第47話 魅入られる

 いくばくかの休息を終えた私達は、二階への上り階段を探していた。

 階段の場所じたいは分かっている。真下に落ちたのだから、座標に照らし合わせて進めばいい。

 ただ、ルートが分からない。なにせ迷路になっているため右へ左へ、時には反対方向へと進まねばならぬのだ。


「アッシュ、足はどうだ?」

「うん、もう平気だよ」


 あの薬はやはり大したもので、アッシュもロバも、歩くのに支障がないほど回復している。


 パヒュン。

 アッシュが矢を放つと、飛んでいたコウモリに突き刺さった。


「またコイツか」


 吸血コウモリだ。手のひらほどの大きさで、向こうが透けるほど薄い羽で飛び回っている。

 スキあらばこちらの血を吸わんと纏わりついてくるため、非常にうっとおしい。


「数が増えてきたわね。巣が近くにあるのかしら?」


 リンは短刀を振り払い、刺さったコウモリを抜き飛ばす。

 彼女のナイフさばきは見事なもので、空飛ぶコウモリを的確にとらえていく。

 また、たいさばきも見事で、ときには二歩三歩と壁を駆け上り、高い位置にいるコウモリを仕留めていくのだ。


「コイツら嫌いなのよね。ジェム残さないし、それに臭いし」


 リンの言うように、辺りは悪臭で満たされている。

 床を見るとコウモリが残したであろう大量の糞だ。


 私にとってこの手の臭いは慣れっこであるが、あからさまに顔をしかめる彼女はそうではないのだろう。

 この地では不要なものは消えてしまう。このフンしかり、死体しかり。

 臭さに慣れぬのは当然かもしれない。


 鬱陶しく飛び回るコウモリを蹴散らしつつ迷宮を進んでいくと、天井付近におかしなものを見つけた。

 白い糸で編まれた八角形のネットだ。壁からの光に照らされ、薄く輝いている。

 コイツはクモの巣だ。

 見たところ、クモそのものはいないようだが……。


「リン、コイツを知っているか?」

「ええ、クモの巣よね。でも、すごく大きい」


 どうやらジャンタールにもクモはいるようだ。

 だが、問題なのはその大きさだ。巣の一辺は、私の背丈ほどある。

 巣がこれほど巨大ならば、クモはいったいどれほどの大きさなのか……。


「出会ったことは?」

「いいえ、ないわ」


 未知の敵か。おそらく先ほどから纏わりついているコウモリを捕食しているのだろうが、その矛先が我らに向かうことは十分に考えられる。

 注意していかないとな。

 天井だけでなく足元にも気を配るように皆に伝えると、また通路を歩いていった。



 一本道が続く。

 コンパスを見る限り二階への階段に近づいている。

 ただ、気になるのはコウモリの数が見るからに減り、その分クモの巣の数が増えていることだ。

 捕食者が増えれば獲物は減る。それはなにもおかしくはない。

 問題なのはどのクモの巣にも、あるじたるクモがいないのだ。


 もしや、食物連鎖か?

 クモがコウモリを食べ、そのクモを何者かが食べる。

 そうして三角形の頂点に向かっていくのだ。


 巨大なクモを食いつくす魔物か……。

 はてさてどんな姿をしていることやら。

 


「な~んか、巣が大きくなってきていない?」


 アッシュの言う通り、巣の大きさが私の背の倍を優に超えるようになってきている。

 しかも、数がさらに増えてきた。そして、相変わらずクモの姿はない。


「嫌な予感がするな。引き返したほうがいいかもしれない」


 言葉にはできないが、どうにも胸にモヤモヤしたものが残る。


「う~ん、ここまで長い一本道だったから、引き返すとなると結構な時間を無駄にするわね」

「もうちょっと先に行こうよ。せめて何がいるのか確認しないと。見通しがいいから矢も射やすいし、すぐ逃げれるしさ」


 二人はこう言っているが、どうしたものか。

 待ち受けているのが蜘蛛ならアッシュの言う通りどうとでもなるだろう。しかし、問題はクモを捕食する何かがいた場合だ。こちらより機動力があれば撤退もままならない。


 ……まあ、それはどの道を選ぼうとも同じことか。

 多少の不安はあれど、ここで引き返しても得る者は何もないと判断した私は、このまま進むことにした。



 さらに進んでいくと、通路を完全に塞ぐ程の巨大なクモの巣に突き当たった。

 なんて大きさだ。思わず目をみはる。

 しかも、大きいだけでなく、すさまじく美しい。

 完璧な八角形の網目模様で、淡く金色に輝いているのだ。


「うわ~」

「すげ~」


 感嘆かんたんの声を上げるリンとアッシュ。

 薄暗い通路に浮き出すように輝く金色のクモの巣は、迷宮の青い壁とも相まって、やけに幻想的な光景を生み出している。


 しかし、異常な程の大きさの巣だ。

 これほどであるなら、あるじであるクモも相当なものだろう。


 ……これは絶対におかしい。

 不安は確信へと変わった。なぜなら、このクモの巣にも、あるじたるクモの姿がないからだ。

 これほど巨大なクモの巣を張るものを捕食する?

 しかも、巣に傷ひとつ付けずにか?


 これまでの巣もそうだった。

 巣を破られた形跡がなかった。それが漠然とした不安となって胸に引っかかっていたのだ。


 それに本来クモの巣とは、獲物に気づかれずに引っかかるのを待つワナのようなもの。

 それが、こんなに目立っていては、意味をなさない。


 私は美しさに魅入られた様にフラフラと近付きそうになる二人を止めて、鞄よりたいまつを取り出した。


 確かめさせてもらおうか。

 たいまつに火を灯すと、巨大な巣目がけて放り投げる。

 そうして、クモの巣に当たると思われた瞬間、巣の糸は不自然にたわみ、できた隙間からたいまつは向こうへと抜けてしまった。


 クモの巣がひとりでに動いた!?

 コイツは巣じゃない! 巣の形をした魔物だ!!


 その瞬間、クモの巣は壁に張り付いている外側の糸を外し、高速で私に向かって跳ねてきた。

 すぐさま後方に飛ぶ。


 クモの巣はクシャリと体を丸め、通路に落ちる。

 そして、獲物を掴みそこなったことに気づくと、また体を通路いっぱいに広げた。


 なるほど、ああやって獲物を捕らえるのか。

 こいつは食虫植物と似ている。ただ、匂いではなく美しさで相手を魅了し、おびき寄せるが。

 そして、油断したところをパクリ。どうりで派手な色をしているワケだ。


 植物に擬態する虫も多い。

 こいつはクモの巣に擬態し、我らの目をあざむいていたのだ。


 ――ここでふと思った。この巨大な巣が魔物だとすると、今まで見てきたあの大量のクモの巣たちも……。

 背後を振り返ると、細い糸をまるで足のように動かしこちらに向かってくるクモの巣どもがいた。


 クソッ、また挟み撃ちか。

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