第30話 未知なるもの
ポツポツポツ。小さな気泡が湧いた。それは鍋底に張り付いたまま振動を繰り返す。
次々と湧いてくる気泡たち。
気が付くと鍋底は無数の気泡で満たされていた。
やがてその中の一つが力尽き、ゆっくりと上へと向かって行く。
それに続けとばかりに気泡が連続して飛び出した。そして、ゆらゆらと揺れながら上へと泳いでいく。
「アニキ沸いたよ」
アッシュが火にくべた鍋を手にとった。
いま、私達は小部屋で休憩をとっている。
場所は地下二階に下りてきてすぐ左の扉。
敵に襲われる心配が低いため、休憩するにはもってこいの場所だそうだ。
アッシュは
器の中には四角い固形物が入っている。
携帯食料だ。ジャンタールの食料店で買ったもの。
こいつは水分が抜けきっているため非常に軽い。しかも、保存がきくようだ。
また、湯を注ぐだけで、すぐに温かい食事となる。
時間も手間もかからない。なんと便利なものなのだろうか。
「できたよ」
アッシュから器を受け取る。
ホワンと食欲を誘う香りが漂ってきた。
――野菜と肉と味噌。
軽く目を閉じ、ゆっくりと口を付ける。
うまい!
あっという間に食事を平らげると、武器防具の状態を確認する。
問題はなさそうだ。これでまだ戦える。
これからアッシュの言う「いい場所」とやらを確認するつもりだ。
稼げるようなら、ロバを運搬に使うことも考える。
その見定めをしておきたい。
休憩を終えるとコボルドと遭遇した通路を抜け、いくつか分かれ道を通過する。
やがて、とある扉の前に辿り着いた。
「ここだよ、アニキ」
この先がどうやら「いい場所」らしい。
いつぞやのケーブリザード同様、稼げるのだと。
ふむ、距離的にも悪くない。
いつ出会うか分からぬ魔物を求めて迷宮をさまようよりかはずっといい。
警戒しながら扉を開く。中は縦横十五メートルほどの部屋になっており、壁面には多数の扉がついていた。
「すげーだろ。扉の数は全部で二十一個。中は全部小部屋になっていて、たいてい魔物が潜んでいるんだ。しかも部屋がせまいから、でてくるのは一匹か二匹ぐらいだし」
アッシュは得意げに胸をはる。
なるほどな。これなら少人数でも戦いやすい。
一人が扉を開け、残りの者が矢を射るのだ。以前やった方法と同じ。
たしかに、最低限のリスクで稼げそうだ。
しかし……。
この迷宮、どうもこちら側に有利すぎる気もする。
松明のいらぬ通路、魔物が開けれぬ扉と、人にとって戦いやすい場面が多いのだ。
魔物どもは強い。本来ならば簡単に人など狩られるはずだ。
もしやバランスをとっているのか?
こちらが一方的に狩られぬよう、構造だけでも有利にと。
この迷宮は自然に出来たものでないのは明らかだ。作ったのは人か? いや、果たして人間にこのような物を作り上げる事が可能なのか。
人ではない? ならば誰がこれを作った? なんのために?
「え!? アニキ、気に入らなかった?」
アッシュが心配そうにこちらの顔をのぞきこんできた。
いかんな。つい考え込んでしまった。
今は目の前のことに集中しなくては。
アッシュはおのれの役割をしっかりこなしている。
私もそれに応えないとな。
「完璧だ」
「やった!!」
私が親指を立てるとアッシュは大きく喜ぶ。
そうだ。考えるのはいつでも出来る。生きてさえいれば――
「じゃあ、そっちの端から頼むよ」
アッシュの言葉どおり一番右側から攻めていく。
ノブをひねりゆっくりと押すと、扉は音もなく開いていった。
……誰もいない。
中は幅二メートル程度、奥行は三メートルといったところか。完全な袋小路となっている。
「ハズレだね。次お願い」
次に開くのはすぐ隣の扉。
クロスボウを構えるアッシュと呼吸を合わせる。
――いた。
上半身裸で異常なほどの筋肉質の大男。
口枷をはめ、目には包帯、両手には巨大なハンマーだ。
出たな。またお前か。
大男はすでにこちらの存在に気付いていたのか、扉が開くやいなやハンマーを振り下ろしてきた。
素早く後方に飛ぶ。
目前を通過する巨大なハンマー。それは床を打つと、大きな音を響かせる。
残念、ハズレだ。
パシュンと風を切る音がした。
それは大男の胸に吸い込まれるように刺さる。
アッシュが矢を放ったのだ。
「何で狂信者がこんな所に……」
ところが、アッシュの口から出たのは喜びではなく
明らかに、異常事態だと分かる。
――たしかにコイツは異常事態だな。
周囲を見渡すと、他の扉がつぎつぎと勝手に開いて、中から巨大なハンマーを持った大男たちが現れたからだ。
「ウソだろ……」
ケーブリーザードのような魔物なら扉を開いたりしない。
だが、扉の先にひそむのが人型ならば?
我らが狩られる番というわけだ。慣れさせたところでこれとは、やってくれる!
だが、狂信者と呼ばれた大男の数は八。この程度なら問題はない。
――今は。
「んぐ~」
くぐもった声が聞こえた。発生源は目の前の矢が刺さった大男。
クロスボウの矢一本程度ではきかないらしい。元気いっぱいハンマーを振りかぶってきた。
ゴン、ゴゴン。
ハンマーが床に落ちる。
私が大男の首を切り落としたからだ。
大男どもは、いっせいにこちらを見た。
やはり彼らの索敵方法は、匂いと音。
アッシュに部屋から出るぞと指でしめす。
コクリとうなずきかえすアッシュ。
だがそのとき、スーと音もなく、ひとつの扉が開いた。
――やはり来たか。
中にいたのは体長は一メートル程の奇妙な生き物。
蝙蝠のような羽を持ち、顔らしき場所からは細長い管が三つ、ニュッとつきだす。
管の先端にはそれぞれ大きな目と口が付いている。
その姿は鳥のようでもあり手足の長い赤ん坊のようでもある。
ムッ! 老婆ではないのか?
パシュリと音がしてクロスボウの矢が飛ぶ。
アッシュの矢だ。狙いは新たに出現したグロデスクな化け物。
しかし、その矢は扉に当たり軌道を変える。
グロデスクなバケモノが触手を伸ばし、閉める扉で矢を防いだのだ。
「インプだ、早くアイツを!!」
焦るアッシュの声。
彼は次の矢を装填すべく、弦を引く手に力をこめる。
確かに嫌な感じがする。あれは得体が知れない。
腰に装着したスローイングナイフに手を伸ばす。
――そのとき敵に動きが見えた。
大男どもがインプのもとへと集まり、隊列を組みはじめていた。
いっぽうのインプはというと、扉に隠れたまま大男の体に触手を伸ばし、それを縮めるとともに瞬時に大男の背にかくれてしまう。
やるな。これではナイフで狙えない。
これでやつは老婆同様、目となり大男どもを背後から操るつもりか。
面白い手だ。だが、そんなものに付き合ってはいられない。
そちらが防御を固めるなら、こちらはさっさと退却させてもうらうとするか。
「……de……ku………………o…………」
なにかが聞こえた。
見れば隊列を組んだ大男の隙間から覗かせる口がある。
インプだ。細長い管の先端についた口が気持ち悪く動き、声を発している。
だが、何と言っているか聞き取れない。
「…………………clumsy hand」
ガシャンと音がした。
足元には剣が落ちている。
これは――私の剣だ。
硬く握り込んだはずの剣が、するりと手から滑り落ちたのだ。
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