第26話 武器屋

「なあ、アニキ。武器見にいかないか?」


 その言葉に驚いた。

 昨日酒場で飲み食いした結果、残った金額は3ジェム。アッシュにいたってはゼロなのだ。

 それが武器屋? 


「何しに行くんだ?」

 

 当然の疑問が口に出る。

 物価を確かめるため行くのは悪くはない。

 だが、ここで生まれ育ったアッシュには無用のものだろう。こちらに気を利かせて提案してくれたわけでもなかろうに。


「ん~、気分転換?」


 アッシュは首をかしげてそう答える。

 そうか、気分転換か。じゃあ、しょうがないな。

 私としても武器防具は見ておきたい。軽く朝食をすますと、武器屋へと向かった。


 カチャリ。

『WEAPON』と描かれた扉をひらく。場所は宿屋から目と鼻の先だ。

 中に入ると、まず目を引くのは壁に飾られた武器の数々。打ち付けた金属の杭にひっかけるように、いくつも展示してある。


「いらっしゃい」


 声をかけてきたのは、白いチュニックを着た髪の短い男だ。

 年の頃は二十代後半だろうか、短い袖から見える二の腕の筋肉が、力強さを感じさせる。


「とりあえず見せて貰っていい?」

「ああ、ご自由に」


 アッシュがたずねると武器屋の男は短く返事をした。

 ぶっきらぼうだが印象は悪くない。よくも悪くも職人かたぎといった感じの男だ。


 私は壁に飾られた武器を見ていく。とりあえず欲しいのは槍か。得体のしれないバケモノと対峙するのだ、相手との距離を保てる槍は心強い。


 とはいえ槍と言っても様々な種類があった。短いものから長いものまで、投擲を主にしたものもある。

 また、材質もさまざまだ。すべて金属でできたものから、先端にのみ鋭利な金属がはめられているものなど。


 その中で私が手に取ったものは、木製の槍。穂先と石突のみ金属だ。

 長さは私の背をすこし超えるぐらい。これなら迷宮での取り回しも悪くない。


「そいつはサンプルだ。気に入ったのがあったら奥から新しいのを持ってきてやる」


 武器屋の店主に声をかけられた。

 サンプル?

 なるほど、見本か。

 たしかに、槍には壁から続く金属製のヒモがついている。盗難防止だろう。

 こうして実際に手にもって確認できるのはありがたい。


「いや、今回はいい。あいにく手持ちがなくてね」


 槍には値札がついていた。

 それによると320ジェム。全く足りない。

 槍をもとに戻すと、店主へ向き直る。


「すこし尋ねたい。アシューテという名に聞き覚えは?」


 実はこれが一番の目的だ。

 彼女が迷宮の奥へと向かったなら、武器防具を買い求めている可能性も高いだろう。


「アシューテ、アシューテ……。いや、わからないな。尋ね人か?」

「ああ」


「特徴は?」

「二十代後半。背はわたしの肩ぐらい。真っ赤な髪で意志が強そうな目をした女だ」


 武器屋の男はしばらく考えたのち答える。


「確証はないが、以前よく見た客に似ている。かなりの美人だった。そういえば最近見かけないな」


 そうか、宿屋で聞いた話と同じだな。

 となると、長い間迷宮から帰っていないのだろうか?

 生存は、ちと厳しい気もするな。


 だが、手紙の件がある。あれがいつ、どこでだされたかが問題だ。

 ジャンタールの街からなのか、迷宮内からなのか。


 わたしが思うに、迷宮からだされたのではないだろうか?

 手紙には「救援を待つ」と書かれていた。

 彼女なら可能性がある限り前へと進もうとするだろう。

 「待つ」といった表現を使ったならば、おそらく迷宮内のどこか身動きがとれぬ場所にいるのではないか。


 それに、たぶん街には手紙をだす手段はない。

 ここには外から来たものも多い。手紙が出せるなら、とうの昔にみな出しているだろう。

 しかし、届いた手紙は、アシューテただ一人からのものだ。


「まずはこちらが生き残るのが先だな」


 ポツリとつぶやいた独り言だったが、店主はそれなりに察したようで、なにも聞き返してこなかった。




 つぎは防具屋へとむかう。二軒どなりの『ARMOR』と書かれた扉だ。


「毎度」


 中に入ると四十ほどの男性が出迎えてくれた。

 髪はやや少なめで、それを補うかのように立派な髭を生やしている。


「見ない顔だね。説明がいるかい?」

 

 人懐っこい笑顔を見せる男の問いに私はうなずく。


「陳列されている物は全て展示品だ。自由に着てもらっても構わない。声をかけてくれれば体にあった寸法の物を出すよ」


 男の説明を聞きながら品質と値札を確認していく。

 革鎧、鎖帷子、金属鎧、兜、盾、さまざまな種類がある。そのすべてが驚くほど精巧で、刻印や装飾も見事な出来栄えだった。

 それだけではない。


「軽いな」


 全身ヨロイを手にして驚いた。

 まるで布のような軽さなのだ。

 見た目は金属、しかし、片手で楽々と持てる。


「だが、使い物にならんな」


 ヨロイを両手で引っぱると、簡単に変形した。

 こいつは見た目だけの粗悪品だ。


「ははっ」


 そんな私を見て店主が笑う。


「なんだ? なにがおかしい」

「あんた外から来た人だね。そいつはね、流体金属といって形が変わる金属なんだ」


「流体金属?」

「ああ。ゆっくりと力を加えると変形するが、素早い衝撃はすべて跳ね返すんだ」


「ほう」

「体に装着するときは、ゆっくり引っ張る。だが、形を覚えており、すぐに元に戻る。ためしに叩いてみろ」


 そう言われ、鎧に素早くコブシを落とす。

 すると、あれだけ柔らかかったヨロイが、まるで岩のようにびくともしなかった。


「すごいな」


 これならば迷宮の探索に心強い味方となってくれるだろう。

 いわいる全身鎧といったものは重く通気性が悪いうえ、一人で装着するのが困難だ。

 それらすべてを解消してくれる。


 だが、問題は値段だ。

 ヨロイに貼られた手書きの数字を見る。


 『10000ジェム』


 一万……。

 ケーブリザード一万匹か。さすがに買えそうもない。

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