第36話 誘う相手は?

 四人組へと近づいていく。

 彼らの中には、なんとも奇妙な空気が流れていた。

 追い出してやった、などといった意地悪いものはなく、ただ気まずそうだった。

 女を追いだしたのは、止むを得ぬ事情があったのだろう。

 善良ではないだろうが、悪人でもなさそうだ。


 私は刺激せぬよう少し離れた位置から、彼らに同席しても良いか尋ねてみた。

 すると、彼らは少し戸惑っていた。

 なぜなら私が指さした席は、先程追い出された女が座っていた場所だからだ。

 

 一瞬の間があって、四人組の一人が口を開いた。


「あんたひとりか?」


 さて何と答えるべきか。

 見ての通り今は一人だ。だが、彼が聞きたいのはそういうことではないだろう。


「いや、もう一人いる」


 私がそう答えると、男はアッシュの方をチラリと見た。

 アッシュが私の連れだとちゃんと把握していたらしい。ひとりだと答えなくて正解か。


「探索する仲間を探しているのか?」


 男はまた問うてきた。

 話が早いな。頭も悪くなさそうだ。


「そうだ」


 彼らとパーティーを組むのは難しいと思う。だが、仲間を探しているのは確かだ。


「悪いが、子供はちょっとな」


 男の返事に納得する。

 まあ、そうだろうな。アッシュは有能だが、ちょいと若すぎる。

 彼らは見たところ二十代後半~三十代前半だ。捨て駒としてでなければ、あえて仲間にしたい年齢ではないだろう。


「承知している」

「ほう」


 では何の用だと男は言わんばかりだ。


「先ほど席を立った女について知りたい」


 男はフッっと笑った。

 まあ、それもそうか。いまアッシュが女に話しかけてる。

 われらが探索する仲間を探しているというなら、誘うのはそちらだと想像がつく。


「……いいだろう」


 男は一瞬迷ったような表情を見せたが、了承した。


「彼女の名はリン。ここ三か月ほど俺たちは行動を共にした。腕は悪くないんだが協調性に欠ける」


 なるほどな。

 雰囲気から察するに、そんなところだろうとは思っていた。


「彼女はどうも腕に自信がありすぎる。こちらは斥候としての働きを期待していたのだが、前へ出て敵とすぐ剣を交えたがる」


 そうか、自己を抑えられないタイプか。

 チームにとって足らない部分を埋めるのではなく、自身がやりたいことを押し通す。


「それだけならいいんだがね。報酬が自分の働きに見合っていないとよく文句を言っていたよ」


 ふむ、おそらく彼女は倒した数を競う傾向があるのかもしれない。

 彼女が前に出れば、そのサポートにまわる人間がでてくる。

 その人物がこれまで倒していた敵を彼女にゆずる形になる。

 働きとは、敵を倒した味方を助けた、などの目に見えやすいものばかりじゃない。

 そこに考えが及ばないあたりが、報酬でモメる原因だろう。


「彼女はトラブルメーカーだよ。もはやゲスな気持ち以外で、彼女と組む者はいないだろう。あんたが誘えば……多分食いつくだろうさ」


 その言葉を最後に、男は押し黙った。これで全部話したとの意思表示だ。

 もっと情報が欲しかったが、しかたがない。

 男に礼を言って席を離れた。



 次はリンとやらのいるテーブルへと向かう。見ると席についているのは彼女一人だった。話をしてくるように言っておいたアッシュの姿はない。

 彼はもと居た席にチョコンと座っていた。

 取り付く島もなく追い払われたのだろうな。そんな気はしていたが……しかし、諦めるの早いな。


 近くを通った店員に酒とツマミを注文すると、ゆっくりとした足取りで、リンへと近づいていく。

 アッシュのやつ、火に油を注いでなきゃいいが。


「何? 何か用?」


 案の定、不機嫌だ。

 彼女は鋭い視線を向けてくる。

 しかし、私は気にせず、同じテーブルの席へと腰を落とす。


「ちょっと、何よあんた」


 まさか、いきなり座るとは思っていなかったのであろう、リンは驚き腰の短刀に手を伸ばした。


