第48話 おとぎ話
クモの巣がこちらに向かって走ってくる。
冗談のような話だが、笑えない。体を上下させずに細い糸で床をなめるように移動する様は、ある種の嫌悪感を覚える。
すかさずクロスボウを射るアッシュ。
彼の放った矢はクモの巣の一匹に命中すると、そのまま巣ごと通路の奥へ消えていった。
あれは倒したのか? 単に引っかけて飛んでいっただけのように見えるが。
全く手ごたえを感じない私であったが、魔物の方は違ったようで、動きに変化が見られた。
体をクシャリと丸めて転がり始めたのだ。
風に吹かれてゴミが転がっているようにしか見えない。だが、その速度は思いのほか速い。
ぼやぼやしているヒマはなさそうだ。
私は松明に火を付けた。アッシュもそれに
一方、剣を構えるリン。あれに剣で迎え撃とうというのか? クロスボウの矢を見るかぎり効果はうすそうだが。
最初に敵と接触したのはリン。彼女は目前で飛び上がったクモの巣に剣を振り下ろした。
しかし、綿毛のように丸まったクモの巣は、ポフリと地面にたたき落とされただけで、その後何もなかったかのように動き出した。
やはり軽すぎる。何かに押し当てるように斬らねば剣で倒すのは難しそうだ。
さらに別のクモの巣がリンに襲い掛かる。
ふたたび剣で応戦。が、クモの巣は体を大きく広げると、リンの剣もろとも腕に絡みついた。
次々と飛びついてくるクモの巣。リンは必至で剣を振るうが、みな剣と腕に絡みつき、彼女の肘から先は毛玉のように膨れ上がってしまった。
なるほど、こうして獲物をがんじがらめにするのか。
私は迫りくるクモの巣をたいまつで叩き落とすと、素早くリンに近付き、腕に絡みついたクモの巣を火で炙る。
ジジジと音がして焦げた匂いがした。
クモの巣はたまらずリンの拘束を解き、四方に飛び散るのだった。
燃え上がるとまではいかなかったが火は有効のようだ。
「これを使え!」
私は背負い袋からもう一本たいまつを取り出すと、炎を移してリンに手渡した。
「アッシュ!」
「もうやってる!!」
彼は持てるすべての松明に火を灯して、周囲にばら撒いていた。
クモの巣どもは炎を嫌い距離を取る。
そこへアッシュの追撃。ロバの荷からビンを取り出し、床に向かって次々と投げつけたのだ。
ガシャンと音を立てて割れたビンは、中身を撒き散らし近くにいるクモの巣の体を濡らした。
あのビンの中身は油だ。携帯用のコンロの燃料となる、極めて可燃性の高い液体。
「よくやった!」
アッシュにそう言うと、たいまつを投げた。
たいまつの炎は油に引火する。それは地面を伝わり、あっという間にクモの巣どもへと燃え広がる。
火のついたクモの巣は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
包囲が緩んだ。
この機を逃すな!
私とリンは炎を嫌って壁に張りついたクモの巣を、剣で突き刺し動きを止める。それから、たいまつの火であぶっていった。
「アニキ、上だ!!」
アッシュが叫んだ。私はすぐさま松明を頭上に掲げた。
ジュジュジュと音がして、ひときわ巨大なクモの巣が横に飛び退いた。
大丈夫。気づいていたさ。
混乱のさなか、あの最も大きなクモの巣が我らの頭上に忍び寄っていたのだ。
スキをついて一気に絡みつこうとしたのだろう。
「いただき!」
巨大なクモの巣の逃げた先、アッシュがビンを投げつけた。
そこへリンが松明を放り込む。
うむ、実に良い連携だ。
クモの巣どもは炎に包まれ、のたうち回りながら焼けていった。
そして、燃え尽きると、ジェムを残して消えていくのであった。
――――――
床に散らばっている宝石を集める。一番大きなクモの巣は黄色を、他は全て青色を残した。
なかなかの収入である。
何匹か取り逃がしたものの、ほとんどを仕留めた。
ただ、こちらにも少々被害はあった。リンが腕を負傷したのだ。
どうやら、あのクモの糸の一本一本が管になっていたようで、突き刺したリンの体から体液を吸ったみたいなのだ。
彼女の腕には針で突かれたような傷が無数にあった。
あのまま放置すれば、すべての体液を吸われて死ぬのだろう。なんとも恐ろしい。
とはいえ、対処法が分かった以上、怖い相手ではない。
クモの巣を見るたび、たいまつで焼いていけばいい。
今回は知らないがゆえに巣の中へ飛び込んでしまった。
タネさえ分かれば、むしろ稼ぎやすい相手とも言えるだろう。
「ありがとう。助かったわ」
「どういたしまして」
リンの腕に包帯を巻きながら会話する。
大事に至らなくてよかった。こんなことで失うには惜しすぎる人材だ。
「まさか、こんな魔物がいるなんて」
「そうだな。さすがにこれは想定できない」
クモの巣そのものが魔物だと誰が考えようか。
「腕に絡まれたときはどうしようかと」
「大丈夫だ。そのために仲間がいる」
腕に自信があったリンとしては、ショックだったのかもしれない。
いつになく、しおらしい態度だ。
自分の剣が通用しなかったわけだからな。
だが、剣に頼るだけが戦いじゃない。使えるものはなんでも使っていく。それが大切だ。
そして、仲間に頼ること。それに気づけただけでもいい経験ではないか。
「いい連携だった」
アッシュともども褒めた。
今回はとくにアッシュの動きが良かった。
自分がなにをすべきかだけでなく、仲間がなにをしようとしているか考えてしっかり動けていた。
いいチームになりそうだ。
「じゃあ、行こうか」
休息もそこそこに、われらはまた通路を歩みだした。
通路はやがて突き当りとなり、横に一つの扉がついていた。
警戒しつつ、扉を開く。
中は部屋となっており、扉がひとつと階段があった。
「どうするの?」
「う~む……」
みなで階段の先をみつめる。
というのも、目にした階段はのぼりではなく下りだったからだ。
しかも、階段はやけに長く、はるか先に出口と思わしき光が見える。
「まさか、下りの階段を見つけるとはな」
上り階段を探していたら下り階段を見つけた。
世の中とは、得てしてそんなものなのかもしれない。
そして、アッシュもリンもピンときていないようだが、階段の先に見える光はたぶん太陽の光だ。淡く光る通路の光じゃない。
どうしたものか。
迷宮の出口を見つけた。それは喜ばしいことだろう。
だが、あれは本当に出口か?
この迷宮が地下三階で終わりだとはどうしても思えない。それになにより、ムーンクリスタルの姿など影も形もなかった。
今は場所を記すだけにとどめ、二階への階段を探すほうに集中すべきではないか?
とはいえ、先を確認せねば後悔が残るかもしれない。
次できるだろうは、我らのような生き方をしている者には当てはまらない。
「リン、もう一度あのおとぎ話を聞かせてくれないか?」
昨晩、彼女が語ってくれた、ムーンクリスタルのおとぎ話だ。
「神の涙、ムーンクリスタルは迷宮の奥底に眠る。枯れることのない泉、そのほとりに咲く花、その花のつぼみが宝石を包み込む。だが、欲張るなかれ。持てるのは一人一個。欲深き者は神の怒りを買うであろう――要約するとこんな感じね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます