第22話 アッシュの腕前
部屋の中に入ると、ひんやりとした空気が流れた。
何かがいる!
暗闇にうごめく複数の影をとらえた。
体長約1,5メートル。四つの足に大きな尻尾。
ケーブリザードだ。
巨大なトカゲが数匹壁に張り付いていた。
しかし、こいつは……。
ケーブリザードは暗く湿った場所を好む。
洞窟などでよく見かける生き物だ。
だが、大きさがケタ外れだ。よく見るケーブリザードはせいぜい手のひらぐらい。
ケーブリザードはこちらに気がつくと動きを止める。
その数、五。――いや、七か。
見上げれば天井に二匹、張り付いていた。
ゆっくりと横に移動、クロスボウの射線を開ける。
ビンと弦が跳ねる音が聞こえた。
アッシュが矢を放ったのだ。それはケーブリザードの胴体に命中、その身をやすやすと貫通した。
ケーブリザードたちはいっせいに動きだす。その向かう先は我々だ。
逃げるのではなく襲ってくるか。なかなか獰猛のようだ。
壁に張り付いた個体は床へと落ちる。天井に張り付いた個体も同様だ。宙に身を投げボトリと床に着地する。
あまり気持ちの良いものではないな。どちらも体をくねらせこちらへ迫る。
驚異的な速度だ。のんきに次の矢を装填しているヒマはなさそうだ。
数歩踏み込んで剣を振るう。
狙いは先頭のケーブリザード。低い体勢から掬い上げるように首を刈った。
続けて次の獲物に向かっていく。
相手の突進にあわせて剣を突く。剣先は顎先から後頭部へとぬけ、ケーブリザードの脳を破壊した。
剣を引き抜くと同時に横に払う。
パグリという音。ケーブリザードの頭部が二つに割れた。
ケーブリザードは割れた頭部のまま、私の横を駆け抜け壁に衝突する。
生命力が高い。油断すると手痛い反撃を喰らいそうだ。
だが、これで仕留めたのは四匹。のこりは三匹。
そのとき、一匹が私を迂回してアッシュへと向かった。
すぐさまスローイングナイフを投擲。ケーブリザードの片目を貫く。
それでも止まらないケーブリザード。
だが、追撃はできない。
目前に別のカーブリザードが二匹、迫っていたからだ。
アッシュ。自分で何とかしろ。
咬みつこうと開く大口めがけて剣を突きいれる。
みごと貫通。ズニュリとケーブリザード背中に剣先が生えた。
もう一匹。
すばやく剣を引き抜き相手の突進に合わせる。
が、ケーブリザードはクルリと反転し、背中をみせた。
逃げる? ――いや。
ベチン!
大きな音が響いた。とっさに受けた左手にズシリと衝撃がはしる。
尻尾による攻撃だ。ケーブリザードがムチのように、尻尾をしならせてきたのだ。
なかなかの威力だ。
これがキサマの奥の手か。だが、残念だったな。私を倒すにはちと足りない。
受けた尻尾をすばやくつかむ。
逃れようと足をバタつかせるケーブリザードを、持ち上げ地面にたたきつけた。
ケーブリザードはピクリとも動かない。
脳震盪でもおこしているのだろう。
柔らかそうな腹が丸見えだ。
そっと剣を刺すと、そのまま縦にひきさいた。
さて、アッシュにむかった一匹はどうなった?
