第17話 帰り道
見られている。
そう感じたのは、出口へと向かう分かれ道に差しかかった時だ。
こちらをうかがう複数の気配がある。
左へ向かえば出口。
気配があるのは、反対側の通路だ。
ロクなものではない。
このような気配は、いく度となく経験してきた。
私は
フワリと舞う外套。が、それはとつぜん左の通路へ引っ張られるように消えていく。
矢だ。放たれた矢が、外套を通路の奥へと運んでいったのだ。
さて、どうするか? 矢を射たのはおそらく人。
殺意があるのもあきらかだ。
引きかえす……わけにはいかないな。
この先が出口である以上、いずれ通らねばならない。
やるか。
相手の位置を探るべく、通路の先に剣を伸ばす。
丹念に磨かれた刀身は、ぼんやりとたたずむ複数の人影を映し出した。
フ、工夫が足らないな。
数歩下がると壁にむかってナイフを投げる。
キン、と音を立ててナイフは角度を変えて飛んでいく。
当たったか?
いや、静かすぎる。
もう少しこちらか?
角度を調節して投げたスローイングナイフは、何者かに「ウグゥ」と苦痛の声をあげさせた。
命中だな。
それを切っかけに複数のざわめく声がする。
動揺しているな。
声と気配をたよりに、さらにナイフを投げる。
「痛え」「クソ!」「なんで!?」などの喚き声がひびく。
思った以上にうまくいく。この壁は何で出来ているか知らんが、ずいぶんとキレイに跳ね返るものだ。
ありったけのナイフを投げる。しかし、しだいに堅い物に刺さるような音に変化した。何かで防いでいるのであろう。
そうして残りのナイフが一本になった時、大きな声がむこうからひびいた。
「待て、味方だ。一旦攻撃を止めろ」
味方ねえ。いきなり矢を飛ばしておいて味方とは。何とも勝手な言い草だな。
まあよい。こちらのナイフも品切れだ。
「分岐路まで出てこい。姿をみせろ」
「分かった、攻撃すんなよ」
やがて曲がり角から現れたのは三人の男だ。
一人はクロスボウを持った男で、もう一人はショートソード。
一番大柄な男は両手剣をもっている。たぶん、呼びかけてきたのがこの大柄な男だ。
三人か。だが、これだけではあるまい。通路の奥で、いまだ息ひそめる者の気配を感じる。
「なぜ矢を射った?」
我ながら、くだらない質問をする。私を殺して荷をうばうつもりなのは明らかだ。
しかし、くだらない質問だからこそ、人となりも見えよう。この地に生きる者の常識も。
「魔物と間違えちまってな。悪かったと思ってる」
答えたのはやはり両手剣の男。
どうもコイツがリーダー格のようだ。
「ほう。魔物のなかにはマントを投げるものがいるのか」
「ああ、いる。初心者さんには分からないだろうが……」
いるのか。まあ、そうだろうな。
宿屋にいた老婆などが、いい例だ。
ジャンタールにはより強く、より狡猾な者がうごめいていると考えた方が自然だ。
だが、気になることがある。コイツは私のことを初心者と呼んだ。
なぜ分かった?
装備、立ち振る舞い。初心者だと見抜くポイントはたくさんある。
しかし、私は戦いそのものには慣れている。
彼らと装備も大きく違わない。ぜひとも理由が知りたいところだ。
「ひとつ聞きたい。なぜ、わたしが初心者だと?」
「ム、それはその……」
「オイオイオイ。さっきからオメエ、エラそうに!」
両手剣の男が言い淀んだ瞬間、ショートソードの男が割り込んできた。
無精ひげを生やして背は丸まっている。
話をそらそうとしたのだろう。小汚い男だがタイミングは悪くない。
――いや、それだけではないな。
こちらがひとりだと知って強気に出たのだ。男の瞳には見下しの色がうつっている。
「お前ぇ、どういうつもりだ。ナイフなんぞ投げくさって」
男は私を指差し、怒鳴り声を上げる。
先に矢を射った事など気にもかけてないのか、それとも三歩あるくと忘れてしまうほど頭が残念なのか。
恐らく後者だろうなと思う私の口から「フフフ」と笑い声がでた。
「てめえ!」
男は怒りの表情で歩み寄ってくる。
「待て、ジャン」
仲間が呼びとめる。
が、少し遅かった。
私を指さす男の手首がストンと下に落ちたのだ。
「え?」
ほうける男。まだ何が起こったか理解できていないと見える。
愚かな。
不用意に相手の剣の間合いに入ってくるとは。
よくそれで今まで生きてこられたものだ。
「クソ!!」
残りの二人が武器を構える。
だが、もう遅い。
わたしはショートソードの男の体を持ち上げると、そのまま駆けた。
コイツは盾だ。
持ち上げた男の体に、スパリとクロスボウの矢が刺さる。
かわいそうに。見捨てられたか。
そのまま男の体を両手剣の男に投げつける。そして、すぐさま、クロスボウを撃った男めがけて剣をふるった。
コトリ。
男の首が地面に落ちる。
勝負あったな。
残された両手剣の男は、投げつけられた男の体を払いのけたばかり。
慌てて剣を振りかぶろうとするも、もう手遅れだ。
「ゴブッ」
私の剣は男の肩口から入り、反対側の脇腹へと抜ける。
男は血をほんの少し吐いて息絶えた。
さて、残すは通路の奥に隠れている者たちだ。
分岐路まで進み様子をうかがうと、私の姿を見て驚く一人の男がいた。
まったく、のんびりしている。
最後のスローイングナイフを投擲。
慌ててこちらにクロスボウの狙いを定めようとした男の眉間に突き刺さった。
残された力で引き金を引いたのか、男は天井に向かって矢を発射しながら倒れていった。
他には?
通路の隅で倒れたまま動かない人影がある。
首筋には私が投げたナイフ。即死だったか?
あるいは死んだふりなら面白いところだが。
確認すべく、ゆっくりと近づく。
やはり死んでいた。心臓を剣で刺したが、ピクリとも動かなかった。
「まだあと一人いるな」
積み上げられた荷物の後ろ。荒げる息を必死でおさえている者がいる。
悪いが、見落としはしない。
警戒しつつ回り込む。
そして、その姿を視界に収めたとき、クロスボウの矢がこちらに飛んできた。
首を捻って回避する。悪くないタイミングだ。
頭を狙ったのか? 腕もよい、外套を撃ったのもこの者だろうか?
撃った相手をみすえる。
十代前半だろうか、まだあどけなさの残る少年だ。
腹には私の投げたナイフが刺さっている。
彼は苦しそうな表情で、クロスボウをこちらに向ける。
ハッタリか?
クロスボウは一発限りだ。次矢を撃つには装填しなおさなければならない。
――が、どうしたことか、クロスボウにはしっかりと矢が装填されていた。
なぜだ?
見れば、少年の横にはクロスボウがもう一丁あった。
ほう、機転が利く。
おそらく死んだ者から奪っていたのだ。
もしもに備えて。
初心者だと油断していた他のやつらとはエライ違いだな。
それに腹にナイフが刺さった状態で、よくやれたものだ。
少年の持つクロスボウは小刻みに震えている。
体力の限界か、それとも恐怖か。
悪いな。少年。
命を狙ってきた者を見逃すほど、私はお人よしではないのだ。
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