第19話 治療の効果
少女の話によると、多くの者がバケモノ退治で生計を立てているそうだ。
外から来た者、ジャンタールで生まれた者、いずれにおいても。
この街の施設では、生活物資や武器防具、食糧、建築資材にいたるまで、なんでも手に入る。ジェムと引き換えに。
そのジェムを稼ぐために地下へと潜る。
これがジャンタールでの成り立ちだ。
だが、分からないのは、その物資を誰がつくっているかだ。
作物ならば育てる者、道具ならばそれをつくる者がいる。
だが、そういったことを聞いても彼女はキョトンとするばかりだ。
ここではジェムさえ払えば物資がでてくる。修理の概念はあっても、作る育てるなど考えもしないのだろう。
ここで暮らしている者にとっては、それが自然なのだ。
――だが、それですべて解決するわけではない。
「では、怪物と戦えない者はどうするんだ?」
幼い者、年老いた者、体に不自由のある者、ひとにはさまざまな形がある。
今は戦えたとしても、ケガを負い戦えぬようになったりもする。
むしろ、人は戦えない期間のほうが長いのではないか。
対する少女の答えは
「う~ん、よくわかんない」
だった。
そうか。うん、そうだな。
ちょっと聞き方が漠然としていたようだ。もう少し噛み砕いて聞くか。
何度かやり取りするうち、戦えないものは数少ない施設で働き賃金を得る、誰かの庇護下にはいる、保護施設にやっかいになる、などが分かった。
ふ~む、われらの暮らしと大きく変わるわけではないな。
ただ、
ほとんどの者が、地下へと戦いにおもむき、傷ついたらここで癒し、また戦うといったサイクルを強いられているのだ。
なんともいびつな世界だな。私が言うのもなんだが。
まあ、いいさ。
ここに長居するつもりもない。変わった街に観光に来たと思えばいい。
飽きれば帰ればいいさ。アシューテをみつけて宝もいただいてな。
そうこうしているうちに治療が終わったようだ。
白い棺を満たしていた液体が勢いよく引いていく。どこかに排水口があるのだろう。
やがて液体が完全に引くと、少年の口と鼻を覆っていた管がスルスルと引っ込んでいった。
少年をみる。
呼吸は正常、顔色も良い。腹の傷も綺麗さっぱり消えている。
まさかこんな短時間で完璧に治るとは。さらに
すさまじいな。不思議を通り越して感心する。
だが、同時にイヤな気分にもさせられる。
死ぬまで戦えと強要されているようなものだからな……。
「じゃあこれで」
背後で少女の声が聞こえた。アシスタントなる仕事も終わりなのだろう。
振り返って礼を言うと、少女は微笑んで去っていった。
さて、次は眠れる森の王子様かな?
棺を覆う透明の板がゆっくりと開いていく。
中から聞こえるのは少年の寝息。気持ちよさそうに眠っている。
のんきなもんだ。そろそろ起きて、いろいろと話を聞かせてもらおうか。
「おはよう」
耳もとでささやく。
少年はビクリと体を震わせると、飛び起きた。それから、せわしなく左右を確認する。
目は覚めたかな? 王子様。
すぐに私の存在に気が付いたのだろう、目が合うと少年の動きが止まった。
その瞳に映し出されたのは困惑だ。それが怯えの色に変わるまで、さほど時間はかからなかった。
下唇をキュッと噛む少年。さぞ頭の中は、さまざまな思考が渦巻いているだろう。なぜ自分だけ殺されなかったのか? これから自分はどのような目に合うのか?
うつむいたまま一点を見つめる少年に、ここがどこか分かるかと尋ねる。
彼はぎこちなく首を縦に振ると、また動かなくなった。
少年から感じるのは不安と恐怖。怒りや復讐心は感じない。
ふむ、使えるか?
替えの上着を投げてやる。私のものだ。少年の着ていた服は血でベットリと汚れてしまった。
ついて来いと顎でうながすと、少年は上着を羽織りおとなしくついてくるのだった。
壁にもたれて少年を見る。身長は私の胸あたりで、髪は黒。年齢は十代前半だろうか、うつむいて目を合わせようとしない。その視線の先は私の剣か?
「……俺をどうするんだ」
少年は口を開いた。だが、その声はとても小さく
「どうするかって? それを今から決める」
「襲ったのは悪かった、言う事を聞くから拷問はしないでくれ」
ふん、拷問か。そんなことをして何になる。
「おまえは私に支払うべきものがある。それは分かるな?」
「ああ、詫び料は必ず払う。でも待って欲しい。今はその……金がないんだ」
ふたたびうつむく少年。それで許されるとは思っていないのだろう。
まあ、そうだろうな。ここがそんな甘い世界ではないと容易に想像ができる。
しかし、金か。悪くない提案だ。
奴隷だって自由を得るため自身を買う。だがな……。
「ちょっと手伝ってもらいたいことがある」
その言葉に少年はツバを飲んだ。どうも良からぬ想像しているようだ。
「私は人を探している。だが、ここにきて日が浅い。案内役が必要だ。むろん働きに応じた賃金を払おう。負債はそこから引かせてもらう」
私はアシューテを見つけねばならない。
敵を倒すだけなら少年など必要ない。しかし、人探しにはその土地に詳しいものがいる。
まさにこの少年はうってつけではないか。
だが、少年は押し黙ったままだ。
その表情をみるに明らかに疑っている。その程度で済むはずがないと。
「負債額は……そうだな、お前たちが持っていた荷物、あれをすべて売り払ったのと同額としよう。あれらはすべて置いてきた。お前を運ぶためにな」
この言葉を聞いて少年の表情が変わった。
あらためて考えたのだ。荷物を捨ててまでおのれを助けた意味を。
私を殺して荷を奪おうとしたのだ。荷と命、どちらが重要か言うまでもないだろう。
恩を感じる……とまではいかないだろうが、目安にはなる。
負債が完了すれば晴れて自由の身。
わかりやすくていいじゃないか。
しょうじき負債金などどうでもよいのだ。少年にとってわかりやすい指標であれば。
「途中で逃げたら?」
少年の問いかけだ。
いちおう聞いたってとこだろうか。ほんとうに逃げる気なら、わざわざ口にしたりしないだろう。
ならば私も答えておこうか。
「私のナイフより素早く動けると思うのならいつでも」
だが、これは本心だ。
裏切るやつは何度でも裏切る。負債があればなおのこと。
殺すのにためらいはない。
「わかった」
けっきょく少年は提案を飲んだ。というよりおのれの利になる選択をしたといったところか。
地下に潜って金を稼ぐには、彼一人では無理だ。
射撃の腕は確かでも、単発式のクロスボウでは複数の敵に対処できない。
彼の仲間は死んだ。となると他の者と組むしかない。
だが、これも難しいのではないか?
さきに殺した者どもは、少年よりずっと年上であった。
普通は歳の近い者で集まるものだ。一人だけ若いとなると、雑用など便利にこき使われていたのではないか?
誰も、好きこのんでそのような状況に身をおかぬ。だが、それを行うのは、そうせざるを得ない時なのだ。
――――――
宿に戻り少年と向かい合わせで食事をとる。
私が地下から持ち帰ったのは、自分の持ち物、倒した者全てのジェム、一番状態の良かったクロスボウとありったけの矢、そして少年の物と思わしきカバンだ。
クロスボウとカバンを渡すと、少年はたいそう驚いていた。まさか武器を渡されるとは思っていなかったのであろう。
さらに驚いていたのはお前も何か食えとジェムを渡した時だ。奢られるとは考えていなかったのか。
まさか金を持たない子供の前で、一人だけ食事をとるわけにもいくまい。
少年は今、シチューを口に運んでいる。
ほどこしなど受けん! などと面倒くさいことにならなくてよかった。まあ当たり前か、プライドで腹は膨れんからな。
食べながら聞いた話では、少年の名前はアッシュ。十四歳。
この街で生まれ、両親はすでに死んでいる。一緒にいた者達だが、最近仲間に入れてもらったらしい。だが、私の予想通り待遇は悪かったようだ。
「あいつら魔物より不慣れなよそ者を狙うんだ」
たしかに。襲ってきた感じではそんな印象だったな。
ここのバケモノどもは強く賢い。不慣れな人間を襲い、日銭をかせいだほうが効率的なのだろう。
そのようなヤカラは、どこに行ったっているもんだ。
アッシュの口ぶりではイヤイヤやらされていた感じだが、まあ、それも生きるため。否定はすまい。
「物資はどこかで買い取ってくれるのか?」
アッシュにたずねる。
奪うからにはどこかで買い取ってくれるはず。
たぶん、営業時間外とやらで入れなかったとこだろうと思うが。
「うん。武器、防具に限らず何でもジェムに変える事が出来るよ。手数料取られるけど」
売るではなく変える? 微妙な表現の違いが気になった。
物の売買も特殊なのかもしれない。明日は実際に買い物に行ってみるとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます