第39話 探索を続ける

 地下二階の探索を続ける私達は方位磁石の赤い針が指し示す方向、すなわち北へと進路をとった。

 この方位磁石はジャンタールで買ったものだ。以前持っていたものはここでは役に立たない。

 なにせ針はグルグルと回り続け、方向が分からないのだ。ゆえに新たに買いなおした。

 が、そうなってくると、このジャンタールの方位磁石はそもそも磁石なのかという疑問が湧く。

 そして、赤い針は本当に北を指しているのか、別の何かを指しているのではないか、そう思うのだ。


 とはいえ、ここジャンタールでは私の常識がまるで通用しない。

 考えても分からぬことは置いておいて、出来ること、やるべきことをやっていくしかない。

 とりあえず道に迷わぬよう同じ方向を指していれば、それでいいとしよう。

 

「五十八、五十九、六十……」


 アッシュが歩数を数えている。通路の長さを測っているのだ。

 この迷宮の通路は完全なる直線、かつ直角に曲がっており、地図が非常に書きやすい。

 その反面、距離感がつかみにくいし迷いやすい。正確すぎるゆえの弊害だろう。

 だから、とにかく正確な地図を描く。地味なようだが、大切な作業だ。


 私は壁に筆で赤い矢印を記した。歩いた行程が一目で分かるようにだ。

 帰りはこれに沿って歩くのが最も効率がよいだろう。


「アニキ、それあんまり意味ないと思うよ」


 ところがアッシュは否定的なことを言ってくる。

 どういうことだ? 迷わぬよう目印をつけるのは探索の基本だとおもうが……。


「それがね、何か書いてもいつの間にか消えてるんだ。壁だけじゃなくて床もね」


 消えている? 印がか?

 私が問うとアッシュはうなずく。


「では、床に目印となる物を置いた場合はどうだ?」

「それも駄目、しばらくしたらなくなってる」


 なんと!

 置いたものすら消えるのか。

 それは厄介だな。しかし、納得する部分もある。

 みなが深部への探索を目指すなら、案内板でも立てておけば良いのだ。

 あるいは脇道に樽などを積み、侵入出来ぬように通路をふさいでおく。

 それで無駄な戦いや死傷者を減らせるはずなのだ。


 それをせぬのは、それだけの理由があるとは思っていた。

 しかし、どのような経緯で壁に描いた印が消えたり床に置いた物がなくなるのか?

 誰かが消したり回収している? それとも自然に消えてしまう不可思議な現象が、ここでは当たり前なのか。


「アッシュ。なぜ印が消えると思う?」

「分かんない」


 そうか、分からんか。

 だが、なんかしらの理由があるはずだ。いや、理由というか法則みたいなものは知っておきたい。


「では、迷宮で野営した時はどうだ。寝たら自分が消えてしまうのか? そんなもん怖すぎるぞ」

「それは大丈夫」


 そうか、大丈夫か……。

 だが、アッシュおまえ、だんだん返事が雑になってないか?


「では――」

「いま歩数、数えてるの! ちょっと黙ってて」


 オゥ。怒られてしまった。

 しかたがない。疑問はまたの機会に取っておくか。



 やがて通路は一本道となり、突き当りに扉が見えた。

 アッシュが気を張ったのが分かる。

 このような扉の先は部屋になっていることが多く、中に魔物が待ち構えている可能性も高いからだ。

 アッシュはクロスボウ、私は剣をかまえ扉に近づいていった。


 あと少しといったところで、ひとりでに扉が開いた。

 中から姿を現したのは大男。目に包帯を巻いており鼻を突き出すようにして、スンスンと匂いを嗅ぐ。

 

 狂信者か。相変わらず気持ち悪いな。だが、こいつは都合がいい。アッシュの魔法の練習にはもってこいだ。

 アッシュに目配めくばせすると、彼は精神を集中させ始めた。


「我に仇名す者の手を縛り給えクラムジーハンド」


 アッシュが結びの言葉を終えると、ゴトリと音を立てて狂信者のハンマーが床に転がった。

 よし、完璧だ。

 私は走りだすと、ハンマーを拾おうとする狂信者の首を斬り落とした。


 ゆっくりと崩れ落ちる狂信者。その体を部屋の向こうへと蹴りこんだ。

 扉はやがてひとりでに閉まっていく。


 扉から少し距離をとって待機する。

 そちらが扉を開くというなら、こちらは待ち伏せさせてもらおう。


 ……辺りを静寂が支配する。

 しばらく待ってみたが、扉が開く気配はない。

 中には誰もいない? 狂信者は一人だけだった?

 ならば扉を開くか? いや、気が進まない。別の道を探索すべきだろう。


 だが、地図を埋めたい気持ちもある。

 この先が行き止まりかどうか、ふたたび確認しにくるのは避けたいところだ。


「アニキ、早く」


 アッシュが小さな声でささやく。

 私に扉を開けと言っているのだ。


「おまえ……」


 危険な役目はいつも私だな。

 とはいえ、アッシュにやらせるワケにもいくまい。

 またあの手でいくか。


 ノブをひねると剣で押す。

 扉はゆっくりと開いていく。

 見える範囲に敵はいない。だが……。


 外套(マント)をポンと投げ入れた。

 と同時に、ハンマーが外套を床に打ちつけた。


 チッ、やはり居たか。

 私は素早く中に入り込むと、振り下ろされたハンマーを足で押さえる。

 そして、ナイフを投擲。

 ハンマーを振り上げたもう一人の狂信者のノドをとらえた。


 周囲を見渡す。

 敵は――二。

 ハンマーを踏み抑えた狂信者の首を剣で斬り飛ばす。


 これで一。

 残すはノドから血を流す狂信者ひとりだ。


「カヒュー」


 狂信者の最後の一呼吸。

 降り下ろされたハンマーをかわすと、剣で心臓を一突き。

 背後に回ってもう一撃。

 完全に殺しきった。


「早え。もう殺したの?」


 アッシュが来た頃には、すべて終わっていた。

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