第15話 一方通行
通路はやがて行き止まりとなる。
右手見えるのはドアノブ。どうやら地上と構造は同じらしい。
どうする? 今回は様子見のつもりであった。ここで引き返すか?
しばし考えたが、行き止まりならまた来るのもムダだろうと、この扉の先だけ確認することにした。
ドアノブを捻り、身を乗り出す。
……真っ暗だ。広い空間になっているのであろうか、光が届かず漆黒の闇が広がっている。
背後の開いた扉から差し込む光が、わずかに足元を照らすのみである。
妙だな。
いかに広い空間であろうと、壁の光があるはずだが。
前方と横から光が届かないのは理解できる。だが、後方の壁からも光が届かないのはどういうことなのだろうか?
カバンから松明を出した。
火炎石と呼ばれる特殊な石を剣に滑らすと、耳障りな音を立てて火花がほとばしる。
松明に炎が灯り、辺りをオレンジ色に照らした。
やけに広いな。
前方には壁はなく、松明の描く半円が床に広がるのみである。
ズルリ。
なにかが聞こえた。
こすれるような音。松明をかざしても、その姿は見えない。
ズル、ズル、ズル。
闇の中に何かがいる!
それもひとつではない。少なくとも、音は三か所から聞こえてくる。
炎に集まる虫みたいなものであろうか、確実にこちらに近づいている。
やはり引くべきか。この暗さで正体不明のバケモノと戦うのは危険だ。
どのような攻撃手段を持っているか分かったものではない。
私は後ずさりし、入って来た扉に手を伸ばす。
が、ここで気付いた。ドアノブがないことに。
ピタリと閉じられた扉には何もついておらず、もはや正確な位置すらも判別出来なかった。
閉じ込められたか。なんと
ビチャッ。
暗闇から何かが飛来した。かわした背後の壁に緑のシミをつくる。
どうやらそれは粘度の高い液体のようで、ゆっくりと下に垂れていく。
軽く舌打ちすると横に飛ぶ。
ビチャッ、ビチャッ、ビチャッ。音を立て、さっきまで立っていた場所に液体が降り注ぐ。
マズイな。
前方に向かって走り出す。
それを追うかのように液体が足元を緑に染めていく。
狙いは正確なようだ。明かりを目印にしているのか、はたまた音であろうか。
明かりを消すか? ――いや、自殺行為だ。
暗闇に生きるものが、明かりを頼りにするとは考えづらい。
本体を見つけて、叩く。
的を絞らせないよう、細かく方向転換を繰り返す。飛んでくる方向から位置を割り出す。
――おかしい、見つからない。バケモノの姿は一向に見えず、ただ闇が広がるばかりだ。
コン。
突き出した松明が何かに触れた。
なんだ? 一瞬バケモノを突いたかと思ったが、どうやら違うらしい。
何度か松明を突き出してみると、固く無機質な音が返ってくる。
コイツは壁だ。光を映さぬ漆黒の壁。
なるほど。足元を見れば松明の描く半円が、壁があるであろう部分で途切れている。
なるほど。この光を映さぬ壁で部屋が覆われているのだ。
だからムダに広く感じていた。
陰湿にもほどがある。
やみくもに動き回れば、壁に衝突、なんて事態になるに違いない。
いったい誰がこの都市を設計したのか。
光る壁に慣れたころに、このようなワナを仕掛けてくるとは……。
ビチャン。
ひと際大きな音が背後でした。
振り返ると、巨大なヘドロがウネウネとウネっていた。
そいつは私の背丈ほどの大きさで、緑の濁った液体の中に何かがうごめいていた。
こいつは生き物なのか?
巨大なヘドロは、ナメクジのように床に尾を引き近づいてくる。
得も言われぬ嫌悪感が私を襲う。
ブルリ。
ヘドロのバケモノは体を震わせたかと思うと、つぎの瞬間ビュッと何かを吐いた。
大きく横にかわす。
見えていれば避けるのは
ビチャン、ビチャン。
巨大なヘドロが二つ、上から落ちてくるのが見えた。
なるほど、天井にへばりついていたのか。
探しても見つからないわけだ。
ビュッ、ビュッ、ビュッと三方向から液体が飛んでくる。
ヘドロの
体を捻ってかわす。
さらに液体は飛んでくるも、全てをさけながらナイフを投擲する。
命中。
だが、突きささったナイフはヘドロの中に埋もれるだけであった。
効果なしか。
次は間合いを詰め、剣を叩きこむ。
ドブンと音を立ててた剣はヘドロに食い込むと、そのままゴンと床を叩いた。
効いた様子はない。
これもダメか。
剣を引くと、ドロドロとした液体が糸を引いた。
ヘドロの塊はまた液体を噴出してくる。
キリがない。
あれに当たるほどノロマではないが、このまま時間を浪費しするのは賢い選択ではない。
松明を使いきったらそこで終わりだ。
「ァ、ァ、ァ」
そのとき、擦り切れるような声がした。
今度はなんだ?
見れば光の届かぬ闇から、這いずる不気味な人影がいた。
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