第40話 迷宮のひみつ

 狂信者を倒した後、戦利品を回収する。

 三ジェムとハンマー三本。ジェムはふところに、ハンマーはロバの背に積んだ。

 ロバは少し嫌そうな顔をする。

 まあ、このハンマーはあまりに重すぎる。

 運ぶロバの負担も考えなきゃならない。荷台を買うまでは戦利品を選んでいくべきだろう。


「少しの間だけだ」


 ロバの首筋をなでながらそう語りかけた。

 今回はちょっとした考えがある。それに、このハンマーを使わせてもらう。


 周囲をグルリと見わたす。

 狂信者がいたのは、やはり部屋だった。

 自分たちが入ってきた扉のほかにもう二つ扉がある。

 ひとつは小部屋、小休止がとれそうだ。

 もうひとつは真っすぐ進む新たな道。探索するならこの道を進んでいくことになる。


「アッシュ、まだいけるか?」

「もちろん!」


 小部屋で軽く食事をとると、また探索を開始した。



「アニキ、なにしてんの?」


 ハンマーを通路の中央に置くと、壁にしるしをつける。

 ちょっとした小細工だ。迷宮の謎を少しでも解いておきたい。


「アッシュ、印とハンマーの場所を地図に記しておけ」


 そう言うと、通路を歩きだした。

 やがて通路は丁字路へ行き当たる。


「あ、そこにも置くの?」


 アッシュの指摘通り丁字路の真ん中にハンマーを置く。また壁に目印も描いた。

 帰り道、これらがどうなっているか確認するのだ。消え方、タイミング、なにかしら得られるものがあるだろう。


 通路を右へと進んでいく。

 十字路を左。部屋をいくつか通り過ぎ、つぎは右だ。

 あれから魔物と出会っていない。あんがい数は少ないのだろうか?


「敵、あんまり出てこないね。いつもならもう少し出てくると思うんだけど。なんかアニキと一緒にいると弱い敵が少なくて強い敵ばっかり出てくる気がするんだよな」


 アッシュの言葉に足を止める。

 私といると敵が強くなる?

 なにをバカな。私の存在と魔物の出現と因果関係などあろうハズがない。


 魔物といえど、生き物だ。生息域やナワバリもあるだろう。

 侵入者によって、おいそれと場所を変えたりしない。

 そもそも、私がいつどこへ行くなど知りようがないではないか。

 迷宮全てを見渡せ、魔物を自由に生み出すことが出来る、そんな神のような存在がいるなら別だが。


 ――だが、この手の直感は正しいことが多い。

 そもそもスペクターを代表として、あのような相手にみな死なずに戦い続けることができるのだろうか?

 狂信者にインプ。白い個体に率いられたコボルドの群れ。

 あれでは命がいくつあっても足らないであろう。


 情報が足らない。

 もっと注意深く見ていかないとな。


 その後も魔物と出会うことなく探索は続いた。

 現在稼いだジェムは二十五。戦利品を換金すれば五十ジェムは下らないだろう。

 いささか稼ぎが少ない気もするが、そのかわり地図製作に専念できた。

 ここらが潮時か。私は探索を切り上げる旨をアッシュに伝えた。


「え? もう帰るの? もう少しいけるんじゃない?」


 まだ探索しようと言うアッシュ。ふむ、彼の気力はまだ十分のようだが……。

 しばし考える。

 ――よし、切り上げだ。


「アッシュ。帰るぞ」

「ん。分かった」


 私の決定にアッシュは素直に従った。


 これまで歩いた道を引きかえしていく。

 むろん、行き止まりや脇道へはそれない。最短ルートを選択する。

 気が緩みがちな帰り道こそ、明確な意思を持って動かねばならない。


「こっちだ、アニキ」


 アッシュは地図を見ながら先導する。その鼻息は荒い。

 ここまでの道のりは複雑だ。分かれ道が多いだけでなく、その道のいくつかが同じ部屋の違う扉とつながっていたりと。

 私も完璧には記憶できなかった。

 

 いつも以上に周囲を警戒しつつ通路を進んでいく。

 自信満々のアッシュを見ると、とたんに不安になるものなのだ。

 

 ここで、ふと何者かの気配を感じた。

 立ち止まり、通路の先に意識を集中させる……特に変わった物は見えない。

 耳を澄ませる……何も聞こえない。気のせいか? いや――

 そのまま警戒していると、やがて気配は遠ざかっていった。

 

「魔物?」

「いや、分からん」


 もう気配は感じない。だがどうにも嫌な予感がぬぐえない。

 撤収だ。なるべく早くここから離れよう。

 私はアッシュにもう少し速度を上げるよう伝えると、彼もそれに了承しロバを引く手綱を強めていた。


「もうすぐ休憩した部屋に戻るよ」

 

 周囲の警戒に疲れ始めたころ、アッシュの言葉で設置しておいたハンマーを思い出した。

 そうだ。たしかこの先の丁字路にハンマーを置き、壁に印をつけたハズだ。

 さてどうなっているか。

 角を曲がり、丁字路へと差しかかる。


「あれ?」

 

 だが、ハンマーも印も見当たらず、通路はやがて行き止まりへと突き当たった。


「アッシュ、ほんとうにこの道であっているのか?」

「え? たぶん……」


 さきほどまでの自信はどこへやら、尻すぼみになるアッシュ。

 とはいえ、アッシュに確認したものの、私の記憶でもここで間違いない。

 それがなぜ行き止まりに?


 ハンマーがないのは理解できる。印ともどもなくなるものだとアッシュから聞いていたからだ。

 しかし、この先は確かに部屋になっていたはずだ。


「おかしいなー。間違ってるはずないんだけどな、ちゃんと書いた地図の通り進んだ――」

「ウォ~ン」


 アッシュの言葉を遮るかのように、遠吠えが聞こえた。この声はコボルド? かなり近い。

 振り返ってみると、通路の角から四本足の動物が姿を現した。

 茶色の毛並み、口にナイフを咥える犬のような姿。やはりコボルドか。

 姿を見せるコボルドの数は一匹から二匹、やがて三匹、四匹と増えて、すぐに数十匹の大群となった。

 その中には白い毛並みの一際大きなコボルドの姿もあった。


 通路を塞ぐように立つコボルドの集団。その数は以前出会った時を上回る。

 そして、集団を指揮してるであろう白い個体。私を見つめるその瞳には、恨みの念が籠っている。


 あの時の白いコボルドか。コイツら、もしかしたらずっと付け狙っていたのか。

 我らが疲労するのを見計みはからっていたのか?


 スローイングナイフに手を伸ばす。アッシュは私のやや後ろでクロスボウを構える。

 睨み合いが続く。コボルド共は隊列を崩さず、襲いかかって来ない。

 ずいぶんと慎重だ。

 前回でコリたか?

 あるいは、こちらのさらなる疲弊を狙っているのか。


 マズイな。うしろは行き止まり。強行突破もアッシュとロバがついてこられるかどうか。

 頭をつぶすしかないか。

 そう考え、スローイングナイフの狙いを白いコボルドにつけようとした瞬間、ヤツがニヤリと笑ったような気がした。


 危険を感じとっさに飛ぶ。

 スローイングナイフを握る手に力が加わるのを感じた。

 見ると赤く長い何かがナイフ巻き付いており、こちらが反応するより先に、そのままナイフ奪っていってしまった。


 一体誰が……。

 行き先を目で追う――そして、驚愕きょうがくした。

 背後の壁。そこには巨大な口が浮かんでおり、からめ取った私のスローイングナイフをバリバリと噛み砕いていたからだ。

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