第31話 見えない力

 手から剣がスルリと落ちた。

 何だ? 汗で滑らしたのか?

 何たる醜態しゅうたい。慌てて剣を拾い上げる。


 ガシャン。

 しかし、拾ったはずの剣は、また滑り落ちてしまうのだ。


 これは!? アッシュへ目を向ける。

 すると、彼もわたし同様クロスボウを床に落としており、ふたたび拾おうとするもうまく掴めないでいた。


 汗で滑らせたワケではないな。

 まさか、あの言葉か? あの得体の知れない言葉が私の剣を落としたと?


 馬鹿な。では、こちらはどうだ。

 投擲すべく、腰に装着したスローイングナイフを抜く。


 カラン。

 ところがスローイングナイフは、またしても私の手から滑り落ちていくのであった。

 どうなっている! 指先に力が入らず、柄を握ることができない!! まるでマヒしてしまったかのようだ。


「アッシュ、引くぞ。武器なんぞ置いていけ」


 このあと魔物に遭遇する可能性を考えれば、武器を置いていくのは避けたいところだが、しかたがない。ここにいるよりはマシだ。

 アッシュもこの意見には賛成のようで、クルリと身をひるがえすと入って来た扉に向かって走り出した。


 私は素手ながらも、大男どもに対峙する。牽制だ。

 背中を向けられると襲うのは捕食者としての本能であろう。アッシュが扉を開くまで時間をかせぐ。


「アニキ~、だめだ扉が開けられない」


 だが、アッシュは今にも泣きそうな声を上げる。


「クロスボウと同じだよ~。滑ってノブを握れないんだ」


 クソッ、しまった。ドアノブか。

 ノブをひねらねば扉は開かない。


 大男どもはじわじわと、こちらに向かって来る。

 前列三人、中列三人、最後尾はインプが張り付いた大男と、しっかりと陣形を組んできやがった。


 どうする? 武器なしでこいつらと戦うのか?

 得体のしれない力を使うインプとやら。

 そして、死をも恐れぬ大男ども……。


 ――フン、上等だ。

 われらの退路を断ったのは間違いだったと後悔させてやる!


 雄たけびを上げると走り出した。

 その叫びに反応して三人の大男がハンマーを振り上げる。


 食らうか!

 ハンマーの軌道を見極め、横へ旋回。すると動きについて来れぬ大男のハンマーは空を切った。


 一気に距離をつめる。

 大男は後だ。まずはインプを狙う。

 が、前を守る別の大男に進路を塞がれた。

 チッ、しっかり連携がとれてやがる。


 横から唸りを上げて巨大なハンマーが迫って来た。

 脚に力を込め上空に飛ぶ。

 

 ゴキン。

 ひとりの大男の顎を膝で打ち抜いた。

 鈍い音とともに大男の首は背中側へと折れ曲がる。


 まずは一人。

 だが、息つく暇はなかった。

 背後から接近してくるなにかを感じ取る。


 見るより先に横へ飛ぶ。

 巨大なハンマーが私の脇をかすめ、首の折れた大男の体を打った。


 胸部を陥没させ吹き飛ぶ哀れな大男。

 仲間に対する気遣いなど皆無か。

 だが、同情する気持ちはない。

 すぐさまハンマーを振るった者の顎先を掌底で打ち抜く。


 ペキリ。大男の頭部はくるりと反対側を向いた。

 これで二人目。


 ふいに何かが飛んでくるのが見えた。

 くるくると回転をしながら接近する巨大なハンマーだ。

 投擲か!

 かがんでかわす。風切り音とともにハンマーは頭上を通過する。

 チッ、かわしづらい瞬間を狙ってきやがる。やはりインプとやらが指令をだしているのか。

 この大男ども、司令塔たる目があると途端に厄介となる。


 ハンマーを投げたであろう大男が、素手で私を掴もうとしてきた。

 動きを封じられてはたまらない。上体をそらし、大男の膝を蹴り抜く。

 メキリ。

 骨を砕く感触が足に伝わった。

 大男は大きく体制を崩す。

 もう一撃。

 踏み込むと、肘で大男の顎を打ち抜いた。

 手ごたえあり。大男は力をなくし、ペタンと座り込む。

 これで三人目。残すは四人と一匹。


 ドン!

