第37話 待ち人来たれり

 今日は早朝から地下へと潜る。

 食料、水、装備の点検をすますと、アッシュと二人でまずは厩舎へ向かった。

 ロバを連れていくことにしたのだ。魔物の残した物資をたくさん持ち帰るために必要だ。

 宿屋の食堂を抜けしばらく進んでいくと、動物特有の匂いが強くなってきた。


 厩舎だ。

 中では動きやすそうな布のズボンに革のブーツ、短めの髪を後ろで束ねた男が馬の毛にブラシを入れていた。


「よお、クソ生意気な後輩さんじゃないか。まだくたばってなかったか」


 こちらに気づいたフェルパは、軽い口調で語りかけてきた。


「ああ、おかげさまでピンピンしてるよ。あんたこそ馬に蹴られて死んでなくてよかったよ」


 そう言い返すと、自分のロバへと向かっていく。

 仕切られた柵の中にいるロバは、以前と変わらず健康そうではあったが、少しヒネた目で私を見てきた。思わず苦笑いがもれる。

 狭い所に押し込められてスネているのであろう。私は済まなかったとロバの首筋をなでる。

 すると彼女は気持ちよさそうに目を細めたが、私と目が合うとプイとそっぽを向いた。


 怒れるロバ。しかし私が一緒に行くか? と尋ねると、彼女は耳をピンと立て「ブバッ」と鳴いた。

 

「連れていくのか? ここでは従属じゅうぞくの首輪なしでなつく動物は珍しい。大切にしてやんな」

 

 従属の首輪? フェルパの言葉に首をかしげる。

 その名の通り誰かを強制的に従えるものなのだろうか?


「従属の首輪とはなんだ?」

「さてね」


 フェルパに聞いてみるも、はぐらかされてしまう。

 自分から言っておいてそれか。

 彼のニヤついた表情から察するに、どうやら情報料を求めているようだ。


 価値のある情報ならば金を払うのもやむおえまい。

 だが、まずはアッシュに確認してからだ。


「アッシュ、従属の首輪とはなんだ?」

「う~ん、詳しくは知らないけど、それをつけた相手を自由に操れるんだって」


「ほう、つけた相手を」

「あ、でも呪文を唱えなきゃなんないんだって」


 なるほど、呪文か。

 ということは、クラムジーハンドのように魔法そのものを迷宮で手に入れるなきゃならないわけか。


「他には?」

「他? ん~もうないかなあ。……あ、そうだ。首輪はラノーラさんのとこで見たよ」

 

 なるほど。首輪はラノーラのとこにあると。

 魔法書のように迷宮で見つかったものなのか、酒場のようにジェムと引き換えにだせるものなのか分からないが、とにかく手に入りそうだ。

 となると、入手困難なのは魔法書か。


「なあ、アッシュ。その首輪で魔物を手なずけることはできるのか?」


 もし、首輪で魔物を支配下に置けたら、そうとう強力だ。

 それも数に制限がないのならば、もはや、仲間などいらなくなるほどではないか?


「ん~、分かんない」


 分からないか。そうか。

 しかし、魔物を使役できる可能性は低そうだ。

 もしできるなら、アッシュが街中で手なずけられた魔物を見かけているはずだ。

 分からない、と答えたのは見ていないからだろう。

 

 う~む、この件はもう少し知っておいた方がいい気がする。

 魔物ならずとも、人でさえ自由に操れる可能性だってあるのだ。


 チラリとフェルパの表情をうかがってみた。

 すると彼のニヤニヤは一層深くなっていた。


 しかたがない。私は一ジェム取り出すと、フェルパに向かって放り投げた。


「青かよ、ケチ臭いな。まあいい、かわいい後輩のためだ。これで手を打とう」


 フェルパは私の投げた青い宝石を掴むと、詳しく説明しだした。


「こいつは契約の魔法だよ。従属の首輪をつけた相手を従わせる。ただ何でも従うわけじゃない。お互い得となる契約を結ぶのさ。十分な食事を提供する代わりに荷物を運んでもらう、など事前に取り決めなきゃならない」

「事前に? では、相手と言葉が通じなければ駄目なのか?」


「いや、この従属の首輪は対になっていてな、お互いがつけると、ある程度の意思疎通が可能になる。そこで双方の同意の元、魔法を唱えるんだ。つまり魔法を覚えてなくとも使える奴に頼めば、従属させられるってこった」


 ちなみに俺も覚えてるぜ、と付け加えるフェルパ。


「なるほど、ではやはり魔物に首輪をつけ戦わせる事も可能なわけか。魔物を従え魔物と戦う。童話の世界だな」

「ハハハ、そう簡単に魔物が人間に従うかよ。双方の同意って所がミソだ。普通じゃ無理だな。特に今のお前さん達にはな」


 更にフェルパはこう続けた。


「こいつはそもそも運搬用の動物を従わせるための魔法だ。良からぬ使い方は黒き者の怒りを買う。道具ってのはそれに適した使い方をするものさ」

「良からぬ使い方か……例えば人か?」


 私の問いにフェルパは笑みを濃くし、首をさすった。

 しかし、ここでも黒き者か。どうも気に食わんな。目に見えぬ何かに縛られているようだ。


 その時、両肩にまとわりつく不快感を覚えた。

 慌てて肩に手を回すも、そこには何もなく、手に触れるのは使い古したヨロイのザラつきだけ。

 幻? この街の閉塞感が見せた幻覚であろうか?

 だが、どうもそれだけではない、何か得体の知れない存在を感ぜずにはおれなかった。



――――――



 薄暗い通路を歩く。先頭は私、少し離れてロバを引くのは仏頂面ぶっちょうずらのアッシュだ。

 今は地下二階への階段を目指しているところ。


 最初ロバはアッシュをガブリと噛んでいた。

 手綱の扱いに不満があったのか、彼女なりの挨拶だったのかは分からないが、いまはおとなしく連れ添っている。

 まあ、打ち解けたようで何よりだ。


 ジャラリ。

 金属性の音がした。歩みを止め、武器を構える。

 ジャララララと床の上をこするような音も聞こえる。

 発生源は前方の曲がり角のようだ。

 

 やがて、角からひょっこりと人影が現われる。

 肉はただれ、ところどころ骨がむき出しになっている。こいつは以前出会った生ける屍か。

 その体には、かろうじて衣服であったと分かる程度の布きれを身に着けており、両腕、両足には金属性の手枷てかせ。そこからぶら下がる鎖が、床にこすれジャラジャラと音を立てている。


「うわあ、気持ち悪い」


 アッシュの言う気持ち悪い生ける屍は、二体。

 その後ろには、スケルトンがさらに二体。こちらは金属製の棒と盾を持っている。

 全部で四体か。


 アッシュが矢を放った。

 それは前方を歩く生ける屍に突き刺さる。

 刺さった場所は心臓だ。しかし、生ける屍は何事もなかったかのように歩いている。

 やはり核をつぶさねばならんか。

 後方は盾を持ったスケルトン。どちらも飛び道具は効果が薄そうだ。

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