第20話 買い出し
翌日、食事を取ってからアッシュと買い物に向かう。
ちなみに二人別の部屋をとった。睡眠中、寝首をかかれないように警戒したためだ。
お互い無防備な姿をさらすほど信用していない。
宿の時計を見ると午前九時。さすがに店は開いてるであろう。
まず、向かうのは『TOOL』と描かれた扉。こまごました日用品などを売っているらしい。
ノブに手をかけると今回はすんなりと開いた。中は石で組まれた壁、そして木製のテーブルの上に様々な物が置かれている。
松明、火打ち石、火炎石、ランタン……全て商品だろうか、使い方すら分からない物もたくさんある。
「ベントリーの雑貨屋へようこそ」
奥の方から声が聞こえた。
この男がベントリーなのだろうか? やせぎすの口ひげを生やした四十前後の男で、モミ手をしながら近づいてくる。なんとも胡散臭い。
「初めてお越しの方ですな? 地下に潜るための道具を探しておいでとお見受けします。もう地下には入られましたかな? 中には暗い部屋がたびたびありまして明かりの道具は必須です。他にも様々な必需品をひとまとめにしたセットを販売いたしております。ジェムはお持ちですかな? お持ちでなければ金貨をジェムとお取替えいたしております。他にも――」
喋り続ける男を手で制して、後ろに立つアッシュに合図を送る。
アッシュはコクリと頷くと、前に進み出て必要な物だけを選んでいく。
店主は当てが外れたのであろう、一瞬嫌な顔をしたが、私の視線に気づくとすぐに笑顔に戻った。
ここに並べてある商品には、全て値札が付いている。
普通こういった店は値札をつけない。客を見て売値を変えるからだ。
しかし、それがないということは、案外良心的なのか。
また、これら商品、どれも新品に見える。
まさか、ここで作っているのか? 買取りするのならば、中古品も売られてなければおかしいのだが……。
その疑問を店主に投げかけてみた。
「商品にはあらかじめ値段を記載するのがルールで御座います。そして我が商店は開店以来一度も値上げ致しておりません。また買い取りに関しましても、常に適正な価格で買い取らせていただいております。それに品質はいかなるときも最高の状態を維持しており、さらに品切れなどはこれまでも、これからも起こす事などないでしょう。何故ならこれらの商品は――」
全部を聞いていたら老人になっちまう。店主の話に被せるように、時計は無いのかと尋ねてみた。
「おお、時計ですね。勿論ございます。各種揃えておりますが、お客様は探索者で御座いましょう、携帯に便利なこちらの商品などが……」
奥へと歩きながら喋り続ける店主。
遠ざかるにつれ声が小さくなり、やがて聞こえなくなった。
「……のように首から下げて携帯可能で、耐久性は折り紙付き。そして針を合わす必要も無く常に正確で永遠に時を刻み続けるのでございます。さらに……」
帰ってくるにつれて声も聞こえるようになる。
それからも、店主は時計の良さを熱心に語った。
コイツはいつまで喋り続けるんだ?