 大きな音と衝撃。

 気づいたときには、そらへ身を投げ出していた。

 視界はグルグルと回転し、硬い壁に当たってやっと止まる。


 なんだ? なにがどうなった?

 カハリと息が漏れる。肺の空気が押し出され、息が詰まる。

 近くを見ると、首がねじれ背中が陥没した大男の体が転がっている。

 そうか、大男は仲間もろともハンマーで私を打ったのだ。

 掴みかかってきた者は捨て駒。その背を打ち、私を吹き飛ばした。

 捨て駒になった大男も承知の上での行動だろう。

 仲間のみならず、自身の命すらかえりみない、正に狂信者だ。


 残す狂信者はこれで四人。ハンマーたずさえ近づいて来る。

 クソ! 息ができないばかりか、足に力も入らない。

 脳震盪のうしんとうをおこしている。


 狂信者の背中から何かが顔を見せた。

 ニョロリと長く伸びた目と伸びた口。

 目はこちらを見詰めたままクネクネと身を躍らせ、口は大きく横に開くと、白い歯を見せる。

 インプだ。笑っているのか。

 

「こっちだ、化け物」


 アッシュの声がした。彼は狂信者どもの注意を引こうと、挑発を始めた。

 よせ、お前では歯が立たん。


 ふー、と深く息を吐く。

 お前は誰だ。壊し屋と呼ばれた男は何処へ行った?

 自身に問いかける。

 こんな所に座り込んで何をしている。子供を犠牲にして自身の体力の回復をはかるつもりか?

 目の前にいるのは何だ? お前の獲物では無かったのか?

 ……そうだ、あれは私の獲物だ。そして私は――


 口からけもののような咆哮ほうこうあふれた。

 脚に再び力が宿る。立ち上がって狂信者の集団に向かって行く。


 狂信者がハンマーを振りかぶるも、更に脚に力を込め、体ごとぶつかる。

 狂信者ども数人を巻き込んで地面へと転がった。

 この機を逃すな。

 素早く立ち上がると、狂信者の顔面に膝を打つ。

 そして追い打ち。

 頭部目がけて肘を何度も振り下ろした。

 五人目。

 次は誰だ? 私は跳ねる様に横に飛ぶと、別の獲物に飛び掛かっていく。


 膝を打ち、押し倒し、顔面をひたいで打ちすえる。

 さらには首筋に噛みつき、相手の肉を引き千切った。

 これで六人。

 荒い息を整えながら最後の獲物を見すえる。

 残る狂信者はインプが取り付いた一人のみ。


 終わりだ。

 インプ目がけて駆けていく。

 が、そのとき。気味の悪い囁き声が響いた。


「A foot……lead…………disturbed」


 私の足が鉛になったかのように重くなった。

 しまった、今度は足か。


 ――だが、もはや手遅れだ。

 この程度で私の歩みを止める事は出来ん。

 足を引きずりながらも、一歩一歩着実にインプとの差を縮める。


 コツリとハンマーが足に触れた。

 床に転がった狂信者のハンマーだ。

 そして気がついた。

 いつのまにやら指先に力が入るようになっていることに。

 なるほど。手の自由と足の自由。

 二つの力を同時には使えないわけか。


 ……ふふふ、こんな結末になるか。前方を見て自然と笑みがこぼれた。

 私はゆっくりと足元にあった巨大なハンマーを手に取る。

 狂信者はこちらに向かって来ず、じりじりと私から距離をとる。その背後には私達が入って来た扉。

 逃げる気なのだろう。私の足を重くしたのはこの為か。だが……。


 狂信者がこちらに歩み寄る。インプの絡みついた長い手足が狂信者から離れる。

 そしてインプは身をひるがえし扉の方へ飛――


 グシャリという音がした。こっそり忍び寄っていたアッシュがメイスでインプの体を叩き潰したのだ。


 歩みを止める狂信者。急に指令が無くなったからか?

 まあいい、さよならだ。

 私は狂信者の頭部にハンマーを振り下ろした。

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