第29話 地下二階

 一匹のコボルドの遠吠えが響いた。

 それを皮切りに、コボルドの群れは一斉に走り出した。


 三十は下らない。歯をむき出しにして荒れ狂う川のように迫ってくる。

 アッシュはクロスボウを、私はありったけのスローイングナイフを飛ばす。

 

 三匹、四匹、五匹。矢とナイフが刺さったコボルドは体勢を崩し倒れ込むと、後ろから押し寄せる者どもに飲まれ消えていった。

 コボルドどもに仲間を気づかう素振りは見られない。我らだけを見つめ、仲間を踏みつけ押し寄せてくる。

 

 コイツはマズイぞ。

 アッシュはクロスボウを捨てメイスを構えた。

 私は防波堤になるべく、前へおどり出てコボルドどもを迎え撃つ。

 

 来た!

 先頭のコボルドが射程に入るのに合わせて大きく剣を振るった。

 コボルド三匹の体が真っ二つとなり、回転しながら飛散する。

 だが、コボルドどもはひるむ様子はない。

 次から次へと襲い掛かってくる。


 さらに剣を振るう。

 横へと回り込もうとした三匹のコボルドを切り裂いた。

 ミチリと音がして、骨を砕く感触が手に残る。


 今度は背後に回ったコボルドを斬った。

 これで七匹目。

 それでもコボルドどもは、お構いなしに押し寄せてくる。


 恐怖心がないのか。

 さらに二匹を仕留める。

 これで九匹目か。なかなか骨の折れる作業だな。


 すると、ここでようやくコボルドどもの動きに変化が見られた。

 私をグルリと取り囲んだまま距離をとったのだ。

 さすがにコリたか?


 いや、ちがう。コイツは……。


 一匹がタンと床を足で打ち鳴らすと、いっせいに飛びかかってきた。

 クソ、やけに統制がとれてやがる。


 私は剣を腰だめに構えたまま、彼らに身体ごとぶつかっていった。

 これで陣形を崩す。

 コボルドの牙や刃が背中をかすめるが、かまわず剣でなぎ払っていく。


 突き、払い、打ち下ろし。

 とにかく目に付く限りコボルドを斬っていく。

 もう何匹斬ったか分からない。

 気づけばコボルドの数は十匹ほどになっていた。


 ふとアッシュに目をむければ、彼は壁を背にコボルドの猛攻をしのいでいた。

 いいぞ、アッシュ。さっそくメイスが役に立ったな。

 そのままムリに攻撃しようとせず、防御に専念しろ。

 すぐに残りを片付けて助けに向かう。


「ウォ~ン」


 とつじょ大きな遠吠えが響いた。

 私とアッシュを取り巻いていたコボルドどもが、いっせいに引き上げていく。


 撤退するのか?

 通路の奥を見るとこの戦いに参加していない者がいた。

 全身真っ白な毛で覆われており、他より一回り大きい。

 あれが群れの頭か。


 その白いコボルドは、仲間が撤退する間ずっと私を見ていた。

 その瞳から感じるのは激しい憎悪。

 やがて全てのコボルドが撤退し、白いコボルド一匹となる。


「グルルル」


 白いコボルドは最後に低く唸ると、おのれも背中を向け通路の奥へと消えて行った。


 終わったか。

 こちらが予想以上に手強かったため引きあげたのか。全滅するまで戦うほど愚かではないらしい。

 しかし、やっかいなことだ。

 貧弱なコボルドなれど、統率する者が現れると急にやっかいになった。

 油断してると足元をすくわれそうだ。

 ……恨みも買ったしな。


 どさっと音がした。振り向くとアッシュが地面に膝をついていた。


「ぶはー、助かった」


 敵の姿が見えなくなり緊張が解けたのであろう、メイスを杖がわりにして彼は荒い息吐いた。


「しかしアニキ強えな。コボルドがチリみてえに吹き飛んでたよ」

「後ろから矢でも射られない限り、そうそう私はやられたりしないさ。それよりアッシュ、お前は大丈夫か?」


「アニキんとこにウジャウジャと集まっていたおかげで助かった。どこも怪我してない。それよりアニキこそ大丈夫かよ、結構噛まれてたんじゃないか?」


 体を確認してみる。目の届く範囲に大した傷は無かった。ヨロイにわずかにナイフがこすれたようなキズと、噛み傷があるだけだった。


「背中はどうだ?」


 アッシュに尋ねる。


「ちょい待ち」


 そう言って立ち上がると、アッシュは私の背中を眺めていく。

 

「ん? 何か白いのが刺さってるよ」


 彼は手を伸ばし、なにかをつまむ。

 軽く引っ張られる感覚の後、アッシュが何かを差し出してきた。


 先端が細く、長さ十センチ程の湾曲した白い物体。コボルドの犬歯だ。

 それはやがて手の平でフワッと黒い煙に変わり空気に溶けていった。


 通路に転がる息絶えたコボルドも次々に煙に変わり、青い宝石を残していく。

 私はそれを見て、何とも言えない気持ちになった。


 彼らは何の為に生まれ、何の為に死んでいったのか?

 生きることは、他者の命を奪うことだ。

 生きる為に食らい、誰かを生かす為に食らわれる。


 だが、彼らは違う。

 食ったとしても、食われることはない。

 死んで煙となるからだ。そして、ジェムを残す。

 では彼らは、人にジェムを運ぶ為だけに存在しているのか?


「やったぜ! 大収穫だ」

 

 床に散らばったジェムを集めるアッシュを眺める。

 彼も私と同じ疑問を抱いた事があるのだろうか。

 ジェムのためにバケモノを倒すその不自然さに。

 

 ――ここでフッと笑いが漏れた。

 何を他人ごとのように。

 私もジャンタールに生きる者となったのだ、くだらない感傷など置いておいて、生きるためにジェムを拾いますかね。

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