第21話 立方体の正体

 でてきた立方体をつまみ上げる。

 大きさはクルミ一個分ぐらいで、光沢のある紙のようなもので包まれている。

 匂いを嗅ぐ。……シチューだ。シチューが染みたパン、あるいはビスケットか?


「アニキ、開けちゃ駄目だよ。そいつはお湯を注ぐとシチューになるんだ。それ一個で一食分だよ」


 なに? 湯を加えるとシチューになる?

 言っている意味がよく分からんが。

 まあ、後で確かめれば良いか。だが、それが事実だとすると、宿で提供されている食事も全てコレなのか?

 いや、違うな。同じならばわざわざ食堂で食べたりはしない。

 ここで食材を仕入れ、食堂で調理をする。そう考えるのが自然か。


 しかし、この食材は何処から出て来たのだろうか?

 製造している場所は?


 ――待てよ。さきほど雑貨店で買った商品も、これと同じではないのか?

 四角い突起物を押すことで出てくる。ただそれを陳列しているだけに過ぎない。


 ようは自分の利益を上乗せして売っているのだ。

 それならば価格が安定しているのも、品切れしないことにも説明がつく。


 この食料品店はカゴ代だ。それが店主の利益となる。

 やり方は違えど、結局は同じことなのだ。


 なるほど。たしかに便利だ。だが、これでいいのか?

 仕組みそのものに人が縛られることになりやしないか?

 

 うまく回っている時はいい。だが、ひとたび不具合が起こったならば、依存しきった人間は成す術がないのではないか?


「アニキ、終わったよ」


 気づけば思考の渦に巻かれていた。

 アッシュの一言で現実に引き戻される。

 見ればアッシュの持つカゴは商品でいっぱい。ずいぶん買ったな。


「これ、返すよ」

 

 アッシュが袋を差し出してくる。

 さきほど私が渡したジェムが入った小袋だ。


 受け取って中を見る。

 ――だが、袋の中にジェムはなかった。

 ただの一つも。




――――――




「ぜんぶ使うやつがあるか」

「ごめん、つい……」


 アッシュと二人で広場の床に座る。

 金がないので、食堂では食べられない。

 買ったばかりの携帯食で腹を満たすしかない。


 トポポポ。

 背後から水の音が聞こえる。

 昨日見た、あの巨大な水瓶だ。

 とめどなくあふれる水が地面にいくつも水路をつくっている。


「アニキ、今日の宿どうする? ジャンタールでは野宿は厳禁だぜ。夜は地下からバケモノどもが這い出してくるからな」


 そうだな。全身目玉だらけの老婆や、目の見えない筋肉男たちと一夜を明かしたくはないからな。


「問題ない。宿賃ならもう払っている」


 宿を出るとき今日の分は払っておいた。

 とはいえ、あくまで今日だけだ。明日泊まる場所はない。


 コポコポコポ。携帯用のコンロにくべた鍋が沸騰した。

 立方体の包みをはがし、器に入れると鍋の湯を注ぐ。

 アッシュによると、これがシチューになるそうだが。


 ふわりとシチューの良い香りが漂ってきた。

 どうやら本当にシチューになったみたいだ。


「一応ただで泊まれるとこあんだけど、あそこあんま行きたくないんだよな」


 器の中身をスプーンでグルグル回しながらアッシュは言う。


「アニキ、地下潜るかい? 昨日の今日で疲れてっかもしんないけど」

「そうだな……」


 ほんとうは地上をもっと見て回るつもりであった。

 しかし、そうも言ってられない。金に余裕がないと人は選択をあやまる。


「はいこれ」


 アッシュが薄く切ったパンを渡してきた。

 先ほど買った携帯食のひとつだ。シチューにひたして口へとはこぶ。


 旨い。

 宿で食べたシチューと遜色ない。大きな具は入っていないが、味は絶品だ。そしてパンがフワフワだ。焼きたてなのか、ほのかに温かい気もする。

 ……不思議だ。

 

 こうして試食をかねた昼食を終えると、スプーンと食器を洗い、水筒を満タンにする。

 ただ、水路からはすくわない。水瓶から溢れでる水で満たす。

 なぜなら辺りの水路には、どこから出て来たのか数人の女達がジャブジャブと服を洗っていたからだ。

 それだけではない。小汚いオッサンが水路に浸したタオルで体をゴシゴシ洗っている姿もあった。


 私の複雑な表情に気が付いたのであろう、アッシュが口を開く。


「この辺はマシだぜ。ちゃんと生計立ててる奴ばかりだからな。奥の貧民区には結構な数の人間が住んでる。ジェムが無くても生きていけない事はないんだ。皆が皆、戦える訳じゃないし。まあ、あんな生活俺は二度とごめんだけどな」


 ここはジェムを中心に回っている。一度輪から外れると戻るのは容易ではないのだろう。

 私もしっかり稼ぐ必要があるか。


「行こうぜ、道案内は任せてくれ」


 そう言って親指を立てるアッシュ。私はうなずくと、背負い袋を担ぎ墓地へ向かうのであった。



『CEMETERY』と書かれた扉を開く。

 あれから半日しか経っていないのに、ずいぶん様変わりしたように見える。

 霧だ。霧がないのだ。

 霧に埋もれるように並んだ墓石はその足元を見せ、往来する人の姿もいくつかある。

 なるほど。これが昼と夜か。


 やがて地下へと通ずる階段が見えてきた。

 私は剣を、アッシュはクロスボウを構え下りて行った。


 階段の先には誰もおらず、真っ直ぐな通路がただ前方に伸びるのみである。

 しばらく進むと道は、右へ分岐していた。


 昨日はここでアッシュ達に襲われたな。そう思いながら見渡すが、襲撃者の持っていた武器や荷物はもちろん、死体すら綺麗さっぱりなくなっていた。

 荷物は誰かが持っていったのだろう。

 そして死体は、魔物に食われたか、動き出して這いずり回っているか。


「迷宮全体が大きな墓か」

「え?」


 私のつぶやきにアッシュが反応する。

 

「ひとりごとだ、気にするな。それよりこの分かれ道だが、どちらにいけばいい?」


 右は行き止まりであった。そちらを選択する意義は薄い。

 だが、いちおう確認しておきたい。

 

「あー、アニキ、そっちは行き止まりしかねえぜ。とくに右奥の部屋に入っちまったら生きて出てこられねえよ」


 やはりそうだったか。

 右の通路はワナ。知らずに進むのは初心者しかいない。

 だから、戻ってくるものは遠慮なく狩れたわけだ。

 しかも、時刻は夜。魔物が活発になるにも関わらずウロウロしていたのだ。そいつは狙われるな。


 納得しつつ直進を選ぶ。

 途中いくつか分岐部があったが、アッシュに従い進んでいった。


 地下に潜って数時間経った。いまだ化け物の姿は見えない。

 この迷宮に潜るのは我々だけではない。すでに倒されてしまったか。


 アッシュは歩きながら素早く地図を描いていく。

 彼はこのあたりの道は頭に入っているというが、あえて描かせた。

 地図ひとつが明暗をわけることだってある。

 道順を知っている者が生き残るとは限らないのだから。


「こんな感じ」

「ふむ、悪くない」


 アッシュの描いた地図を見る。

 やや粗い部分もあるが、必要な部分は的確に描かれているように見える。

 やるな。

 これだけでも、助けた甲斐があったというものだ。


 通路はやがて突き当りへと行き着いた。

 左右にはいくつも扉がついている。


「ここが稼ぎ場だよ。でも、あまり人が来ない場所だから注意してくれ」


 アッシュの言葉に頷くと、一番手前の扉を開いた。

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