オリザ、僕と最後のお散歩に出掛けようか……。

「……宣人せんとお兄ちゃん、準備は出来た? 忘れ物はない。ええっとそれから」


天音あまね、心配してくれるのはありがたいんだけど僕はもう子供じゃないんだからさ」


「オリザちゃんのお散歩バッグの中身は。ああっ、やっぱり肝心のおやつを忘れているよ!! これがなかったら彼女はきっとがっかりすると思うよ。お兄ちゃん、偉そうなことをいっても昔から注意欠陥なんだから……」


「天音、ごめん。それは完全に忘れてた。こっちに気を取られすぎて」


「……お兄ちゃん、それは!?」


「これがオリザとの最後のお散歩になるだろうから。彼女に渡そうと思ってさ」


「……ううっ、やっぱり天音もお別れは寂しいよ」


「本当にすまない。僕ひとりでオリザに会いにいくなんてわがままをいって。天音にとっても彼女は家族も同然だったのに……」


「話は全部お父さんから聞いたよ。オリザちゃんの身体にいま起きている件も全部。宣人お兄ちゃんじゃなければその呪いを解くことが出来ないんだから仕方がないよ」


「……天音、そろそろ約束の時間だ。じゃあ行ってくるよ」


「宣人お兄ちゃん、必ずオリザちゃんを助けて上げてね……」


「お前はやっぱり空気を読むのが得意だな。普段の天音なら僕に失敗したら許さないと言うはずだ。だけど縁起でもないことを口にするのを控えたんだろう」


「だってそれは……。絶対に考えたくない結末だから」


「心配するな。僕は失敗なんかしないよ。奈夢子なむこさんとも約束したんだ。必ずオリザの記憶を取り戻すって」


「宣人お兄ちゃんはそこまでの決意を持って……」


「じゃあ天音、留守は頼んだぞ」


「いってらっしゃい、個室部屋の片付けならまかしておいて!!」



 *******



「……何だよ、祐二ゆうじ。今日はうちでのお泊まり会はないはずだよな。まさか僕のお見送りに来てくれたのか?」


「宣人よ、お前は本当に水くさい奴だよな。俺に何も言わないでよ。オリザちゃんのために命を懸ける親友の見送りぐらいさせてくれよ!!」


「うわっ!? 祐二、いきなり僕に抱きつくなよ。それに何なんだ。お前のその甲高い声は!? まるで女の子みたいじゃないか!!」


「宣人のバカ野郎!! そんなことどうだっていいじゃないかよ。俺はお前の行動にめちゃくちゃ感動しているんだよ。これが男として泣かずにいられるか!!」


「……兄貴、宣人さんの能力を無駄に使わせちゃだめだよ!! これからオリザさんを救いに向かうのに」


香菜かなちゃん!? いま僕の能力ちからって言ったよね!! どうしてそれを君が知っているんだ……」


「ごめんなさい、宣人さんの能力については全部天音ちゃんから教えて貰いました」


「……まさかお泊まり会のメンバー全員が知ったの!?」


「はい、兄貴も未亜先輩も。……宣人さん、そんなに表情を曇らせないでください」


「僕の持つ化け物みたいな能力を知って、君は怖がらないの? そうだ、香菜ちゃんの心の中も無断で覗いてしまったんだよ。昨年のクリスマスイブの日、ショッピングモールで君のもっとも悲しい記憶を……。幼い香菜ちゃんのお姉さんが交通事故に遭った現場も目撃してしまったんだ」


「安心してください、宣人さん。そんなことくらいであなたを怖がったりしません。それに同じような能力を持つ天音ちゃんもオリザさんも、みんな香菜の大事な友達ですから。私たちより少し感覚が鋭いだけですよ」


「……香菜ちゃん、ありがとう。」


「ようお二人さん、忘れてもらっちゃ困るぜ!! 俺こと阿空祐二あくゆうじ、漢の中のおとこ……」


「兄貴は女の身体の中の心だけは男でしょ!! まったく世話が焼けるんだから……」


「か、香菜ちゃん!? いま、さらっと爆弾発言しなかった。僕の聞き間違いじゃなければ、祐二のことを女って言ったよね?」


「あれっ、宣人には言ってなかったっけ。俺は女だよ。学校では男として通ってるけどな。てっきり香菜が喋ってるもんだと思ってたよ」


「ああああっ!? この大事なときに兄貴は何を余計な情報を宣人さんに吹き込むのよ!! このバカ兄貴は」


「……香菜、あの日の交通事故で俺が逝っちまえば良かったのかよ?」


「そんなひどいことを香菜は言ってないよ……。すぐに兄貴はすねるんだから。奇跡的に事故から回復して意識を取り戻したのは本当に良かったと思っているよ」


「香菜、そうか、頭に事故の後遺症が残っちまって、それ以来男みたいにしか振る舞えなくなったけど、俺のことを心配してくれているんだな……」


「そんなのあたりまえでしょ。たったひとりの大事なお姉ちゃんなんだから。……宣人さん、本当にごめんなさい。詳しい話は後で説明しますから。いまはオリザさんのもとに急いであげてください」


「ああ、祐二の件で頭が真っ白になって思わず立ちすくんでいたよ。……そういえば未亜みあちゃんは来ていないの?」


「……未亜先輩はどうしてもお見送りに来たいと言っていたんですが、ご両親の話し合いに同席されるみたいで」


「そうか、未亜ちゃんもいろいろ大変な状況が続いているからな。それは仕方がないよ」


「宣人さんに未亜先輩から手紙を預かってきました。オリザさんの件が終わってから読んで欲しいと」


「未亜ちゃんが僕に!?」


「宣人!! そろそろ親父さんと待ち合わせした時間じゃないのか? 油を売ってないでさっさと行けよ!!」


「祐二、お前にだけは言われたくないよ。帰ってきたら覚えてろよ」


「ああ、親友のお前だけに特別サービスとして女の子の姿で待っててやるよ。可愛い俺を見て度肝を抜かれるなよ!!」


「そ、それだけは勘弁してくれ。変なルートに突入しそうだから……」


「じゃあ、がんばってくださいね宣人さん、未亜先輩の分も応援していますから!!」


 みんなありがとう。僕は必ず良い知らせとともにこの場所へ戻ってくるよ。


 僕の能力によってオリザの記憶が戻り、彼女とお別れするとしても後悔はしない……。


 

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