第46話 誤算
呪文を唱えるスペクター。
あれは何としても止めなければ……。
私はすぐさま走りだすと、銀のスローイングナイフを投擲する。
牽制だ。よけられるのは分かっている。
だが、私の投げたナイフはスペクターの目前で姿を消した。
なに!
だが、不可解なのはそれだけではない。消えたナイフが、私の肩に突きささったのだ。
ばかな。なぜ!?
しかし、そんなものにかまっているヒマはない。
牽制が効いたのか、スペクターの詠唱が止まっていたからだ。
ふたたび詠唱させてはいけない。攻撃し続けろ!
自分自身に言い聞かせる。
だが、スペクターは私を近づけまいと鎌を何度も振り回す。
そのあまりの速度に、避けるだけで精いっぱいだ。
クソ、あの鎌がなんとも厄介だ。
一瞬でいい。一瞬でいいから動きを止められないか。
そうこうしているうちにまた詠唱が始まった。
このままではマズイ。最後のスローイングナイフを投擲。
詠唱をふたたび中断させることに成功した。
しかし、もう後がない。傷を負う覚悟で飛び込むしかない。
だが、あの鎌で切られてタダですむとは思えない。
――そのとき詠唱が聞こえた。
「我に仇名す者の手を縛り給えクラムジーハンド」
アッシュか!
スペクターの手から鎌が滑り落ちる。
良くやった。この機は逃さん!
渾身の力で地面を蹴ると、スペクターの懐へ飛び込む。
そして、しゃれこうべ目がけて剣を振るった。
ガキリ。
だが、私の剣はしゃれこうべを破壊できなかった。
それどころか、傷すらついてないように見える。
ばかな。なんという硬さ。まるで鋼のようだ。
――いや。
剣を捨てるとさらに接近。肩に刺さったスローイングナイフを引き抜く。
銀だ。
キサマが恐れるのは、この銀のスローイングナイフだ。
そのままナイフをしゃれこうべのアゴ目がけて突く。
こんどはやや抵抗があったものの、ナイフはしっかりと突きささった。
「カ、カ、カ、カ」
何かを話そうとしているのか、開かぬアゴをカタカタ言わすスペクター。
どうだ。これで詠唱できまい。
だが、これでは浅い。
私は更に深く押し込もうと、両手で押す。
そうはさせまいと、スペクターがナイフを握る私の手をつかむ。
死ね!
ナイフを深く刺そうと力をふりしぼる私。それにあらがおうとするスペクター。
しばしの膠着状態。
だが、その均衡はすぐに崩れた。
スペクターの抵抗する力が弱まったのだ。ナイフがさらに深く刺さっていく。
「グッ!」
そのとき、スペクターの手が私の首に伸びた。そして、ギュウと締め上げてくる。
凄まじい力だ。私は吊り上げられ、足が宙をさまよう。
息ができない……。
スペクターの体を蹴る。
しかし、その足はスペクターの体を素通りするだけだ。
イカン。このままでは。
意識が遠くなってくる。
「アニキ!」
ぼんやりとする頭に響くのはアッシュの声。
かすむ目に飛び込んでくるのは、アッシュのメイス。
クルクルと回転しながらこちらに向かってくる。
ドンピシャだ。
私は力を振り絞り、そのメイスを受け止めた。
……アッシュお前は本当に凄い奴だ。助けて良かったよ。
そして、スペクター。お前とはこれでサヨナラだ。
しゃれこうべに向かってメイスを振り下ろした。
パカリと音を立てて、しゃれこうべは砕け散る。と同時にその眼下に灯す青い炎が激しく燃え上がった。
青い炎はスペクターの体に燃え広がっていく。
だが、私を道連れにしようというのか、スペクターの手はいまだに私の首をつかんで離さない。
デートのお誘いならもう少し太ってからにしてくれ。
私は骨の腕へとメイスを振り下ろす。
パキリと音がして、スペクターの肘が砕けた。
ドサリと床に落とされた私は、青い炎に包まれるスペクターを見る。
首のないスペクターは残った手で何かを探すように、二歩、三歩とこちらに歩み寄ると、黒い霧となり迷宮に拡散していった。
残されたのは巨大な鎌と赤い宝石三個。そして書簡――魔法の書だ。
勝ったか……。
私はいまだ首にくっ付いたままの骨の腕を外し、ホッと息を付いた。
「すごいわ。あんなのよく倒したわね」
私のもとへ歩いてきたのはリンだ。
その手には白いコボルドの生首がつかまれている。
よくやった。また付け狙われてはメンドウだからな。
リンもアッシュの自分の仕事をちゃんと果たした。今回はほんとうに二人に助けられた。
「とてもじゃないけど手が出せなかったわ。二人とも動きが速すぎて目で追うのがやっとだった」
ああ。コイツは強かった。
これまで戦ったどんな敵よりも。
「しかし、コイツは一体何なんだ? スペクターとはこういう魔物なのか?」
あまりに強すぎる。
こんなものがウヨウヨいるようなら、そりゃあ迷宮など誰も攻略できるハズがない。
「いえ、こんなスペクター初めて見たわ。普通スペクターは、ただ鈴を鳴らして徘徊するだけ。それに群れを率いるような、こんな狡猾なコボルドも見たことない」
「そうか……」
リンの答えに考えてしまう。
やはり私のせいか。――いや、夢で出てきた女に目をつけられたせいと言った方が正しいか。
「私が思うに、さっきのガイコツはネルガルじゃないかしら?」
「ネルガル?」
聞いたことがない。
「おとぎ話よ。大きな鎌を持った悪魔ネルガル。いい子にしてないと魂を持っていかれるんだって」
なるほど。
ネルガルの名は知らぬが、似たような伝承は聞いたことがある。
命どころか魂さえも奪われる、恐るべき存在。
「倒したのはあなたが初めてじゃないかしら? ネルガルなんて誰も見たことないもの。ラノーラの店で書物に描かれた姿を見たぐらいね」
「書物?」
「そう。魔物を姿を絵に残している書物があるの。そこにはネルガルの腕が呪物になるとも書いてある」
「呪物?」
「ん~、わたしも詳しくは知らないんだけど、呪物は魔法の書の代わりになるもの。持ってるだけで魔法が使えるんだって」
「そうか。では魔法の書はもういらないということか」
「う~ん、いらないというか、覚えてなくても特定の魔法を使えるというか。呪物は魔法の杖みたいなものじゃないかしら?」
「ほう」
なるほどな。杖から炎を飛ばすような感じか。なんとなくイメージできた。
「で、どうやって使うんだ?」
「……さあ?」
私の問いにリンは首をひねる。
遠くでヘタりこんでいるアッシュに聞いても知らないと返された。
……ラノーラに聞くしかないか。
骨の腕を背負い袋にしまうと、戦利品を集め始める。
「リンはジェムを集めてくれ。アッシュはそのまま休んでろ」
アッシュの痛めた足が心配だ。
まだまだ探索は続くのだ。上に向かう階段をみつけない限りここから出られない。
こうして戦利品をすべて集め終え、今度こそ休憩をとることとなった。
携帯用救急箱から包帯と治療薬を出すとロバの手当てに向かう。
この治療薬は、アッシュと初めて会ったとき、手当のため運び込んだ場所で買ったものだ。
なんでも棺を満たした液体と同じものであり、外傷だけでなく体内の損傷にも効果を発揮するのだとか。
布にドロリとした治療薬をタップリ垂らすと、ロバの患部にのせる。それから包帯で外れぬようきつく縛った。
これでよし。つぎはアッシュか。
だが、その必要はなさそうだ。アッシュはみずから痛めた足に治療薬を塗っていた。
そうだな。ここでの治療はアッシュの方が先輩だ。いらぬ世話だったな。
「パリト。これ」
リンがナイフを渡してきた。投げてしまった私のスローイングナイフだ。
見るとどれも先端が曲がっており、叩いて研ぎ直さねば使えないであろう。
私は彼女に礼を言って受け取る。
「全部回収したわよ。何なら私が研いであげようか?」
やや、うわめづかいでリンが言う。コボルドの生首を掴んだかと思えば、ちょっとした世話焼きを見せる彼女。
嬉しいね、お願いするとしますか。
だが、その前にスローイングナイフが刺さった肩の応急処置をしてくれると助かるんだがね。
――――――
みなで毛布にくるまって体を休める。
休憩場所としては不安が残るが、今の状況でウロつくよりはるかにマシだ。
横ではアッシュがうつらうつらと舟をこぐ。
ロバは毛布を下に体力の回復につとめている。
リンは目こそつぶっているものの、耳に意識を集中しているのが分かる。
戦利品をながめる。多くのジェムと魔法の書。
実入りが大きい探索であった。それに呪物とやらも手に入れた。
使い方は分からないが、探索の手助けになりそうなシロモノである。
ただ、判断に困るものがある。
ネルガルの残した巨大な鎌だ。いまは包帯でグルグル巻きにして荷物とともにまとめてある。
この鎌、見るからに切れ味がよさそうだ。
試しに振ってみたが、空気さえも切り裂いたような音と手ごたえである。
しかし、武器として使う気になれない。
というのも、手にとると妙な声が聞こえるのだ。
『力が欲しくないか? ならば捧げよ。隣人の首を。さすればお前はさらなる力を得られるだろう』
気分が高揚し、体が熱くなる。
リンの首筋から目が離せなくなる。
白く、きめ細やかな肌。
そっと鎌を引っかけたならば、どんな美しい花を咲かせるだろうかと。
このようなものに操られる私ではないが、手元に置きたいものでもない。
ましてや、ほかの誰かに渡そうとも思わない。
換金するのが無難だろうな。
血を求めて徘徊する探索者を作るなんてゴメンだ。
ジェムに形を変えるまで見届けるのが私の役目だろう。
なにか腹に入れるか。
齧りついたのは、潰れてペチャンコになったパン。
ある意味ロバの恩人でもある。
今度は私の中で助けてくれよ。
口にかすかに香る麦の甘さが、なつかしい故郷の街並みを思い出させた。
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