犬猫の仲って私とオリザの関係なの!?【ショートエピソード※未亜視点⑤】

 君更津南きみさらずみなみ女子校。通称、南女なんじょは在学中の自分が言うのも何だが、この辺りでは有名なお嬢様校と呼ばれている。君更津駅を挟んで反対側にある県内有数の進学校と同じ位、偏差値は高くスポーツ振興にも熱心な女子校だ。科目は普通科と家政科が選択出来る。中等部と高等部の教室は同じ校舎にあるのだが、職員室や生徒会準備室は別棟になる。


 放課後、犬上いぬがみオリザとの待ち合わせ場所に私は向かっていた。初めて足を踏み入れた別棟は方向音痴の自分にとっては巨大迷路みたいに思え、彼女との約束に遅れては大変だと最初から職員室に立ち寄って生徒会準備室の場所を確認した。


 我ながら高校生になって成長したと思う。以前の私ならそのまま行動したあげく、目的の場所にはいつまでたってもたどりつけなかっただろう。別棟を含む校内の簡略な地図をその場にいた教師からコピーしてもらい、その場を急いで立ち去ろうと職員室を後にした背後から突然声を掛けられた。


『新入生代表の猫森未亜ねこもりみあさん!!』


 この鈴のを転がすような声には聞き覚えがある。同時に入学式での醜態が思い出されて自分の頬が急速に熱くなるのが感じられた。


『生徒会準備室に何かご用かしら?』


 あわてて後ろを振り返るとそこには女生徒が立っていた。学年を示す制服のスカーフ。えんじ色は二年の上級生だ。何よりも私が驚いたのは間近で見た彼女の美貌だった。遠目だった入学式の壇上より何倍も綺麗だ。それはお化粧とか髪型とかうわべだけで作り上げた人工的なものではない。


『せ、生徒会長さん!?』


『あら、急に声を掛けたから驚かせてしまったみたいね。ごめんなさい』


 生徒会長の万代橋奈夢子ばんだいばしなむこが柔和な微笑みを浮かべながらこちらにむかって会釈をしてきた。両手には何かの資料だろうか紙束の入った重そうな手提げ袋を抱えている。


『……ど、どうして生徒会長さんが私の名前を知っているんですか!?』


『知っているもなにも入学式の一件であなたの名前を知らない生徒はこの学校にはいないんじゃないかしら。飛び入り参加で新入生代表挨拶をした一年生の有名人さん!!』


 えええっ!? いつの間にかそんな状況になっているのぉ!! 恥ずかしくて消え入りたい。


『あああ、どうしよう。私はもうこの学校には来られないかもしれない……』


『……なんて、ほんの冗談よ。猫森未亜さん、飛び入り参加だって気が付いたのは一部の教職員と生徒会のメンバーだけだからあんまり心配しないで。それに宣誓の挨拶だって堂々として立派だったわよ』


『ほ、本当ですか!? あのときの私ってめっちゃ挙動不審じゃなかったですか。緊張しすぎて手と足だって同時に出てバラバラだったし、壇上に上がるときには思いっきりコケちゃうし……』


『そんなのは些細なことよ。誰もあなたを笑ったりしないわ。何度も挨拶の練習を重ねて一言一句間違えないのも大事だけど、お決まりの原稿にはない生きた言葉で未亜さんは宣誓をしたんだもの。お母様の件はさぞかしつらいはずなのに、その話をおりまぜてとても立派な挨拶だったわ。笑うどころか私は思わず感極まって涙してしまったほどよ』


 そうだ、私は新入生代表の挨拶で壇上に上がった。それも予期せぬ飛び入り参加で。私たち新入生の座る席順がたまたま隣同士になった同級生の犬上オリザ。彼女から身体に軽く触れられた途端、まるで操り人形になったみたいに自らの意志とは関係なく行動し始めてしまったんだ。私はもう一度、その時の状況を追想してみた……。



 *******



 全校生徒の見守る中、広い壇上の上で頭の中は真っ白になり挨拶の言葉どころか冷や汗しか出ない状況だ。先に宣誓の挨拶をしたオリザが述べた内容もまったく耳に入ってこない。これほど多くのスポットライトに照らし出されるのは初めての経験だ。高い壇上から見回すとこちらを凝視する全校生徒。そのひとりひとりの表情がはっきりと見えることにもとまどいを覚える。


