第2話 城塞都市ティナーガ
気が付けば、いつの間にやら酒場の
みな酒の
私は何事もなかったかのように、女の足が乗った椅子にドスンと腰をおろした。
だが、女は足を素早く引っ込めたであろう、そこには既に女の足はなく、伝わってきたのは硬い木の感触のみであった。
「……あんた耳がねえのかい? それとも女だからって甘くみてんのか?」
目を細め威嚇してくる女をムシし、店員にエールと、なるべく早く提供できそうな料理を頼む。
「チッ」
すると、相手にされていない事に腹を立てたのであろう女は、舌打ちしながら腰の剣に手を伸ばした。
だが、私は焦ることなく女に告げる。
「いい選択とは思えんな。騒ぎを起こして追い出されたら困るだろう? お互いにな」
「……」
女は言葉を発さない。かわりに椅子の背へと、もたれる音が響いた。
女も街の混雑は把握しており、問題を起こして酒場のみならず宿を追い出される可能性を考えたのであろう。結局フンと鼻を鳴らしてエールをあおるだけであった。
やがて酒場も、先ほどまでの賑わいを取り戻し、突き刺さる野次馬の視線もなくなった。
みな、興味を失ったのだ。自分に被害がおよばず、見世物にもならぬとなれば、あえて注目するようなものでもない。
私は運ばれた料理を食べながら追加でエールを二杯頼むと、そのひとつを女に渡してやった。
「口説いてんのかい? あたしも安く見られたもんだね」
いまだ憎まれ口を叩いてくる女に、今度は世間話を振ってみた。
しかし、反応はかんばしくなかった。
それもそうだろう、女にとって私は得体の知れない男。それも相席を断ったにも関わらず、図々しく座り込んだ相手だ。警戒こそすれ、愛想よく振舞う理由などあるわけがない。
そうして静かな食事も終わり、さっさとどこかへ行けとの雰囲気をかもし出す女に、ジャンタールの話題をふってみた。
「チッ、やっぱりあんたもその口かい。この街はいまじゃ宝目当てのゴロツキで、ごった返しているよ。だが、みな正確な場所が分からず行ったり来たりさ。あんたもせいぜい駆けずり回って泥だらけになるといいさ」
やはりかと、女の話に納得する。
予想通りアシューテの手紙が、この街にならず者どもを呼び寄せたのだ。
手紙には座標が記されていた。ジャンタールへと続く道しるべだ。
しかし、その肝心の座標を知らぬということは、不確かな噂だけが飛び交っているに違いない。
手紙を持つ者は、おおまかな場所の情報だけを売り、一足早くジャンタールへと向かう。そして、みなが右往左往しているうちに、宝をひとりじめする。そんなところか。
まあ、そう簡単に済むとは思えんがね、ジャンタールは。
私はフトコロよりアシューテの手紙を取り出すと、泥遊びは皆に譲るさと言い、女の目の前で手紙をヒラヒラなびかせた。
「そいつは!!」
そう言うと女は手紙をひったくり、食い入るように見つめるのだった。
――――――
その後、女といくつか言葉を交わし、名はシャナであること、自身も失われた都市ジャンタールの噂を耳にしてここまで来たことを知った。
私は手紙を返してもらうと、コップに残ったエールを飲み干し、酒場を出るべく席を立った。
「ねえ、その手紙、本物かい?」
背中ごしに語りかけてくるシャナに、友人の筆跡ぐらいは分かるさと答え、出口へと向かう。
「友人? ……まさか、あんたが壊し屋パリト!!」
その呼び名は好きじゃない。私は彼女の言葉をムシすると、今度こそ酒場を後にするのだった。
すっかりと暗くなってしまった夜道を歩く。
さて、シャナは手紙の座標をどうするだろうか?
他者へと売るか? それとも分け前を考えて隠そうとするか?