見れば頭部に矢がささったケーブリザードの姿がある。
やるな、しっかりしとめたか。
迫りくるプレッシャーの中、急所をとらえる。なかなかできることではない。
しかし、このケーブリザード意外と手こずったな。
背後に敵をそらさぬよう戦うのはなかなかに難しい。
もう少し連携を考えないといけない。
床に転がるケーブリザードの頭部を踏みつけていく。
虫の息だが、まだ死んでない。反撃に気をつけ、着実に仕留めていく。
フワリ。
ケーブリザードがケムリとなった。
残されたのは青い宝石。
やっと死んだか。しかし、姿が消えるのは分かりやすくていいのかもしれない。
「スゲー音したけど、手大丈夫かい?」
アッシュはなんとも複雑そうな表情だ。
「問題ない」
「普通、盾持ってても吹き飛ばされるぐらいの威力あるんだけどな。アニキ、からだ鉄で出来てんの?」
大げさな。尾の一撃は、確かにかなりの衝撃だった。だが所詮トカゲだ。痛いで済む程度だ。
「くだらないこと言ってないでジェムを集めろ。死んだふりに気をつけてな」
「へ~い」
こうして手にいれたジェムは全部で七個。
すべて青色だったため、7ジェムとなった。労力の割にはささやかのものだ。
「しかし、アッシュ。最初によく矢を射かけたな。七匹いれば多少ためらうかと思ったが」
クロスボウの射線をあけたのは私だ。意図を読み取って矢を放ったのはいいことなのだが、相手の戦力を見極めることも重要だ。
少ない敵をねらう。
それがたたかいの基本だからだ。
「あー、ほんとうは矢を撃ったら部屋から出ようと思っていたんだ。扉を閉めてしばらく待つ、ふたたび開けて矢を撃つ。そうやってちょっとづつ倒していくんだ」
……確かにそうか。トカゲは扉開けられないしな。
何かセコイ気もするがそれが正解かもしれない。
しかし……。
「アッシュ、そういうことは事前に言うんだ」
「いや、ごめん。てっきりアニキもナイフ投げるのかと思って。まさかあの数に剣で切りかかるとは」
迷宮ならではの戦い方か。
お互い、認識の差を埋めなければならないようだ。
この後、密集する扉を一つずつ開けていった。
アッシュは矢、私はナイフを投げて扉を閉める。なんとも楽な戦い方だ。
けっきょく、中にいたのはケーブリザードばかりで、大して苦戦することもなく18ジェムを手に入れることができた。
アッシュによると、ここは穴場的狩場なのだそうだ。小部屋がいくつもあり魔物と出会う確率が高いのだと。
部屋なら扉を盾に戦える。通路と違って時間さえかければ手堅くかせげるんだと。
小部屋で少し休憩をとると、来た道を引き返していく。
18ジェムといささか稼ぎが少ない気もするが、今日はこれで切り上げだ。無理をすることもない。
後ろを歩くアッシュの表情は明るい。金を稼げて気分が高揚しているのであろう、多少の疲れなど吹き飛ぶというものだ。
ちなみに稼ぎの取り分は、私が二に対しアッシュが一だ。
今回の場合私が12ジェム、アッシュが6ジェムとなる。割り切れない分が出たら宿代、飯代にあてる。
負債の天引きは……まあ、いいか。
アッシュが言いだせば受けとればいい。
そうして、真っすぐ続く通路が終わりをむかえたころ、何やら音が聞こえてきた。
チリン、チリン。
鈴の音か? 前方から聞こえてくるようだが。
「アニキ、ヤバい。引き返そう」
アッシュが怯えた声で話す。
先ほどの明るい顔がウソのように、彼の表情は血の気を失っていた。
どうやら歓迎すべき事態ではなさそうだ。
しかし、戻った所で行き止まりなのだが。……部屋に入り、やり過ごそうと?
「わかった」
アッシュの勧めに従い、来た道を戻る。後ろではやはり鈴の音が聞こえる。追って来なければよいのだが。
「スペクターだよ。剣で切っても死なないんだ。矢だって素通りしちまう」
スペクターか。童話であったな。良い子にしてないと夜に連れ去られてしまうと。
確か顔を見たら狂い死ぬとか。
くだらん作り話だと思っていたが、ここジャンタールでは実在するのか。
チリン。
また聞こえた。今度は前からだ!
この先は行き止まり。部屋はすべて見て回ったぞ。それがなぜ!?
チリリン。
背後の鈴の音はさらに大きく聞こえた。
近づいてきている……。
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