第28話 一歩先へ
ブン。
メイスの風を切る音が聞こえる。
アッシュがスケルトンより奪ったメイスを振り回しながら歩いているのだ。
斧、剣などもあったが彼はメイスを選んでいた。
刃のある武器とちがい、メイスはあてる面を考えなくてよい。いい選択だと思う。
それにこのメイス、他の武器と比べ質が良いようだ。
全体が銀色の金属で出来ているにもかかわらず、さほど重くない。
殴打するべき柄頭は、コブがいくつもついており、十分な殺傷能力を有していると思われる。
そして、回収した防具だが、すべて換金予定である。
サイズが合わない、整備をされていないでは、とても身につける気にはなれないからだ。
これらの物資はヒモでまとめ、背負い袋にくくりつけている。結構な量だ。
荷物持ちとして、今後ロバを連れてくるかどうか悩むところだ。
積載量が増えるのはいいが、バケモノからロバを守る必要もでてくるからな。
ブンブンブン。
アッシュはメイスを振り続けている。
だが、その動きに少し変化があった。
腰のベルトに柄を突き挿したかと思うと、すぐ引き抜いて構えたのだ。
ふふ、まるで子供だな。
アッシュはメイスを振るったり、ベルトに突きさしたりと、せせこましく動いている。
まるで欲しかったオモチャを買い与えられたみたいだ。
たぶん、アッシュが欲しかったのは近接用の武器。
ちょうどメイスが手に入ってご満悦なのだろう。
そのアッシュは、私の視線に気づくと、とたんに真面目くさった表情を作る。
それがまた笑いを誘うのだ。
「フフッ」
思わず鼻から息が抜ける。
アッシュはそれを見て口を尖らせた。
そうこうしているうちに、入り組んだ分かれ道を抜け、やがて一つの扉へとたどり着いた。
慎重に扉を開け、中の様子をうかがう。
魔物と思わしき姿は見えず、壁に大きな穴があるのみだ。
穴の大きさは直径三メートルほどで、側面にゴツゴツとした岩肌が見えていた。
まさに自然の洞窟といった感じだ。
人工的な壁だらけのこの迷宮では、違和感がすさまじい。
さらに穴の足元、人工的に作られた階段がある。
「こっから先が地下二階だよ。すごく稼げるんだ。そのぶん敵の数も多いけど、アニキなら大丈夫」
大丈夫か。
たしかに私は大丈夫だが。
問題はおまえだ、アッシュ。
自分で身を守れるか?
敵の数が多いならば、私一人では守り切れんぞ。
「そんな奥には行かないよ、いい場所があるんだ。そこで稼いだら引き上げようよ」
アッシュは続けて言う。
ふむ、今日稼いだ額は十ジェム。スケルトンの残した武器防具があるとはいえ、いささか心もとないのも確かだ。
それに一度帰ったとて、こちらの人数が増えるわけではないからな……。
「よし、行くか」
「やった! そう来なくっちゃ」
私の答えを聞いて、アッシュは鼻息荒くメイスを振り回すのだった。
――――――
洞窟を抜け、地下二階へと降り立った。そこは
部屋の大きさは十メートル四方程度で、正面と左右それぞれに扉がついている。
魔物はいない。アッシュのすすめにしたがい、正面の扉を開いた。
扉のむこうは真っすぐな通路になっていた。
前を歩くのは私で、そのやや左後方をアッシュが追う。
どれぐらい歩いたろうか、長い通路は前方で左右に分岐していた。
いわゆる
階段をおりて、ここまで魔物に会っていない。
どうも、扉を開けた先、部屋になっている場所で遭遇することが多い気がする。
――などと考えていると、分岐路の先、何かの足音を聞いた。
トットットット、と一定の周期で繰り返す足音。数は多くない。二人、いや、四足歩行の動物か?
立ち止まり、武器を構える。
やがて、左の通路から犬が現れた。
全身茶色の毛で覆われ、口にはナイフを咥えている。コボルドだ。
コボルドはこちらに気付く素振りもなく、通路の反対側へと消えていく。
やけに無防備だな。気配を殺し、後をつける。
分岐部を右に折れると次は左。前方のコボルドは、さらに次の角を右に曲がるところであった。
「チッ」
アッシュは舌打ちをし、コボルドの後を追おうとする。
私は待てとその肩に手をかける。
不自然だ。
獣特有の警戒心が感じられない。たとえ化け物だとしても、動物の本能は持ち合わせているはずだ。
いったん引くぞ。
アッシュに親指で後方に下がるよう指示すると、警戒しながら後退していった。
コボルドを発見した分岐路まで戻る。
すると通路の向こうから複数のコボルドが姿を見せた。
チッ、やはりワナか。
振り返ると、先ほど追っていたコボルドが引きかえしてきている。しかも仲間を連れて。
あのまま追っていれば、挟み撃ちになっていたところだ。
前方、後方、どちらも群れと言っていい規模だ。総数は三十をゆうに超える。
「ちょ」
アッシュの慌てる声が聞こえた。
「走るな! ゆっくり左だ」
激しい動きは攻撃の呼び水となりかねない。
ここは幸い丁字路。
視線を切らず、慎重に元の通路まで引き返すのだ。
「どうすんの? 階段まで走る?」
「だめだ。絶対に背を見せるな」
背を向けようものなら追いつかれてガブリだ。
逃げた者を襲う。それが動物の本能だ。
コボルドの群れを視界に収めながらジリジリと後退する。
アッシュはクロスボウをかまえ、私はスローイングナイフに手を伸ばす。
このまま階段まで後退はムリだろうな。
わざわざ誘い込んだのだ。いまさら逃がしはすまい。
――そのとき。
「ウォ~ン」
遠吠えがした。
いっせいに駆けだすコボルドたち。
アッシュは矢を、私はスローイングナイフを放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます