第27話 注文の多い仲間
迷宮を歩く。
あいもかわらず無機質な壁が続いている。この代り映えのしない景色に少々げんなりする。
自然の洞穴は同じように見えても少しづつ異なる。職人が手がけたものもそうだ。
ここジャンタールではほとんどのものが寸分たがわぬ正確さで作られている。
その技術には驚くが、それゆえ見分けがつかないし、なにより退屈だ。精巧すぎるのも考えものだな。
「アニキ、いっぱい稼ごうぜ」
一方、鼻息が荒いのはアッシュだ。
どうやら欲しい武器があるらしい。稼いでそれを買いたいのだと。
そういえば武器屋の途中から急に喋らなくなった。
ずっとそのことを考えていたにちがいない。
けっきょく防具屋をでて、すぐに迷宮におもむくこととなったのだ。
パシュリ。
クロスボウの矢が飛ぶ。
アッシュが放った矢は、前方を走る動物に突き刺さった。
「キュー」
ネズミだ。
ネズミといってもけっこう大きい。体長は約八十センチ、短く丸い耳にゴワゴワした毛並み、発達した前歯は長く鋭い。
ネズミは悲しげに鳴くと、黒い煙となり青い宝石を残した。
「よしっ」
アッシュは小さくコブシをにぎる。
やるじゃないか。
アッシュによると、このネズミはカモなのだそうだ。
弱いわりにしっかりジェムを残す。
むろん、あの鋭い前歯で噛まれては大ケガだろう。それが群れで押し寄せれば人間などひとたまりもない。
しかし、こうして数匹がチョロチョロしているだけならば、おいしい獲物となる。
それにしてもいい腕だ。
あんがい稼ぐとなるとアッシュの方がむいているのかもしれない。
彼は今も二匹目をしとめ、さらに次を狙おうと、クロスボウの矢をセットしている。
「大漁、たいりょう」
すでに五匹のネズミがジェムとなった。
それを回収するアッシュは鼻歌まじりだ。
稼げるのはいいことだ。
だが、注意しろ。調子がいい時ほど、思いもよらぬ落とし穴が待っていたりするものだ。
前方の曲がり角にまた巨大ネズミが現れた。
どうやら走っていたようで、われらの姿をみて驚いたように立ち止まる。
「スキだらけ! いただき!!」
アッシュはクロスボウの狙いをさだめる。
いや、待てアッシュ。あのネズミの動きは――
パン、と音がしてネズミが宙を舞った。
血しぶきをあげたまま、向こうの壁へと衝突する。
新手だ。
四体の人影が姿をあらわすのだった。
「スケルトン!」
でてきたのは四体の骨。
それぞれが粗末な皮鎧と小さな盾を持ち、一体は剣、もう一体はメイス、あとの二体は小型の斧を握りしめる。
なるほど。死霊(スペクター)のつぎは動く骨か。景色には退屈しても敵には退屈しなさそうだ。
巨大ネズミを吹き飛ばしたのはあのメイスだな。
骨だけのくせにずいぶんと怪力だ。
しかし、ほんとうに思いもよらぬ落とし穴が待っていたとは。
「やった! アニキ、今日はツイてる。コイツら金になるんだ」
しかし、アッシュは喜んでいる様子。
意外だな。落とし穴ではなく、またしてもカモだったか。
パシュリ。
アッシュが矢を放った。距離をつめられる前の先制攻撃。
ところがスケルトンは、矢を盾で防いでしまう。
こいつは手ごわいぞ。
アッシュはしっかりとスケルトンの頭部を狙った。しかし、この骸骨は素早く反応し、盾で守ったのだ。
ネズミを吹き飛ばした腕力もさることながら、反応速度も並ではない。
アッシュ、こいつらほんとうにカモか?
「アニキ、頼む!!」
そのアッシュはというと、背中を向け逃げ出していた。
……なるほど。
私をアテにしてのカモか。
いい性格してる!
四体のスケルトンは武器を振りかざし、猛然と襲いかかってくる。
私はメイスをもったスケルトンに狙いをしぼると、上段から剣をふるう。
ベキリ。
スケルトンは私の剣を盾で防ごうとしたが、その盾ごと体を粉砕してやった。
「ああ! 盾が!!」
後方でアッシュが叫ぶ。
しかし、気にしているヒマはない。別のスケルトンが斧を振りかざしてきた。
素早く剣を切り返す。
斧を持つスケルトンの腕を切り落とすと、頭部さらに一撃を加える。
ベキリ。
やはりスケルトンは盾で防御。それを粉砕して頭部を破壊する。
あと二体。
ここでまたアッシュが叫んだ。
「こいつらの持っている武器と盾を売るんだよ! 換金す……」
スケルトンの斬撃。剣、斧と続けてふるわれるそれらをかわす。
なかなかに鋭い振りだ。バックステップで少し距離をとる。
で、なんだってアッシュ。武器を売る?
後半は聞き取れなかったが、だいたいわかった。
こいつらが持つ武器防具を売りたいから壊すなってことだな。
しかし、それはちと骨が折れるぞ。ヘタに手加減してはこちらの身があぶない。
……まあ、やれるだけやってみるか。
斧を振りかぶるスケルトンに前蹴りを放つ。
盾で防御するスケルトン。だが、その体はふわりと浮いた。
軽いな。体重がないから踏ん張りがきかないのか?
そのまま盾の上からスケルトンを踏みつける。バキリと音がして四肢が砕けた。
もろい。
なるほど。少しずつ、こいつらの特徴が分かってきた。
残りの一体と対峙する。
剣を持ったスケルトンだ。さてコイツはどう調理するか。
まず剣を振るう。狙うは頭部。
スケルトンはまたもや器用に盾で頭部を守る。
だが私は途中で剣を止め、無防備の脚に蹴りを放った。
ベキリ。
スケルトンの脚は砕け、地面に膝をつく。
もう一撃。
今度は剣を振り下ろすと見せかけてすくいあげた。
するとスケルトンは振り下ろしに反応して盾で頭部を死守。結果、すくいあげた剣で体を分断されることとなった。
やはり、想定外の動きには弱いようだ。
「アニキ、とどめを」
スケルトンの弱点は頭部らしい。アッシュが言うには頭部を破壊しないかぎり襲いかかってくるのだと。
私はスケルトンの頭部をしっかり踏みつけ、彼らが黒い霧となるのを見守った。
「やったぜ! たんまり儲かった」
アッシュはスケルトンの残したジェムと武器防具を集めていく。
盾にヨロイ、剣にメイスだ。ジェムは青色四個だったが、なかなかの収入になりそうだ。
「なあ、アッシュ。コボルドはナイフを持っているよな。あいつらはそれを残さなかった。なのにスケルトンは持ち物を残すのか?」
なんとも一貫性がない。そういうものだと言ってしまえばそれまでだが、物事には必ず因果関係がある。
理解が及ばずとも、法則ぐらいは知っておきたい。
「う~ん……たしかにコボルドはナイフを残さないね。聞くところによるとナイフに魂が宿ってるんだとか。ナイフを破壊したら死んだみたいな話を聞くし。よくわかんないね。俺はあんま深く考えたことはないなあ」
ふむ、ナイフに魂がね。
常識では考えられないが、そんなものかもしれないな。
「ではネズミやケーブリザードなどはどうだ。最初からあのように巨大なのか」
「いや、小さい奴もいるよ。でもそいつらはジェムを持っていないね。持ってるのはデカい奴だけだよ」
なるほど、元々小さい個体が何らかの理由で巨大化して魔物となったかもしれないな。
ならばコボルドはどうだろうか、子供のような個体がいるのだろうか?
つづけてアッシュにたずねてみた。
「見た事ないね」とアッシュ。
それもそうか、犬と人間の混合自体あり得ない事だからな。
犬が魔物化したとて、巨大な犬になるだけであろう。
生まれながらにして魔物である者と、何らかの外的要因で魔物化する者とがいる訳か。
「アニキ。何か今日は稼げそうな気がする。まだまだ時間あるし、もっと奥にいこうぜ」
アッシュはそう言ってはしゃぐが、一抹の不安がよぎる。
三度目の正直って言葉もあるしな。
とはいえ、稼げる時に稼ぐのは悪いことではない。
「ああ、行こう」
そう返答をすると、迷宮の奥へ足を進めていった。
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