悲しみのオリザ、彼女からあの人との想い出が少しづつこぼれていく【ショートエピソード※未亜視点⑥】

 犬上いぬがみオリザによって開け放たれた扉から室内の様子が良く見えた。生徒会準備室という名称にしては結構広いな。私はもっと資料が山積している物置のようなイメージを持っていたのに。視界に映る範囲では大きな黒板や室内にある机の配置は普通の教室と同じに思える。


「……珍しく早いって。奈夢子なむこさん、それはどういう意味で私に言っているんですか?」


 あああっ!? 室内に気を取られている場合じゃない!! オリザの険しい表情や生徒会長に対する物言いは一触即発の状況だ。何でふたりはこんな険悪な雰囲気になってるのぉ……。


「あら、オリザさん、そんなに怖い顔をしないで。私は邪魔をしに生徒会準備室に来たわけじゃないのよ。この資料を置いたらすぐに立ち去るから」


「……怖いって、私の顔が?」


 臨戦態勢に思えたオリザの態度が急に変化して見えた。


「それと早いって言った意味は別に嫌みとかじゃなくて、いつものあなたはこの部屋に入ると執筆作業に夢中になってすぐには出てこないからとても珍しいなと思って」


 生徒会長こと万代橋奈夢子ばんだいばしなむこさんは先ほどのオリザの態度にもまったく動じず、いつもの柔和な笑顔を崩さなかった。


「ふうっ、その甘えた小坊主みたいな飛び切りの笑顔をされると何も言えなくなるな。まあ、この部屋を使わせてもらえるのも奈夢子さんのおかげだから。……事情も分からずいきなり突っかかってしまって本当にすみませんでした」


「うふふ、素直でよろしい。それとね、オリザさんには笑顔が似合うから、もっと誰かに甘える練習をしなさい。そうね、小坊主じゃなく可愛い女の子として」


「さっき私が甘えた小坊主みたいって悪口を言ったのを、さりげなくお返ししてくるのはさすがね。やっぱり奈夢子さんにはかなわないな」


 こ、これは!? オリザと生徒会長って仲がいいのか悪いのか。いったいどっちなのぉ!! 私はふたりの顔を交互に見つめるしか出来ず、ただおろおろと立ちすくむばかりだった。


「……未亜みあさん、ごめんなさい。すっかりお待たせしちゃったわね。オリザさん、最後に生徒会準備室の鍵だけいつものように職員室に返しておいてね。じゃあごゆっくり」


 生徒会長は手提げ袋を生徒会準備室の室内に置くとその場を立ち去ってしまった。私はまだ呆然としたままスタイルの良い制服姿の背中を見送る。


「未亜さん、廊下は寒いから中に入れば?」


「あっ、うん。……うわあ、部屋の中はとっても暖かい!! オリザさん、これはエアコンとかじゃないよね」


「……日が陰ってくるとまだまだ寒いから、特別に許可を貰って石油ストーブを置かせて貰ってるの。特に私はこの部屋で過ごす時間が長いから」


 一歩、室内に足を踏み入れると暖かな空間が私を出迎えてくれた。オリザが指し示した先にはビンテージな形状のストーブが置かれていた。等間隔に並べられた机の間をぬって先へ進む私の視界の隅に、これまで彼女が作業していたとおぼしきコンパクトなノートパソコンの画面に映し出されたままの内容が見えてしまった。勝手にのぞき見はだめだと思いすぐに視線をそらしたのたが、長文テキストの冒頭に書かれた印象的な人名が私の目に焼き付いてしまった。


 ……なぜならそのの名前には見覚えがあったから。


「わあっ、可愛い形のストーブだね。それに窓みたいな飾りが前についているのもすごく素敵!!」


 円筒形の石油ストーブの全面には銀色の窓のような物があり、そこから赤い光がみてとれる。


「未亜さん、それは飾りじゃないのよ。もう少し近寄って窓を覗いてみて」


「……近寄るとさらにあったかいんだね。どれどれ窓の中には。ええっ、ガラス越しに中で燃えている炎が見えるの!? まるでミニチュアな暖炉みたい!!」


 私は床に中腰でしゃがみ込んで、しばし無言でストーブの窓越しの炎を眺めた。いつの間にか隣には彼女が並んでいた。自然とお互いの制服越しの肩が触れる。


「幼いころの私は暖炉のある部屋が大のお気に入りだったの。子供っぽいって言われるかもしれないけど、このレトロなストーブに愛着があるのもそんな記憶のせいかもしれない……」


 そんな素敵な思い出が幼い日の彼女にはあったのか。


 ストーブからの熱気で身体が一気に暖められる。ふと視線を感じて横を向くとオリザから見つめられてることに気がついた。


「未亜さん、さっきの反応とてもいいな……」


「えっ、オリザさん、私の何がいいの?」


「素直に感動を表せるのがとても羨ましいな。喜んだり、悲しんだり……」


「ちょ、私のどこが素直なのよ。全然正反対の性格だよ。もし仮にそうだとしても喜怒哀楽が出やすい単細胞な女の子ってことじゃない?」


 オリザからの予期せぬ誉め言葉に私は照れまくってしまった。人から羨ましがられるなんて慣れていないから慌てて話を冗談めかしてごまかそうとしたんだ。


「……入学式での新入生代表挨拶の件だけど、未亜さんは私が魔法を使ったんじゃないかって疑ってたよね」


「う、うん、隣に座っていたオリザさんから身体に軽く触れられた瞬間、急に操り人形みたいに自分の意志とは別に行動し始めたんだ。あれはいったい何が私に起こったというの!?」


 まだ答えてもらっていない質問の件に話が突然、移行したことに私は驚きを隠せなかった。この生徒会準備室に来た最大の理由わけを思い出した。彼女はどんな手段で私を操ったのか本当の種明かしをして欲しいんだ。



 次回に続く。

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