 彼女の持つ短刀に目を向ける。長さは三十センチ弱、黒いサヤに納められている。

 サヤには見事な彫刻が施されており、戦闘用より観賞用といった印象を受ける。

 しかも、少々年季が入ってそうだ。

 若く戦いをなりわいとする彼女には、ふさわしくない。


「良い刀だ」

「え? あ、何」


 私が短刀を見てつぶやくと、リンは戸惑いを見せた。


「刀ってのは持ち主のひととなりが見える。いい刀だよ、それは」


 正直、刀を見ただけで、持ち主のひととなりなどわからない。

 分かるのは大事にしているかどうかぐらいだ。

 たぶん、あの刀は彼女にとって大事なものだ。

 しっかりと手入れされているように見える。


「刀にくわしいの? アンタ?」


 リンの表情が和らいだ。

 刀を褒めたのは、どうやら正解みたいだ。


「特別くわしいワケではない。ただ、そこに込められた気持ちみたいなものは感じることはできる」


 そう言ったあと「たまに間違うがね」と付け足すと、リンの表情はさらにやわらいだ。


「じつは、仲間を探していてね。よかったら一緒に迷宮を探索しないか?」


 続けて私がそう切りだすと、彼女の目がこちらを値踏みするようなものに変わった。


「ふ~ん、アンタ一人なの?」


 高圧的だが、すこし嬉しそうな雰囲気をかもし出すリン。

 彼女としても願ったりかなったりといったところか。ただ、プライドが高そうな印象を受ける。言葉選びには注意せねばな。


「いや、もう一人、有能な仲間がいる」


 アッシュが仲間であることは伏せておく。

 彼とリンの間でどんな話がされたかは分らないが、いい感情を持っているとは思えない。


「二人か~。それじゃああんまり稼げないわね」

「そうだな。苦労しているよ」


 苦労とまではいかないが、人手が欲しいのは確かだ。

 戦うだけなら私一人でもできる。

 しかし、金を稼ぐ手段が魔物が残した物資ならばそうもいかない。私ひとりでは運べる物資に限界がある。


「あなたたちと私、釣り合うかしら。外からの人でしょ? 私はこの迷宮に入ってけっこう経つんだけど」

「そうだ。だから、いろいろ教えてくれると助かる」 


「へえ、ずいぶん素直じゃない」


 素直、素直ね……。

 私ほど、ひねくれ者はいないと思うが。確かに己の信念を曲げないことに関しては素直かもしれんな。


「いますぐに結論をだせとは言わない。仲間と相談して決めてくれればいい」

「え? ま、まあ、条件によっては考えなくもないけど……」


 『仲間と相談』の部分で明らかに彼女は動揺した。言葉が尻すぼみになる。


 ちょうどここで、さきほど注文していた酒とつまみが届いた。

 グラスで泡を立てる酒、食べやすいサイズに切り分けられた果物。

 私はそれらをリンの前に置くように店員に促すと、彼女に挨拶代わりに受け取って欲しいと告げた。


「私はしばらくこの宿に泊まっている。決心がついたら声をかけてくれ」


 そう言い残して席を立つ。

 アッシュに目配せすると、元いた席には戻らず自分の部屋へと向かっていった。



――――――



 私が部屋に入ってしばらく、カチャリと扉が開きアッシュが顔を見せた。


「ねえアニキ、上手くいったの?」

 

 そう問いかけるアッシュに、さあなと、答えた。だが彼女は断りはすまい。少々回りくどい事をしたが、これで向こうから声をかけてくるだろう。

 ただ誘われて仲間になるのと、みずからの足で返事をしにいくのとでは心の持ちようも変わってくるからな。


「もしかして、あの女を仲間にするの?」


 そうか、アッシュには仲間にするとは言ってなかったな。なにせ急に思いついたから。

 まあ、いずれ誰かを仲間にせねばならんのだ、これも巡り合わせであろう。

 私はアッシュに彼女を仲間にするつもりだと伝えると、彼はこの世の終わりのような絶望に染まった表情を浮かべた。

 そんな顔をするな。はぐれ者同士、なかよくやっていこうじゃないか。

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