説明はもういい。値段を教えろと、店主の息継ぎの瞬間を見計らい口を挟む。
「こちらは防水機能もございます。それに……値段ですか? 携帯用の時計は三種ありまして、こちらの商品が一番手頃な価格となっており、何とたったの100ジェム。これがあればうっかり時を見逃し、魔物が活発になる夜を避けられます」
高いな。現在手持ちは55ジェム。所持している金貨は今の所ジェムに変えるつもりはない。街を出て文無しでは都合が悪かろう。
時計は必要ないと断ったところでアッシュに目を向けると、彼はちょうど商品の選定を終えたところだった。
彼が選択したのは、火炎石、ランタン、携帯用救急箱、紙とペン、方位磁石、水筒、調理器具、それとタオルと紐だ。
まず火炎石は持っているので却下。ランタンは持っていたが、性能がよさそうなのでこちらは購入。
携帯用救急箱、水筒、調理器具も同じだ。私の持っているものより品質が明らかに高い。特に水筒は驚くほどの軽さで、複数あっても困らないだろう。
紙とペンと方位磁石は地図を書くためだ。こちらの紙も羊皮紙と比べ重さも色もまるで違った。
けっきょく火炎石以外は購入し、合計金額は18ジェム。
まとめて買っても値引きはなかった。
店主の言うように、商品の値段は完璧に管理されているようだ。
これで残金は37ジェム。いっきに懐が寂しくなった。
次に向かうのは最も重要な物資。食料だ。
アッシュの案内に従って『FOOD』と描かれた扉へむかう。
中にいたのは三十過ぎの小太りの男。椅子に座りカウンターに肘をついていたが、こちらに気付くと立ち上がり挨拶してきた。
「いらっしゃい」
さきほどの雑貨屋の店主と違い、クセは少なそうだ。
こちらに向ける視線には、敵意も気負いも感じない。ただ、数ある客のひとりとしてしか、見ていないように思える。
好ましい。
だが、気になることもある。
店主ではなく、この部屋がだ。
壁にいくつか食料品の絵が飾られているものの、肝心の商品が見当たらないのだ。
目につくのは、店主と長い木のカウンター。そして、カウンターの上に積まれている、たくさんのカゴ。
これはいったい……。
「おっちゃん中一つ」
「あいよ」
私の横をすり抜けるように出てきたアッシュは、なにやら店主と短い言葉を交わした。
中? どういうことだ?
疑問に思うが口を挟まないことにした。アッシュに全てを任せようと思う。
「アニキ、2ジェムだ」
だが、そのアッシュは、私に向かって指を二本立ててくる。
……アニキとは私のことか?
しかも、何の説明もなく金まで要求している。
ずいぶんと厚かましい。
つい昨日、拷問しないでとベソかいていたのは誰なのか。
だが、この人懐っこさが、アッシュが今まで生き残った理由かもしれないな。
ジェムの入った小袋をアッシュに放り投げる。
彼はそれを受け取ると、店主のいるカウンターに向かうのだった。
「まいど」
2ジェムと引き換えにアッシュが受け取ったのは、カウンターに積まれていたカゴだ。
それも、中くらい。カゴの大きさは三種類あり、ちょうど真ん中の大きさだったのだ。
なるほど。分かった。
中は大きさを表していたのだ。おそらく、大きさで値段が変わる。
アッシュはカゴを持って壁際へと向かう。
そして、壁にあるくぼみにカゴを入れた。
……そうか。これはいつぞやの酒場で見たシステムだ。
壁に飾られた絵の下には、それぞれくぼみがある。四角い突起とジェムを入れるであろう穴もだ。
ジェムと引き換えに、壁に描かれたのと同じ食材が出てくる。
それを受け止めるのが、カゴなわけだ。
壁に描かれているのは、リンゴにキャベツにトマト、小麦など、食材が多い。
アッシュがカゴを入れたくぼみはジャガイモ。
案の定、アッシュがジェムを入れて突起を押すと、ジャガイモがゴトゴト落ちてカゴに溜まった。
「次はこっちね」
アッシュが次に向かったのはリンゴの絵の下。
やはり、同じようにジェムを入れるとリンゴが出てくる。
こいつは便利だ。
いついかなるときも、ジェムさえあれば簡単に食材が手に入る。
おそらく、品切れもなければ、品質の劣化もない。なんとも画期的だな。
――しかし、次にアッシュが向かった先で、その考えは吹き飛んだ。
いや、吹き飛んだというより、困惑だろうか。
理由は絵。
器に入ったシチューが、おいしそうな湯気を立てている様子が描かれていたからだ。
……シチューが出るのか? 調理済みの?
いやいや。さすがにそれはおかしかろう。
たとえ出たとしても、カゴで受けきれるものではない。
網目からダダ洩れではないか。
しかし、アッシュは気にした様子もなく、くぼみにカゴを入れジェムを投入する。
「待て!」
慌てて止めようとするが、時すでに遅し、アッシュは突起を押してしまった。
ゴト、ゴトトン。
音と共に出てきたのは四角い
紙なのか金属なのか分からない立方体である。
何だソレ?
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