あなたと友達になれたのは偶然じゃなく必然だと思うよ【ショートエピソード※未亜視点⑦】

『……未亜みあさん、答えを聞いて拍子抜けしないでね。私は魔法使いなんかじゃないのよ。今日の入学式でただならぬ表情のあなたを偶然見かけて、気になって隣からずっと観察していたの。どうか気を悪くしないでね、あなたの唇の動きを読ませて貰ったんだ。自分ではまったく気がついていなかっただろうけど、無意識に小声でつぶやいていたから』


 ……オリザさんは読唇術でも使えるの!? だけど本当につぶやいていたとしてもあのときの私は他人に意味の分かる言葉を発していないはずだ。


『断片的にだけど唇の動きから単語をつなぎ合わせて推測したの。お母さんを探さなきゃ。この式典が終わったら逃げ出そう。そんな決意めいたつぶやきとは裏腹にあなたの身体はとても不安げに震えていた。余計なお世話かも知れないけど本当の気持ちは違うんじゃないのかって。そう思ったら居ても立っても居られなくなって未亜さんを新入生代表の挨拶に参加させてしまった……』


『それだけじゃあ説明がつかないよ。どうして私は椅子から急に立ち上がったの!? オリザさんから身体に触れられただけでまるで操り人形みたいになって』


『……あれは合気道みたいな技の応用をしただけ。軽く刺激を与えるだけでも人間の神経や筋肉は即座に反応するの。だけど私は単なるきっかけを与えたに過ぎないから。壇上に登ったあとの行動は未亜さん自身の潜在意識が望んでいた物なのよ。あなたの本心はこの学校から逃げ出したくはなかったの』


『わ、私が望んでいた行動!?』


 オリザから詳しい説明を受けても私はすべてを納得したわけではなかった。だけど彼女の言葉にまるで胸を射抜かれたような強い衝撃を受けてしまった。


『でもオリザさんがどうして見ず知らずの私に救いの手を差し伸べてくれたの? ただ座った席が隣になっただけなのよ。友達でも何でもないのに……』


『未亜さんと入学式で隣同士になったのはきっと偶然じゃないよ。私は神様が与えてくれた必然だと信じたい。ほら、その証拠にあなたと友達になってこんなふうにおしゃべりもしてるから!!』


 彼女は私のことを友達と認めてくれている!! 自分の勘違いだったらどうしようとこの場所に来るまで悩んでいた思いが嘘のように消えていく。


『……なんてね、この言葉はからの受け売りなんだ。だけど私のいまの正直な気持ちだから引用させてもらったの』


 オリザは照れくさそうに微かな笑みを浮かべる。その表情の意味を私はどうしても知りたくなった。不思議だな、普段ならそんな積極的な気持ちはめったに起こらないというのに。この部屋に入ったとき偶然目にした彼女が作業していたとおぼしきノートパソコン。その液晶画面に表示されていた珍しい人名が心の中で妙に引っ掛かっていたのかもしれない……。


『ある人って、もしかしてオリザさんの大切な想い人の男性だったりする?』


 自分でも驚くほどストレートな質問を口にしてしまう。いくら彼女が私のことを友達だって言ってくれてもあまりにもぶしつけ過ぎないだろうか。後で思い返しても冷や汗が出てきそうだ。


『……そうね、ある意味では正解かな。未亜さんだけに打ち明けると私の創った物語の中にだけ存在する人なの』


『物語の中にだけって、オリザさん、それはとういう意味なの?』


『生徒会長の奈夢子なむこさんに無理をいって、この準備室を使わしてもらっている理由わけなんだけど未亜さん、聞いても笑わないって約束してくれる』


『もちろん笑うなんて私は絶対にしないよ!!』


『じゃあ言うね。じつは創作小説を執筆しているんだ。さっき未亜さんに言ったのはその物語に登場する主人公の台詞セリフなの。私の大切な想い人ってその小説の登場人物のこと。だけどくれぐれも勘違いしないで欲しいんだけど、痛い妄想な厨二病的に自分で創作した台詞じゃないから』


 オリザは私から視線をそらして急にうつむき加減になった。長いまつ毛を伏せる彼女の頬が桜色に彩られる。


『……私が小学生だったころに、ある男の子から別れ際にかけて貰えた言葉なの』


 んっ、その小学生時代の男の子って? 現実には彼女の想い人は存在しないんじゃなかったの。


『オリザさん、恋愛に疎い私が言うのもなんだけど、創作の中だけじゃなくてその男の子は実在するんじゃないのかな?』


『ち、違うよ。オリザの空想の物語の中にしかあの人は存在しないの。もしも彼がそばにいたとしても絶対に逢ってはならない。だって私にはもうが……』


 頬を紅潮させたまま、こちらを見据える彼女の瞳に悲しみの色が浮かんだ。どうしてそれほどまでに大切な相手の存在を否定をするのだろうか。


『……お話し中ごめんなさいね!! 私としたことがついうっかりしちゃって生徒会の資料の記載内容に不備があったみたい。最初から印刷をやり直ししなきゃ』


 ええっ!? 生徒会長の奈夢子さん、いつの間に室内に入って来たのぉ!! 気配に全然気が付かないなんて。


『オリザさん、悪いけど生徒会資料を輪転機のある部屋まで運ぶのを手伝って貰えるかしら』


『あっ、生徒会長、私も資料を運ぶのをお手伝いします!!』


『未亜さん、せっかくここまで運んでもらったのに本当にごめんなさいね』


『大丈夫ですよ、人手は多い方が効率的ですから』


『猫の手があって本当に助かるわ。じゃあもうひとりの犬の手も借りちゃおうかしら!! はいっ、オリザさんの分、お願いね』


 ノートパソコンを片付け終えたオリザに、生徒会資料の入った紙袋を手渡す生徒会長の姿を見て犬猫の仲の話を思い出した。


『……奈夢子さん、悪かったね。何だか気を使わせてしまったみたいで』


『うふふ、仕方がないわよ。お友だちが出来て嬉しい気持ちは隠さなくてもいいけど。おしゃべり過ぎはいけないから次からは気を付けてね』


 とても仲の良さそうなやり取りを目の当たりにして思わず気後れしそうになる。


『未亜さん、その紙袋は特に重そうだからいっしょに運ぼうか』


 オリザが荷物を持った反対側の手をこちらに差し伸べてくれる。これまでの自分ならば友達からの申し出を相手に負担を掛けてはいけないと、最初から断ってしまったはずだ。


 ……だけど私も変わらなきゃ。


『ありがとう!! じゃあ片側の持ち手をオリザさんにお願いするね』


『あらあら、犬と猫の初めての共同作業ね。ことわさは今日から書き換えなくちゃいけないかしら』


『奈夢子さんの荷物がいちばん軽いかも。ズルしちゃだめだよ。ねっ生徒会長!!』


 和やかな雰囲気に包まれながら隣を歩くオリザの端正な横顔をこっそりと盗み見る。彼女が創作小説の中にしか存在しないと言った主人公の名前を頭に思い浮かべながら……。


 ――その主人公の名前と同姓同名な人物を私は身近で知っているから。


猪野宣人いのせんと


 たんなる偶然にしてはあまりにも一致し過ぎではないだろうか。私の後輩である猪野天音いのあまねの実の兄。自分も珍しい名前だからすべてが同じ人名に会う確率が天文学的に低いことぐらい理解出来る。なぜ犬上オリザがその名前を自分の創作小説に登場させたのか?


 定期的に開催されるお泊り会で耳に挟んだ話では、天音ちゃんのお兄さんは大の女嫌いだと聞かされている。これまではただの知人の兄だった彼にがぜん興味が湧いてきた。ちょうど次回のお泊り会は週末に開催予定だ。そこで会って確かめてみよう。


『……未亜さん、どうしたの? 急に黙り込んで。やっぱり荷物が重くてキツいのかな』


『あっ、ううん。ぜんぜん平気だよ。ちょっと考えごとをしてただけだから』


 彼女にだけは知られてはいけない……。もしも実在の猪野宣人とオリザの過去に何か関係性があったとしても、それを隠したがっているのは先ほどの生徒会準備室での会話でも明白だ。


 彼女の想い人は本当に実在するのか?


 私には行方不明になった母親の捜索以外に探偵のまね事をする暇はないはずだが、どうしても胸の奥から湧き上がる探求心を抑えきれなかった。それはたんなる野次馬的な好奇心というよりも、女子高で初めて友達になった犬上オリザ。謎めいた魅力を持つ彼女についてもっと深く知りたい。そして近しい関係かもしれない猪野宣人がオリザに相応しい男性なのかを自分の目で直接確認したかったからに違いない……。


 どうか名前は偶然の一致でたんなる考え過ぎで終わりますように。心の中で私は神様にお祈りを捧げた。



 次回に続く。

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