私としては前者が有り難い。
おそらくアシューテは、私だけではなく多くの者を呼び込みたいのだろう。
理由は座標だ。私のみに知らせたいのなら暗号にすればいい。
それをせぬということは、そういうことなのだ。
アシューテは強い。そして自立心が高い。他者に助けを求めるような行動は、知るかぎり初めてだ。
そんな彼女がなりふり構わぬとは、一体どれほど困難な状況なのか。
そのとき、背後に近づく気配を感じた。
数は一人。尾行では無さそうだ。隠す気などまるで感じられない大きな気配だ。
用心のため剣に手をかける。
だが――
「ちょっと待ちなよ、女を一人で帰そうってのかい?」
振り返るとシャナがいた。乱雑な荷物の持ち方を見ると、あわてて追いかけて来たのだろう。
「一人より二人の方が安心だろ? この辺りは詳しいんだ、案内してやるよ」
どうやら一緒に行きたいようだ。
こちらの返事を待つ気はないようで、彼女は私の腕を取りスタスタ歩きだす。
ふふ、これで野宿はまぬがれたな。
彼女は私のことを用心棒がわりにしようと考えているかもしれないが、こちらとしても大助かりだ。
それに、美女との旅は大歓迎だ。
退屈な長い夜も、これで短く感じるだろう。
――――――
朝、柔らかな日差しと共に目覚めると、シャナのこちらを覗き込む顔が見えた。
「起きたのかい、これでも飲みなよ」
シーツを体に巻き付けたままコップを差し出す彼女。ふわりと、こうばしい香りが鼻をかすめる。
珈琲か。旅をするには、ずいぶんと
コップを受け取ると、中に入った暖かい液体で喉を潤した。
コップを傾けながら、しばし彼女を観察する。
スラリと伸びた手足には、いくつもの古傷。
それなりの修羅場を潜り抜けているのだろう。
「見るのは夜だけにしとくれよ」
そう言うと、シャナは体に巻き付けたシーツを外し、バサリと私の頭に被せてきた。
もう少し見ていたかったが……残念だ。
シャナと二人で街を歩く。
道の両端に並ぶ露天からは、威勢の良い呼び声がかかる。
食料を売っているのだ。地面に敷いた布の上には無数の籠があり、穀物、乾物、果物があふれんばかりに盛られている。
以前と比べ、ずいぶんと活気に満ちている。
積み上げられた果物を指差し、もっと安くならないかと訴える男。嫌なら他所へ行けとばかりに、手の平をヒラヒラと振る店主。
皆が少しでも多く利益を得ようと、交渉を繰り広げている。
そんな店先の一つでシャナは足止めると、商品を見渡した。
「もう少しなんとかならない?」
値下げを要求するシャナ。
対する店主は、首を横に振る。
このやり取りは何度目だろうか。何度店主が突っぱねようと、シャナはあれやこれやと言って食い下がる。
結局困り顔の店主は、助けを求めるような視線をこちらに投げかけてきた。
そんな顔されてもな……。
私が肩をすくめると、店主はとうとう首を縦に振った。
商談成立だ。
シャナは小さく喜びの声を上げると、振り返り得意げな笑顔を私に見せる。
そんな彼女に親指を立てた。
誰だって美人には弱いものだ。彼女のおかげて安く買い物が出来た。心の中で私は感謝するのだった。
いよいよ出発だ。
ロバに荷物を乗せて乾いた大地を進む。
ティナーガの街を出て三時間といったところだ。平坦だった道は緩やかな登り坂へと変化した。
遠くに見えるのは切り立った崖。
山岳地帯へと突入することは明らかだった。
手紙に書かれた座標まではまだ遠い。日をまたぐのは確実だろう。
「本当にこんなとこに、都市なんてあるのかねぇ?」
同感だ。
生きるためには水が欠かせない。
人が集まり栄えるのは、たいてい水資源が豊富な場所だ。
よほどの理由がない限り、こんな場所に都市を建設しないだろう。
私はシャナの言葉に相槌を打ちながら、懐のスローイングナイフへと手を伸ばした。
どこからか見られているような気配を感じたからだ。
どこだ? 気配を探る。
――あの岩陰か。
前方にある大きな岩は、身をひそめるには手ごろに感じた。
歩く速度をほんの少しゆるめると、地面に落ちている石を蹴り飛ばした。
カツン。
石は大きく弧を描くと、岩の近くに落下し乾いた音をたてる。
岩陰から三人の男が勢いよく飛び出して来た。
やはりか。私が素早くナイフを投擲すると、一番先頭の男の喉へと突き刺さる。
膝から崩れ落ちる男。
それに足を取られ、残りの二人も転倒した。
「ヒュ~、やるね」
シャナも気づいていたのであろう、すでに剣を抜いており、倒れ込む男達に襲いかかっていった。
「コイツら酒場で見た顔だよ」
シャナの言葉通り、たしかに酒場で見た記憶がある。
三人の死体を調べてみる。
金貨と食糧がすこし、火打石と予備の武器。ほかに目ぼしい物はなかった。
たぶん強盗だろう。それも、私の持つ手紙を狙ったのだ。
ジャンタールへ行きたい。だが、場所が分からない。
となると、方法は三つ。
誰かに聞くか、奪うか、後をつけるかだ。
振り返り、これまで歩いてきた道をながめる。
遠くに人影が、いくつも見えた。
「どうすんだい? あいつら」
シャナがその人影を指さす。
「別にほっとくさ、競争じゃないんだ。邪魔さえしなけりゃかまわんさ」
そう言って死体から金貨だけうばうと、ジャンタールに向けて歩きだした。
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