 ごくり、と自分が生唾を呑み込む音だけが水を打ったような講堂内に大きく響いた錯覚までするほどだ。


『……自分の言葉で話せばいいのよ。この場所にはいまあなたと私しかいないと心の底から思い込むの。そして本当の想いを打ち明けなさい』


 隣に並ぶオリザからこちらの耳元にささやきかけられる。壇上に置かれたマイクにのらないほどの小声だったが、私にはまるで彼女の言葉が天啓に思えた。


 自然と言葉が口から発せられる。だけど今回は操り人形じゃない。いまの自分の想いを紡いだ。これまで自分を育ててくれた両親への感謝の言葉。ここにいなくとも気持ちは届くはずだ。行方不明になった母親が入学記念に贈ってくれた腕時計にそっと指先を伸ばす。


 機械式の内部構造でも高性能な時計は振動すらしないが、確実に高鳴っていた自分の心音が落ち着いてくるのが腕時計ごと握りしめた手首から伝わってくる。


『……残念ながらこの場所には居ませんが、行方不明になった母親は私をどこかで見守ってくれていると信じています。これから君更津南女子校で経験するであろう素晴らしい学園生活を、笑顔で報告できる日が来ることを信じています。新入生代表、一年、猫森未亜』


 割れんばかりの拍手が講堂内部全体に広がった。その賛辞が自分に向けられているものだと最初は分からなかった。


【新入生代表、降壇!!】


『……さっ、挨拶は終わったから早く席に戻りましょう』


 オリザから声を掛けられて私はやっと我に返ることが出来た。握りしめた手には汗をかいている。きっと私は極度の緊張をしていたんだな。だけど妙にすっきりとした気分だった。もやもやした胸の内をすべて吐露できたからかもしれない……。



 *******



『……猫森さんは犬上オリザさんと同じクラスなのね。もう彼女とはお友達になったのかしら?』


『オリザさん!?  いえ犬上さんと友達かはまだ分かりませんが、私が勝手に思いこんでいるだけかもしれませんけど』


『そんなことはないと思うけど。オリザさんから積極的に話しかけるなんてとても珍しいから、それにあなたを新入生代表の挨拶に飛び入りで巻き込むくらいだから、きっと猫森さんのことをかなり気に入っているはずだわ』


 生徒会長の言葉の端はしから犬上オリザへの親しみがあふれているのを感じられた。ふたりはいったいどんな関係性なのだろうか?


『……生徒会長、良かったらその手に持っている紙袋を運ぶお手伝いをしましょうか?』


『えっ、ああ、手伝ってもらえるのはとても助かるわ。紙袋の中身は新年度の生徒会資料なの。お恥ずかしいけどまだ紙が主体のアナログな体制で、とにかくかさばって大変!! 早くデジタルに移行したいと学校側には提言しているんだけどなかなか予算がね……』


『はいっ、喜んでお手伝いします!! 生徒会長は猫の手も借りたい状況にお見受けしましたから』


『うふふっ、あなたって子猫みたいに可愛いわ。猫森さんって名前が本当にぴったりね!!』


『……猫っぽいって周りのみんなからよく言われます』


『犬猫の仲ってのも案外上手くいくのかもしれないわね。あなたとオリザさん』


『ええっ!? 犬猫の仲って、良く聞くことわざは犬猿の仲じゃないんですか?』


『それは日本で、アメリカでのことわざの仲が悪い動物の組み合わせは犬と猫みたいよ』


『……そう言えば幼いころに観た外国製のアニメでは犬と猫は仲が悪い組み合わせが多かった気がします』


『そうね。実際の動物でもしつこくしてくる犬に対して最後は猫が怒って威嚇するか鋭い爪で攻撃することが多いから。……いままでのオリザさんの性格もそれに似ているわね』


 ことわざについての雑談めいた会話の中で、生徒会長が口にしたオリザについての言葉が意味不明に感じられた。私から見た彼女はどちらかと言えばぐいぐい来るタイプではない。しつこいというよりクールな印象だ。


『……もう生徒会準備室に着いちゃったわね。ここまでお手伝いしてくれて本当に助かったわ。それに猫森さんとお話が出来てとっても楽しかった。これからも仲良くしてくれるかしら?』


『えええっ、そんなめっそうもないお言葉を生徒会長さんから掛けてもらえるなんて!?』


 生徒会準備室の前で私が嬌声をあげた瞬間、背後の引き戸が勢いよく開かれた。


『ちょっと廊下で話し声がうるさいんだけど。あれっ、何でまで一緒にいるの? 奈夢子さ、いや生徒会長!!』


『……あらオリザさん、珍しく早いわね。そうそう新入生代表挨拶はお疲れ様だったわ』


 ……何だかこのふたりはただならぬ雰囲気になっているの!? この場所にいてはいけないのは私の間違いじゃないんですか!!


 生徒会準備室から現れたのは、険しい表情をして生徒会長をにらみつける犬上オリザその人だった……。


 次回に続く。


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