

 この先の様子いかんでは、次に探索するときの荷が変わってくるだろうし。


 幸い、食糧は十分にある。治療薬にも余裕がある。

 なにより好奇心が、思いつくリスクを上回っている。


 が、その前にまず一つだけある扉の先を確認する。

 狂信者のような、みずから扉を開く者が潜んでいないとも限らない。


 警戒しつつ扉を開いた。

 左右に扉。真っすぐ続く通路の先にも扉。

 迷路はまだ続いているようだ。

 二階への階段を探す体力はしっかり残しておかないとな。


 念には念を入れてその扉の先も調べてみた。

 左右はどちらとも小部屋となっており、休息ならここでとれそうだ。

 また、真っ直ぐいった先の扉はさらに通路が続いており、帰り道を探すならこの道となるだろう。


「危険を感じたらすぐ引きかえす」


 大切なのは引き際だ。

 もう少しと欲張らず、情報だけ持って帰るぐらいの心づもりで行くとしよう。

 私が先頭、次にロバを引くアッシュ。最後にリンの順番で階段を下りていった。




――――――




 階段を一歩一歩着実におりていく。

 リンもアッシュも早くおりたがったが、それを押しとどめ、私との距離を開けさせた。

 罠の可能性も捨てきれない。固まっていれば全滅しかねない。

 私一人なら、多少のワナは回避できる。

 これまでさんざんヒドい目にあわされてきたのだ。

 注意しても、しすぎることはないだろう。


 たいまつに火を灯し、足元をしっかり照らして歩く。

 石畳で作られた階段はなだらかで、踏み幅も広くロバも苦もなく下りていけそうだ。

 ごつごつとした岩肌に手を添えながら歩く。

 ときおり背中から風が吹いてくる。かなりの強風だ。

 注意せねばならない。

 この先が本当に出口だとしても、切り立った崖の中腹に開いた横穴なんて場合もある。

 突風にあおられて真っ逆さまなんて目も当てられない。


 やがて、手にツタが触れた。

 壁に沿って茂る緑のツル草だ。

 そういえばここに来てから植物をほとんど見ていない。

 門付近での石畳から生えていた雑草ぐらいだ。


 ツタを握り、思い切り引いてみた。

 ブチブチと音を立てて、ツタは壁からはがれる。青臭いかおりが鼻をつく。本物の草だ。


 やがて、大きな光に包まれた。

 一番下まで辿りついたのだ。

 一歩二歩と踏みだす。全身に感じるのは柔らかな光。澄み切った風が草と土の香を運んでくる。

 まぶしさに目を細める。視界いっぱいに広がるのは青い空と白い雲。

 踏みしめる大地ははるか遠くまで続く草原だ。


 外の世界だ。迷宮を抜けたのだ。


「うわ! なにこれ!!」


 ロバを引いて後から来たアッシュが驚きの声を上げる。


「ねえ、これってもしかして……」


 続いてやってきたリンも驚きを隠せないようだ。言葉を詰まらせる。

 彼らはジャンタール生まれだ。

 私にとっては見慣れた景色のひとつに過ぎないが、彼らは違う。

 初めて見る情景に圧倒されているのだろう。


「これが外? 外の世界なの?」

「すげー、あんなに遠くまで見渡せるなんて」


 ともすれば駆けだしそうになる彼らをその場にとどめる。

 まだ油断はできない。危険とは思いもよらぬところに潜んでいるものだから。


 まずは、おおよその場所を割りだす。

 迷宮ではかなりの距離を歩いたが、北へ南へと行ったり来たり。距離的にはそう離れてはいないだろう。

 もっとも近い都市は城塞都市ティナーガだ。

 少し歩けば見知った場所が見えるかもしれない。


 が、その前にすべきことがある。

 背後をふりかえる。

 切り立った崖が高くそびえており、出てきた迷宮の入口を、茂るツルがうまく隠している。

 今後のことも考えて少しはがしておくか。


 ふと、リンとアッシュを見ると、興奮してそこらじゅうにあるものを手にとっていた。

 枯れ木を剣で切ったり、草を引っこ抜いたり。

 また、地面を這う小さな虫を不思議そうに眺めていたり。

 ふふ、そのうち飽きるさ。


 ――おや? 何かあるな。

 ツタをブチブチと引きはがしていると、迷宮の入口上部に金属製の板が貼られていることに気がついた。

 ジャンタールの店の扉に貼られているような真鍮製の看板だ。

 なにやら文字が書かれている。


「おい! 二人ともこれが読めるか?」


 それぞれ勝手なことをしている二人を集めると、看板になにが書いてあるか尋ねた。

 私の知る文字ではない。おそらくジャンタールで使われている文字だ。


「分かんない」

「私も」


 そうか、この迷宮がなんなのかの手がかりになると思ったんだがな。

 街でラノーラに聞くまでお預けか。しかたがない。


「アッシュ。地図にこの文字を記しておいてくれ」

「わかった」


 アッシュは頷くと、地図に『Training area』と記載した。



 さて、ここでじっとしていても始まらない。周囲の捜索を始めるか。

 目印となる大きな木を見定めると、そこを目指して進んでいった。


 大きな木まではなだらかな上り坂で、生い茂る草に足を取られそうになる。

 やがて巨木へと辿り着いた。ここは小高い丘になっており辺りが一望できる。

 私は周りを見回してすぐ何かを発見した。


 土の壁と藁の屋根で出来た粗末な小屋だ。それが十数個。寄り添うように建てられている。

 また、そこからほんの少しだけ離れた位置に少し大きめの、それでいてより粗末な小屋が四つほどある。

 たぶん、こちらは動物の飼育小屋だろう。


 集落か、ツイてる。これで現在地が判明するかもしれない。

 我々はその集落に向けて歩き始めた。

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