第38話 戦果

 生ける屍は二体、その後ろにスケルトンが二体の計四体だ。


 とつじょスケルトンが手にした金属製の棒をふるった。それは、前にいる生ける屍の頭部に深くめり込む。


 殴った? 味方を?


 スケルトンは我らを指さす。

 すると、生ける屍二体がこちらにむけて足を速めた。


 なるほど。

 手かせ足かせに金属の棒か。囚人と看守といったところだな。


「アッシュ、魔法をつかえ」


 ちょうどいい。実践にはもってこいだ。

 飛び道具もない動きもさほど速くないコイツらなら、アッシュもやりやすかろう。


 ――が、そのとき。

 高速で何かが飛来した。私は首をひねってそれをかわす。

 鎖だ。生ける屍が、手かせに連なる鎖を投げてきたのだ。


 まさか、そんな使い方をするとは。

 生ける屍どもはヒュンヒュンと鎖を回転させながらこちらの隙をうかがう。

 なかなか器用だな。


 生ける屍どもは私から一定の距離をとっている。

 どうしたものか。

 間合いを詰めて一気に倒すのがよさそうだが、それではアッシュの練習にならぬしな……。


 来る。

 遠心力より解き放たれた鎖は二本。私の頭部と足元めがけて飛来する。

 かわすのはたやすい。素早く横によけて回避する。

 しかし、生ける屍どもは、鎖が伸びきった瞬間強く引く。

 後方から軌道を変えて鎖の先端がふたたび迫ってきた。


 味な真似を。

 私はさらに横へと移動。危なげなく鎖を回避する。

 屍どもは鎖をたぐりよせると、またグルグルと振り回し始めた。


 そろそろ頃合いか。

 一歩二歩と間合いを詰めた。

 生ける屍はそれに釣られ、鎖を投擲する。それを紙一重でかわすと、鎖をつかみ、一気に引いた。


 急に鎖を引かれた生ける屍は宙を泳ぐと、地面に転倒、ゴロゴロと転がる。

 一方の私は、鎖を引く力を利用し瞬時に間合いを詰めた。


 サヨナラだ。

 床に突っ伏す生ける屍の頭を踏みつぶすと、その頭部は熟れた果実の様にグチャリと弾けた。

 

 ここで後方に控えていたスケルトンに動きがあった。盾を構えこちらに向かってきたのだ。

 

「我に仇名す者の手を縛り給えクラムジーハンド」


 スケルトンの一体が持つ棒と盾が地面に落ちる。

 アッシュの魔法だ。

 いいぞ! 一発で決めた。しかもタイミングも完璧だ。


 すばやくスローイングナイフを投擲。

 落とした棒を拾おうとするスケルトンの頭部を割り砕いた。


「おっと」


 鎖が飛んできた。

 首をひねってかわすと、鎖をつかみ強く引く。

 空を舞う生ける屍に剣を合わせる。


「ぼえええー」

 

 だが、生ける屍はミドリのヘドロを吐いてきた。

 危ない。すんでのところで回避する。

 そうだった。コイツラは強力な酸で攻撃してくるんだった。

 剣の腹で叩く。生ける屍の頭部を破壊した。

 

「アッシュ、トドメを刺せ」


 残すはスケルトン一匹。

 生ける屍はアッシュに任せて剣をふるう。

 スケルトンの防具に傷をつけることなく、頭部をたたき割った。



 スケルトンどもが黒い霧となって四散する。身につけていた武器、防具がコロリと転がった。

 倒したか。

 やはり死ぬと消える現象は違和感があるな。

 死んだ振りで命を落とす者も多い。便利には違いないのだが。

 だが、これこそがワナではないだろうか?

 そう思うほど、この地には悪意が満ちている。


 アッシュを見る

 彼は生ける屍の体内に手をつっこみ、中をまさぐっていた。


「何やってるんだアッシュ。手、溶けちまうぞ」


 予想外のアッシュの行動に驚いた。

 まさか酸のヘドロ遊びとは。

 

「あ、いや、大丈夫。ゾンビの中から核をね、取り出して……お! あった」


 そう言って取り出したのは透明の玉。核だ。

 アッシュはどこから取り出したのか、ガラスの容器へその核を入れる。

 なぜそんなものを?


「アニキ、これはスライムの核で、そこそこの値段で売れるんだよ」


 彼の説明によると、あのヘドロをスライムというのだそうだ。

 死体を操って更なる死体を増やそうとする。その操られた状態がゾンビ――すなわち生ける屍なのだと言う。

 そして、スライムの核はラノーラの店で買い取ってくれる。魔法の触媒しょくばいに使うのだと。


 なるほど。おとぎ話では、魔法を使う際に補助的な役割として触媒がでてくる。

 効き目を促進させたり異なる作用をもたらしたりとさまざまだ。

 ここジャンタールでも同じかもしれんな。

 あるいは魔物同様、ここでの事実がおとぎ話として伝わった可能性もある。


 そうか、従属の首輪。あれも触媒と言えるのかもしれない。

 そのあたりをラノーラに確認しておかないとな。


「ウォ~ン」


 その時、獣の遠吠えがした。

 あわてて周囲を見回す。

 ……だれもいない。だが、確かに遠吠えがした。

 気を抜かないほうが良さそうだ。


 素早く散らばった戦利品を集め、地下二階を目指し歩き始めた。



――――――



 地下二階の通路を進んでいく。ここまでケーブリザードやネズミを十数匹倒してきたが、スケルトン以降武器を持つ者とは遭遇していない。


「ちょっと待って。次は右に行こう」


 アッシュは地図に道を記しながら、次に進むべき方向を言う。

 今回の探索の目的は戦利品を集めること、アッシュの魔法を試すこと、そして、地図を描くの三つがあった。

 アッシュが知っているのは二階の途中まで。三階へと続く階段はまだ知らない。


 地図を埋めていかねばならない。

 私の目的は一攫千金ではない。アシューテを見つけ、街を脱出すること。

 ほかはついでだ。


「今度は左」


 けっこうな距離を歩いた。

 いまだ地下三階への道は見つからない。

 この迷宮は広大だ。地上の都市よりはるかに大きい。


 これが意味するのは、やはり脱出経路は地下にあるのではないかってことだ。

 地下通路は明らかに城壁の外まで伸びている。

 地下へ地下へともぐり、やがて地上へと向かう道。それが脱出のルートではないか?


 問題はその道のりだ。すぐ到達できるような場所ならば、いまごろティナーガはジャンタールからの帰還者であふれている。

 あのアシューテさえも出られぬのだ。並大抵の道のりではないだろう。


「なあ、アッシュ。この迷宮は地下何階まであるんだ?」

 

 終わりが想像できぬのは、必要以上に気力を奪う。

 多少なりとも目安が欲しいものだ。


「う~ん。分かんないな。地下十階まである、いや百階だなんて言う人もいるし」


 地下百階かよ、流石にそこまで広いと脱出する頃にはジジイになっちまうぞ。

 だが、建国の父、バラルド一世は当時若かったはずだ。

 彼はジャンタールへ向かい、そして、帰ってきた。その後に建国したのだ。

 ならば、距離ではなく難易度、それがジャンタールを脱出できない要因ではないか。


「俺が知ってるのは地下四階の階段を見つけた話だけだよ。それより先は聞いたことない。でもまあ、みんな情報を出し渋るけどね。それに、荷台に大量の物資を積んで地下に下りる人達も見かけるから、四階で終わりって事はないだろうね」


 アッシュの言葉を聞き、先はまだまだ長そうだと溜息をついた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る