第18話 少年
ひっそりと静まり返った道を歩く。肩に乗せるのは意識を失った少年だ。
自分はなぜこんな事をしているのであろうか? 歩きながら考える。
子供であろうが、刃を向けてきたら殺す。それが私の生き方であったはずだ。
だが今、戦利品を乗せるための肩は少年に占拠されている。
本来ならば、死体から装備や荷物を剥ぎ、売り払うべく担ぐ。
だが、私はお人よしにも少年に応急処置をほどこし、さらに医者を探そうとしている。戦利品を置いてまでだ。
なぜであろうか?
おびえながらも生き残ろうとする強い意志を少年から感じ取ったからだろうか?
ここジャンタールで医者など存在するか分からない。
いたとしても、間に合うかどうか分からない。
プリッツ少年に会ったからか?
彼には言葉を失おうとも懸命に生きる姿があった。
いや、不幸な者などこれまでたくさん見てきた。
いまさら、そんなことに心動かされたりはしない。
だが、現に私は少年を担いでいる。
なぜ……。
自分自身納得のいく答えを得られぬまま、気付けば宿屋に着いていた。
受付のカウンターに向かう。出発の時と同じようにシャローナがいた。
彼女はまず肩に担いだ少年に視線を向けると、次にヘドロのついた私の体を見て納得したような表情を見せた。
「あの……」
彼女は何か言おうとしたが、それを遮り医者に見せたい旨を伝えた。
「こちらを出て左にまっすぐ。突き当りを右に曲がって三つ目の扉です」
「分かった、ありがとう。だが、こんな時間に見てもらうことは可能か? いまは夜のはずだが」
奥の時計を見る。深夜四時をまわったところだ。
店らしきところに貼られていた紙によると、営業時間外である。
店同様、医者も時間外ではないのか?
「大丈夫です。あそこはいつなんどきでも受け付けてくれます。ただ、ジェムは必要ですが……」
「承知した」
すぐさま宿屋を飛びだすと、医者のもとへ向かった。
左へまっすぐ。突き当りを右。シャローナの言葉通り進む。
肩に担ぐ少年を見る。
やはり出血が多いのであろう、顔は真っ白で唇は青ざめている。
このままでは少年は死ぬ。一刻も早い治療が必要だった。
やがて、たどり着いた三つ目の扉。『HOSPITAL』と描かれたプレートがある。
ここだな。
扉を乱暴に開けると、これまでとは一変して白を基調とした明るい部屋にでた。
前方に受付と思わしきカウンターがあり、そこには三名の若く美しい女性が立っている。彼女たちは私と目が合うと、ニコリと微笑みかけてきた。
「新規の患者様ですね、治療をお望みでしょうか? 当方の施設使用料が2ジェム、料金は怪我の程度に応じて自動で算出するシステムとなっております。取り扱いの説明を必要とされるなら、更に2ジェムで専属アシスタントをお付け出来ます」
淀みなく話す女たち。
奇妙だ。噛みもしなければ、つっかえもしない。感情の揺らぎを見せないその動作に、一瞬不安を覚える。
とはいえ敵意を感じるほどではない。懐より4ジェムとりだすと、専属アシスタントなるものも頼んだ。
するとすぐに、奥からヒョコリと小さな人影が姿を見せた。
少女だ。まだ十歳にも満たぬといった風貌で、ニッと人間臭い笑顔をこちらに向ける。
「ついてきて~」
少女はカウンター横の通路へと消えていく。
すぐさま後を追うと、通路は大きな空間へとつながっていた。
やけに広い。
部屋とも呼べる大きな空間だが、柱など存在せず、殺風景な印象を受ける。
天井も壁も白に統一されており、これまた真っ白な床には等間隔で奇妙な楕円形の物体がいくつも置かれていた。
この奇妙な楕円形は光沢を帯びた白色で、上部にちょうど人ひとりが入れるような窪みが
形状はまるで違うが、ベッド、あるいは
「ここでいっか」
少女はそう言うと、棺の一つを指差して、中へ入るようにうながしてきた。
「あなたはこっち」
「いや、私は必要ない」
すぐとなりの棺も指差す彼女だったが、首を振って入るのは少年だけだと伝える。
「そうなの? じゃあ服を脱がしてね」
「全部か?」
「そう」
言われたように少年の服をすべて脱がして装置にいれる。
正直、こんな得体のしれないものに入るのは御免だ。
なにをされるか分かったものではない。
だが、幸運にも入るのは私ではない。少年には、その身をもって安全を確かめていただくとしよう。
少年を棺の中に横たえてから数秒後、おかしな赤い光が彼の体を上下に分断するような線を描いた。
そしてそれは二本に分れ、一つは足先、もう一つは頭頂部へと向けてゆっくり流れていく。
「今ので悪い所を調べてるんだよ。しばらくすると、ここに数字が出てくるから、そのすぐ下の小さな穴に同じだけのジェムを入れてね」
少女が指差す場所にはすでに6の数字が表示されていた、6ジェムか。
言われた通りに穴にジェムを放り込んでいく。そして6個目の青い宝石を入れたところで、急に透明の板がおりてきて穴をふさいでしまった。
なに!?
もうジェムは必要ないとの意味であろうが、なぜ入れた数がわかるんだ?
先ほどの赤い線もそうだが誰が判断しているんだ?
ちらり少女に視線を向ける。しかし、彼女はこちらに反応せず、棺を指差しながら話す。
「すぐに治療が始まるよ~。ここから板が……」
話している最中にも、湾曲した透明の板がせり出してきて、棺の上部をすっぽりと覆ってしまった。
閉じ込められた?
それだけではない。棺の中からおかしな管が出てきて、ゆっくりと少年の口に吸いついていく。
なんだこれは? まさか魔物か?
「大丈夫大丈夫。息ができるようにしてるだけだよ」
慌てる私を、少女が制止する。
見ると口だけでなく鼻もおかしな管に覆われていた。本当に大丈夫なのか? 不安がる私の姿が面白いのか少女はクスクス笑っていた。
む、何やら液体が出てきた。
棺の中よりしみ出て来たネバついた水は、あれよという間に中を満たしてしまった。
なるほど、それであの管が必要なのか。
だが、しかし、これが治療なのか?
私には拷問する器具にしか見えないのだが……。
少年は棺の中でプカプカ浮いている。
どう見ても水死体だが、気持ちよさそうにも見える。
「ひとついいか?」
少女に質問を投げかける。
「な~に?」
「ひとりで来た場合、ジェムはどうやって支払うんだ?」
自分は棺の中。支払いは外ならば、ひとりで治療は不可能となる。
いや、それを行うのが、目の前の少女のような者なのか?
「中にもジェム入れるとこあるよ。治療が終わったら勝手に蓋が開くから、自分で中に入る元気さえあれば一人でできるね。傷の程度にもよるけど、そのうち終わるから。じゃあね!」
少女は立ち去ろうとする。
私は慌てて呼びとめた。さすがにこのまま行かせるわけにもいくまい。
ぶじに治療が終わるまでは逃がすつもりはない。
「ええ! ちょっと!!」
文句を言う少女に1ジェムを渡した。
情報料だ。
幼き者であろうとジャンタールに関しては私より知っているだろう。世間話もかねて話を聞くとしようか。
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